時空よ歪め 狼よ喰らえ その1
魂喰らいの力を手に入れるパート、始まるよ~
「ここは……?」
瞳を開くと目の間にあったのは荒野の光景。ところどころに岩石が散らばっており、おおよそ人のような生物が生きていける環境ではない。
だというのにあたしには微かに見覚えがある。ガイードとの戦いは確かこんなところだったような気がするのだ。
(聞こえる?)
「ザディアス?」
頭に直接響くようなザディアスの声。魔力が届いているわけでもないなら……同じ種族だから念話みたいなことができるのだろうか?
(そこはあなたの記憶であり、実の身体を持っている空間でもあるわ)
あ、多分これ違う。向こうから一方的に話しかけられているだけだ。相槌も何もないし、こちらからの返事という話し方じゃない。
ここがあたしの記憶、それに実際の身体を持っている状態。そしてザディアスの言っていた死ぬような体験に生き足搔くということから予想するに、ここであたしが生まれた時のことをもう一度というところだろう。
「記憶…ここが?ガイードとやりあった場所の遠目に見たような」
(あなたは起きたことを追体験する。もう一度あなたが生まれたモノを身体に刻みなさい)
やはりか。ただ問題なのはあたし自身があたしが生まれた時のことを全く覚えていないこと。それ自体はザディアス曰く当然のことらしいが、どういった事象なのかくらいは知りたかった。
「追体験って言われても…あ、体は勝手に動くんだ」
足が勝手に動き、周囲を警戒しながら身体が動く。荒野と言っても全方位見回して色が変わらないような荒野のど真ん中ににいるわけではないらしい。歩く方向には水色や青色といった色とりどりの森、ハウタイルの森が見えていた。
少しずつ森の方へと歩いていくと、視界にある死体が映った。
「……ルーナ?」
ドクンと心臓が高鳴る。実際に起きている感情は恐怖であるにも関わらず、見えている者とここに来る前の自分自身の状況が別種の混乱を引き起こしていた。
自分自身の右腕に噛みつく。身体が勝手にそうしたのは恐怖から逃れるためと分かるものの、混乱から落ち着くために助かるものでもあった。
あたしが使っていた身体は間違いなくルーナだ。それも……今、目の前にいるルーナだ。
ザディアスの言葉が脳裏によぎる。生を足掻いた時が最も強い、私たちは誰かを殺して奪い取るモノ、言葉なんて無用どころか害にしかならない者。そして今のあたしは生まれる時の、生を足掻こうとしている時だ。
それらが意味することは一つ。
「あたしが、ルーナを……殺して奪った」
身体が勝手に動き死体に近づいていく。くぅとお腹がなるくらいに身体は空腹であり、食料を求めてそう動くのはある意味正解ではある。
身体は行動をとっているにも関わらず、あたしの頭は未だ混乱から抜け出せていない。ルーナを殺し、身体を奪い、その身体を使っていたと考える以外にあたしがルーナの身体を使っている理由がない。そして今の身体のあたしよりルーナの方が遥かに強大な力を持っている以上、容赦や言葉もなく殺したのは間違いない。
今のあたしは随分と貧弱な身体をしているが、きっと人間だろう。それならドワーフの英雄ルーナを殺すことなどできはしない。ドワーフの高位軍人すら超えるルーナと、戦うことすら考えられないような人間では巨象と蟻どころのレベルではない。台風と風で吹き飛ぶ葉っぱ程だ。容赦や言葉があれば殺されるのは今のあたしの方だ。
後悔や懺悔でもしたくなる。……だけれど、そんなあたしにルーナは付いてきてくれている。あたしが殺したから上下関係が生まれたみたいな、ルーナとの関係はそれだけだと思いたくない。
混乱とは他所に体は勝手に動く。死体へと近づいた、その時だった。
「……っ!?」
全方位から魔力が放出されてきた。痛みを負わせるようなものではないが攻撃的な魔力が、あたしという存在そのものへと向けられていた。抵抗することもできず、とてつもない浮遊感に襲われる。
足がガクッとしてふらつき、すぐにドサッと横向きに倒れる。だが倒れたら1秒も立たずに浮遊感は消えた。
今の何もかもを混濁させるような魔力、ドワーフの軍で勉強した知識には聞いていたが間違いない。ナルゼラ荒野に生息していると言われるローヴルフのものだ。
「……ぁっ!?」
唐突過ぎる痛みと衝撃。貧弱どころではない身体能力では襲われたことさえも理解できないだろう。魔力が認識できる今でさえも、まるで何が起きたのか知覚できなかったのだから。
遅れてやってきた知覚と痛覚、そして左に向けられた視界では……左腕が、肩から先が無くなっていた。
「あ゛あ゛あ゛ああぁぁぁ!!!!!」
肩口から血が溢れ出ていく。その勢いは数分後には失血死を確約できるほどだ。だが痛みでショック死してもおかしくない状況であるにもかかわらず、意識ははっきりとしていた。
そして苦痛の中で左腕に向けられた視界には、ローヴルフが食いちぎっていった左腕も入っていた。左腕に群がる数体のローヴルフも。
「gaaaa」
「ru……」
「ha-ha-」
ぐちゃぐちゃと左腕を食うローヴルフの群れ。これが現実であるならば生きることを投げ出すことになってもおかしくない。
とはいえこれが生き足搔いた時の記憶だというなら投げ出すことはなかったのだろう。例え左腕の失血で死が確定しつつある上に、逃走しようにも速度では絶対に勝てない存在が相手だと言っても。
「がっ!?」
身体に衝撃が走る。さっきの食い千切られた時とは違い、大きな何かが身体の中心にぶつかるような衝撃だった。
荒野の方へと数m吹き飛ばされ、悪臭極まりない場所の近くへ身体が突っ込む。幸運だったのか、それともローヴルフが狙ったのか、身体一つ分横だったら悪臭の元へと体ごと突っ込んでいた。
狙いが間違いなく後者だったことはすぐに分かった。痛覚のせいで臭いに気づかず、体を起き上がらせるために右手で支えようとして触れ、ジュワっという音と共に溶けていく右手の手の平。爛れ、筋肉すら溶け、骨まで見えるように溶けていく。
「guru」
右手が溶けているのに注意を引かれたせいでその声に気づくのがワンテンポ遅れた。
身体が動かない――否、動かせない。ローヴルフが足一本で身体の上から押さえつけていた。身体の中心線をとらえて押し付けるだけ。たったそれだけであたしの50kg程度の身体のは動けなくなっていた。
いたぶって殺す、ドワーフの知識通りだ。ローヴルフがそういった殺し方をするのはローヴルフ自身の成長のためらしい。
「ぁぁぁぁぁぁ……」
押さえつける力は徐々に強くなっていき肺から空気が漏れていく。吹き飛ばされた衝撃で痛み、声など出ないはずの声帯が悲鳴をあげる。
ローヴルフの足は徐々に体重のかけ方を強める。圧死させる気しかない力のかけ方に、身体は抵抗することはできなかった。
これが生き足掻く記憶?どう考えてもあり得ない。明らかに死という現実だけしか目の前に存在しない。これを見て生き足掻くなんて不可能だ。生きることを投げ出した方がまだ考えられる。
ならば、これはまだ入り口。死という経験から始まる生に足掻いた記憶なのでしょう。疑似体験で腕を無くして圧死するなど、キグンマイマイの中で変質すらされたあたしからすれば死ぬほどきつくはあっても耐えられないほどではない。
それでも耐えられない程の苦痛は、きっとこれからなのだ。
その思考の数秒後、彼女は身体の中心を踏み砕かれ絶命した。
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