番外編 第2話 ネット将棋とプロ棋士
20将棋。
それはネット将棋の中では持ち時間が長く、奨励会員やプロ棋士も登録している将棋対戦サイトだ。かくいう私もmidoという名で登録している。レートは2512。プロ棋士のレートは2400~2800といったところ。そう考えると私のレートは若干低いが、最近の20将棋に於けるプロ棋士のレートは下降傾向にあるのだ。私も少し前までは2600くらいあったしな。
その原因が、wdvnopとme-sinだ。前者はノプ、後者はメーシンと呼ばれている者たち。もちろんハンドルネームだ。ノプのレートは3002。今までのプロ棋士の最高レートが2823だったことを考えれば、かなりぶっ飛んだ数字だ。20将棋では計算上400以上レートが離れた相手と戦ってもレートは増えない。ノプはA級棋士、レート2800相手に最低勝率75%以上をキープしているということになる。
ただ、このノプは既に20将棋にはいない。レート3002に到達すると同時にいなくなってしまったのだ。しかし、その正体は非常にわかりやすい。最近、七生七冠がインタビューでネット将棋をやめたと言っていたことと無関係ではないだろう。ちなみに前六冠であった七生七冠の今年の対戦相手は七生七冠を除いた棋士の中でリーグ優勝し、挑戦者の資格を手に入れた、まさに準最強の者たち。彼らを相手に、七生七冠は8割以上の勝率を叩き出している。……勝率的に考えて、ノプの正体は彼しかいないだろう。この20将棋ではどれだけ強くても最初に設定できる最高レートは2400。彼によってプロ棋士達は合計600程のレートを吸い上げられていた。
そして、後者。メーシンは更にぶっ飛んでいる。現在のレートは3156。……正直ノプの複垢かなんかではないかと疑いたくなる数字だ。ノプだって、レート2800相手に勝率8割出せるのであればもっとレートは上がっただろうし、早見え早指しの将棋も得意であることを考えればもっと上がってもおかしくない。そして、現在の将棋界にノプクラスの勝率を叩き出せるような人間はノプ以外にいない。
しかし、それでもノプではないのだ。なぜなら、メーシンとノプが僅かだが同時期に存在した期間があり、その間彼らは別の相手と対局しているのだから。
そんなわけでメーシンとノプは別人であることは間違いない。
ただ、プロ棋士や奨励会員の中で心当たりのあるものはいるかと言われれば、いないと言わざるを得ない。いないと、断言できてしまうほどメーシンの将棋はレート以上に馬鹿げている。私は、メーシンの20将棋初めての相手であり、それからメーシンの棋譜を追ってきた。観戦者として将棋をリアルタイムで見ていたことも1度や2度ではない。
そんな私の知る限り、メーシンは一度として考慮時間を使ったことがない。
長考したことがないとか、そういう話ではないのだ。すべて一手3秒足らず。それでいて後からどれだけ検討しても悪手が見つからない。これはとんでもなく読みが早く広いのか、もしくは最初に思いつく第一手が常に最善手なのか、どちらにしても人間業ではないのは確かだ。
しかもそんなメーシンの勝率は驚異の100%。
完全に人外の所業である。
ネットでは正体は宇宙人とか、某国が開発した量子コンピュータだとか、SF地味た妄言が飛び交っているが、プロ棋士としては全く笑えない話だ。
もし、人間にこんな事ができるというのなら、そしてそれがある程度真似ることできる手法だとすれば、それは既存のプロ棋士を完全に過去のものへと変えてしまえるだろう。その手法がこのメーシン一人しか出来ないモノだと願うほかない。それなら七生七冠の立場が別の人間にすり替わるだけ。私に大した影響はないだろう。タイトルホルダーになったことがない、私には。
「多少定跡や戦法が変化しそうではあるが」
画面の中で、メーシンはいつものように無理攻めと思える攻めを成功させ、相手の玉を詰ましていた。これが後からどう検討しても成立しているようにしか見えないのが不思議な事だ。もし本当に成立しているとすれば先に堅牢な囲いを作り、それから攻めるのが最善という近代将棋の定説は覆されることになるだろう。
もちろん、5年前に現れた藤井システムのように数多の棋士達に研究された結果、実は成立していないということが判明する可能性もある。
だが、メーシンの恐ろしいところはバリエーションに富んでいることだ。
メーシンが攻め始めればどんな攻めも成立し、受け始めればどんな受けも成立する。これは完全に現行の定跡や感覚が間違っていると言っているに等しい。……実際、将棋は基本、人が間違えることを前提としている。我々プロの将棋指しでも、時間制限がある以上中終盤数%程は最善手を指していないと言われている。だからこそ、その駒組みは、攻めは、受けはその数%を織り込んだ上での指し回しとならざるを得ない。
しかし、メーシンの将棋は違う。無理攻めが成立しているように見えるのは、最善手を一度でも外せば攻めきれないような状態で迷わず攻めを選択し、実際に一度も間違わないからだ。成立しているように見える攻めが受け切られるのは最善手を一度でも外せば受けきれない場面で実際に一度も外さないからだ。
数%のミスを織り込む必要がなくなれば、今までより強く踏み込めるし、玉の守りに掛ける手数を減らせることになる。
もし、メーシンに本気で勝とうと思うのならば、我々も挑戦する必要に迫られるのだろう。
数%のミスを織り込まない、完璧な、完成された将棋に。




