魂喰らいの戦い
別作品書いてたらストックがヤバいことに。そろそろモチベ戻れ
「子供たちは任せたわよデルス」
「一分で終わらせます」
通信魔術を一言繋ぎ、切る。相手は魔力制御も高度なレベルの災害と視たためだ。通信を傍受されてあたしの通信を乗っ取られたらたまったものじゃない。
背後では入ってきた穴がガラガラと崩落していく。退路の一つを断ったが、代わりに広間に入ることができた。広間からはいくつも穴がある上、空気が流れてきていることからそこが退路扱いになるだろう。
ルミナは広間へと跳躍し、子供たちがいないところへとスタっという軽い音と共に降り立つ。その視線は一方向にだけ向けられていた。その先にあるのは極薄っすらとしか見えない黒い靄。
「あなたがこれの元凶ね?」
ルミナの言葉に反応したかのように、薄っすらとしていた黒い靄が少しずつその鮮やかさを深くしていく。その姿をどす黒い靄どころか光を飲み込む何も見えない黒い存在へと変えていく。
「……アア、見えているのでスね」
その声は心臓を掴むような恐怖を駆り立てる。だがどこか安心させるような感覚さえも呼び起させる。これが魂を喰らう者の醸し出す雰囲気なのかと興味が湧いてくるが、今はそんなことを追及している時間はない。
両手槌形態のゼルを構え、目の前の敵の一挙手一投足に集中する。ガイカルドやキグンマイマイとは違い、災害でも小さな実体だ。ならばデルスやあたしのように対人レベルの戦闘能力や殲滅能力は高いと見ている。一瞬で殺される可能性がある以上、相手の動きを見逃すわけにはいかない。
そんなあたしの心情を無視して魂を喰らう災害はゆっくりと腕を振るう。その動作が起こしたのか、災害が纏っている靄が台風のように動き出す。
「私たちの間に邪魔者はいりません」
「っ!?」
ルミナと災害の間を中心に、渦のように黒い靄が荒れ狂う。それは二人だけを隔離するためだけの黒い空間だ。子供どころかデルスさえも入ることは不可能となっていた。
一瞬驚いたが好都合だ、外ではデルスが子供を脱出させているだろう。まともに戦えばデルスの邪魔になったり子供を巻き添えにする可能性があったが、それを考える必要がなくなった。
「これで二人きりでスね」
黒い靄が隔離する渦に使われているからか、先ほどよりも実体が見えやすくなっている。女性の人のような姿形をしているのは分かるが、そこまでだ。まだ輪郭が見えてきた程度であり、人型の靄としか言いようがない。
……デルスは個体名があると言っていた。ならばまずはそこから確認するとしよう。目的は囮と時間稼ぎなのだから。
「それじゃあ……名乗りでも聞きましょうか?」
クスクスと笑う声が聞こえる。声の高さからして今の姿が女性型なのは確実そうだ。
「名前を聞くときはまず自分から名乗るのが礼儀というやつでスよ?」
災害が礼儀などという言葉を口に出すとはと、少しだけ驚いてしまう。敵対すれば礼儀など関係なく殺しにかかってくるのが災害だ。これまで戦った災害はそうだった。
だがよくよく考えたら赤い羽根にも話をするという知性があるからここまで来ているのだ。ならば災害獣には高い知性があるのはむしろ当然のことなのかもしれない。ガイードも知性が必要なら使うと言っていたし。
そうなると礼儀がないというのは野蛮な扱いにされる他ない。災害獣に野蛮扱いされるのは流石に屈辱的なものがある。
「それもそうね。……ここはあたしたちだけ隔離された空間ということでいいかしら?」
「ええ」
ルミナは災害の言葉が真実であると何故か信じられた。それは二人きりにした行為からかもしれないし、どこか安心させる声がそうさせたのかもしれない。
だからこそ、ルミナは本来あるべき名乗りを上げる。ミグアくらいにしか話すことはできない、ルミナという存在が持つ種族の名乗りを。
「あたしの名はルミナ。魂を喰らい、我が名の下に集わせるモノ」
「私の名はザディアス。魂を喰らうモノの頂点にして災害たる獣」
言葉が耳に入った瞬間、一瞬でザディアスの懐に入りゼルを叩きつける。願いは込めず、魔力だけを纏わせて叩きつけた形だ。デルスの言っていた通り、纏わせた魔力によってゼルは魔力的存在であるザディアスに激突した。
