時空よ歪め 狼よ喰らえ その2
この作品ですが、三章で打ち切りエンドが本格的に検討段階に入ってます。理由はモチベと、この作品の一章、二章でプロットをいい感じに変えたいからです。三章は大筋変わらないけど細部は変わるかも。
三章で打ち切りエンドと本来4章以降あるはずのネタバレして完結。その後にプロットを練り直してリメイクしようかと考えてます。
あたしの視界には目の前に死体が転がっていた。あたしの知ってる死体だ。
「……え?」
周囲を見渡す。そこはハウタイルの森の手前までもうすぐという場所。荒野のど真ん中や漆黒の闇渦の中ではない。
やはりか、ここからが本番なのだ。ザディアスは追体験すると言っていた。ならあんなにあっさりとした死で終わるはずがない。むしろじりじりと迫ってくるような死から逃げるような方があり得ることだ。
「夢?」
身体から勝手に言葉が出たがそれはあり得ない。痛覚や嗅覚を誤認するような夢などあたしの知ってる限り存在しない。
「だけど何でまたこんなところに?」
さっきのローヴルフ襲撃が起きる前のタイミングだ。と、そこまで思考してハッと気づく。ローヴルフの魔力に充てられていたということに。
ローヴルフの魔力は時空を混濁させるとも言われる。ナルゼラ荒野で100年以上に渡り闘争を繰り広げたローヴルフの魔力はより特殊性と攻撃性に特化させ、その特殊性は因果にも時空にも干渉するとさえ言われていた。
だとすればこのタイミングに戻ったということは、再び殺されてもまたこのタイミングに戻るという状態に陥ったということだ。死の螺旋時空とでもいうべきだろうか。
「この死体は放っておいて森の方へ……。……え?」
森の方へ身体を向けた瞬間、あり得てはいけない事実に気づいてしまう。なぜ気づかないのか理解を拒む事実だ。
左腕が、肩口から無くなっていた。傷ついた様子もなく、まるで生まれた時から隻腕でいたかのようなそれだった。
そしてその傷が何を意味しているのか、彼女には分かってしまった。それは余りにも生々しい体験が今しがただったから、本能的に理解させられたから。
「さっき死んだときの最初のやつ……!」
これだ。ローヴルフによる全てを奪う死の螺旋、尊厳も肉体も精神も魂すらも喰らい尽くすことこそが、あたしが生き足搔いた時だ。
そしてこれから逃れるとは到底考えられない。少しずつ奪われ、最後には何も残らないだろう。今のあたしに左腕がないように。
右の手の平を無くなった左腕の肩口に当てる。痛みはなく、まるで削り取られたかのような断面が言葉に出したことが正解なのだと証明していた。
「どこに……逃げる?」
勝手に口から言葉が出る。生きようとするのが目的なら逃走は全くもって正しい。問題はローヴルフが近くに居て、そいつらから逃げることを前提としなければならない点だけだ。
もっともそれが不可能だからこそ、今のあたしでさえ恐怖に震えているのだが。
「森の方へ……ダッシュで走る。しかない、かな」
口に出して確認する。ローヴルフが縄張りとするのはナルゼラ荒野までであり、そこから抜け出せれば追われることはない。魔力による螺旋時空もおそらく抜け出せるだろう。
……この貧弱極まりない上に魔力すらもないような身体で?ドワーフの正規軍人クラスの身体能力を持つローヴルフから逃げることが本当にできる?
荒野の寂しさが風になって纏わりつく。さらにはあともう少し歩いていれば螺旋に巻き込まれることはなかったはずだという思考が、心の支えを削り取っていく。
「無理でしょ……!」
追体験である以上、ここであたしが死ねば現実のあたしも死ぬのだろう。さっきの死は明らかにあたし自身が消え去るという意味での死ではなかった。だから耐えられたが、ここから先は耐えられるかは分からない。
そのために生き足掻かなければいけないのだが、何をどう足掻けば生きられるのかが全く分からない。だが何もしなければ待ってるのはあたし自身が消えて無くなるだけ。
消える?あたしが?こんなところまで来たのに?ルーナに、ガイードに、ワグムやシュディーア、カティナにディーエ……ミグア。皆に会えたっていうのにこんなところで消えて死ぬの?
がくがくと震える足を右手でひっぱたき、駆け出す。息は恐怖で震え、足は踏ん張りがきかない。それでも森へ生きるために逃げようと全力で走る。見逃されているだけだと分かっていても、絶望から逃げるようにただ走る。コケることはなく、荒野から森の入口まで走り抜けることに成功した。
「はぁ……はぁ……」
近くにあった木によりかかり座り込む。
息切れがひどい。いや、息切れだけじゃない。頭痛もするし、今にも吐き出しそうなほどに吐き気がひどい。
「進まないと」
深呼吸を何度か繰り返し、少しずつ息を整えていく。身体が口すらもう動かないとすら言えるほどの疲労だ。だが1kmもない程走るだけでこれほどの疲労をするのはこの貧弱な身体だから……だけじゃないのは分かった。
この身体、自然に存在する魔力をマトモに取り込めてない。体力なんて魔力が取り込めていれば自然と回復していくものなのに、魔力なんてものを知らないかのように身体が動いている。ドワーフなら生きてるだけで土の魔力を感じ取れるくらいなのに、まるで魔力のない異世界から訪れたみたいな身体だ。
……魔力のない異世界?
脳裏を駆けるのはワグム王達との会話。
「我々は其方がルーナだと分かってこそいるがそうではないことも分かっている。さらに言えばドワーフどころかこの世界の者ですらない可能性もあるということも」
ああ……そっか……そういうことだったんだ。
「gruuu」
ローヴルフの声。それも目の前から聞こえていた。
今なら分かる、どうしてこいつらがナワバリでもギリギリのところにこんなに群れになって居るのか。本来ならせいぜいギリギリのところなら1匹いればいいくらいなのに5匹以上見えているのか。
「にげ」
「gau」
彼女が立ち上がるよりも速く、狼が瑠美へと口へ噛みつく。口どころか顎まで噛みつき、一瞬で喰らい千切った。喰い千切られた箇所から大量の血が噴き出す。数秒もせずに失血死することが約束されるほどの量だった。
口と唇を奪われた。今のあたしは言葉などいらずに襲うような存在であると自覚してはいるものの、その手段が奪われたということには苛立って仕方なかった。
だが一瞬もかけず苛立ちが落ち着かせる。今はそんな感情に浸っている場合ではない。ようやく掴んだきっかけを次の螺旋までに思考しないといけない。
奪われたのが頭じゃなくてよかったことには安堵する。思考ができなくなるのが今一番困るのだから。
まず間違いなくあたしは別世界の知性体だ。そして、それ故に襲われているのだろう。理由なんて簡単だ。
次元移動なんて災害獣でもできない馬鹿げた力の欠片でも残っていればそれを手にしたいからだ。手にすれば間違いなくその生物は格段に成長できるだろう。そうでなくても別世界の知性体だ、自身の成長のためにイレギュラーを体内に入れるなんて平気でやるだろう。
一言で言うなら、あたしの身体は他の生物から見れば身体強度や魔力容量といった存在そのもののレベルを引き上げる劇薬だ。欲しがらないものなどいない。
ローヴルフが通常以上に数が多いのも確実性を狙っているから。襲われてる側からしたらたまったものではない。
そこまで思考が回ったところで倒れ込み、いつの間にか現れていた数頭の狼が襲い掛かった。グチャグチャという音と共に彼女は再び命を落とした。
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