だがザディアスは右手で軽く押し込むように叩きつけたゼルを止めていた。ザディアスには勢いもなにもなくただ軽く押しただけだ、拮抗すらできていない。
「さァ、あなたの力を見せて頂戴」
「言われなくても!」
ゼルを握られる前に引き離し、上段から打ち付ける。今度は魔力を纏わせるだけではない、願いも込めて粉砕の打撃を放つ。込める願いはザディアスを粉砕するというものだけだ。
だがその打撃は、思いもよらない形で消え去ることになった。
「これはアぶないですね。しまってくださいな」
「なっ!?」
ザディアスがゼルへと指を指す。たったそれだけでゼルが大槌形態から指輪へと戻っていく。ゼルに魔術をかけられたとしか思えないが、ゼルはルミナ以外には干渉することはできない。故にルミナは驚愕し、油断したがザディアスは何も手を出さなかった。
ルミナにはザディアスが、まるで不本意な戦いをしているのだと言うように、見えない顔が不満顔になっているようにも見えた。
「私たちは魂を喰らうモノ。ならば戦い方というものがアるでしょう?」
それはルミナが体得していない技術であり本能。知っていれば当然使っているものの、使えないからこそ知りたかったもの。存在すると分かっていたものの、あると名言されたことで額から一筋の汗が流れてしまう。
戦闘になる前に聞いておきたかったが、ゼルで押し切れればそれまでだった。それが失敗した以上、言葉上では強がるしかない。
「はっ。そんなものに頼らなくても十分」
素手の戦闘はドワーフ軍にしごかれたときにやっていた。というかドワーフ軍の戦闘は9割近くが素手だ。ならば問題になりはしない。
ザディアスはそんなことを知らない。だが、魂を喰らう災害であり同じ種族を視ているためか、すぐに察することができてしまった。
「アア、そういうことでスか。アなた――」
「違う」
すぐさまルミナから否定の言葉が飛ぶ。自身の弱点を即座に知られてしまうなど、戦いにおいては恥に近い。相手が同種であれば、本来なら知られても何らおかしくはないし恥でも何でもないのだが、戦いの経験が浅いルミナはそう感じ取ってしまっていた。
ましてや礼儀だのと言われた後である。感情的に否定するのは仕方のないことだった。
「――魂喰らいとして力をきちんと使ったことがありませんね」
「違う!」
魔力を込めて放たれた回し蹴りと、口から放たれる力強い否定が、逆にそれが真実なのだと物語っていた。そしてルミナに対し挑発めいた言葉だったが、ザディアスは笑うことはなかった。
「何も悪いことではアりませんよ。突如魂を喰らうモノになっても戦えず消えるモノなどこれまでいくつも視てきました」
それは魂を喰らうモノの頂点に立つが故の言葉。早熟がために驕り消えていくモノや、突如現れ消えていくモノを視てきたモノの言葉だ。
例え災害と言えど、種族として同じという共通点があるのだ。同じ種族が成長する可能性を消すというのが忍びないのも当然だった。
「だから何だというの?」
だがそれはルミナからすれば討伐すべきものが上位者であることを認めねばならないということ。憤慨するのも仕方ないことだった。
「教えてアげましょう。私と同じモノが知らない間に消えてしまうのは心苦しいものでスから」
傲慢な振る舞い。だがそれが許されるのが災害獣なのだ。ましてやルミナは魂喰らいから視れば子供もいいところであり、全盛期の最強の大人とも言えるザディアスにその分野で勝てるはずもなかった。
そもそも、この戦いにおいてルミナに勝ち目はなかったのだ。ルミナが「ザディアスに自身について話を聞きたい」と思っている時点で魂喰らいとしての戦いになるのは自明だったのだから。
もしそうでなく、駆除するように戦えば話は変わっていただろう。既に手遅れとなってしまったが。
「ふざけ」
「いい子にしなさい」
ザディアスの人指し指がルミナの目に向けられ、昂るルミナの声は消えていく。ルミナの意識も暗闇のような靄の中に落ちていき、途絶えていく。ルーナやガイードの意志が起こそうとするも、まるでルミナの意思は檻に囚われたかのように返事をすることはなかった。
バタリという音と共に、ルミナはその場に崩れ落ちる。そこには既にルミナという魂喰らいはいなく、守護する竜の災害と知識深きドワーフの意志だけが残るのだった。
ブックマーク、感想、評価あると嬉しいです




