第1話 チートの使いみち
「ごめんくださーい」
夕方、4時頃。筋肉痛で寝込んだ俺の元に美宇が訪ねてきた。お見舞いらしい。
「弦ー、いきてるー?」
「ただの筋肉痛だから」
「……やっぱバカだねー」
「いやいや、体の限界を知るいい機会だったんだよ」
「うそー」
「嘘じゃないし」
「……ねー、あぶないことやめよー?」
「……」
まぁ、これ以上実験は必要ないよな。演算能力が為せることはわかった。今度は、その為せることをどうやって将来に使うかだ。できればこの能力で楽して稼いで、一生遊んで暮らしたい。
まず、サーカスみたいに危険なのはダメだな。万が一がある。……美宇も心配するしな。後、運動系もだめだ。楽して稼ぐのが目的なのに、体を作るために頑張るんじゃ意味がない。能力全開ならオリンピック優勝も夢じゃないかもしれんが、体が持つかは別だしな。壊れたら終わりだ。
じゃあ、やっぱり頭を使う道だな。学者か? 数学者か? どちらにしろ楽はできないだろう。賞金を狙うにしても入力する情報を一度は知る必要があるから、勉強は必要だ。演算能力で擬似的な瞬間記憶能力みたいなこともできそうだからある程度楽になるだろうが、情報が足りないゆえに答えが出ない、みたいな問題ならこの演算能力もエラーを示す。情報が足りないかどうかは勉強しないと分からない。……懸賞金はダメだな。
じゃあ、演算能力を使った競争系ならどうだ?
例えば――
『次のニュースです。あの七生真治名人が、笹焼竜王を制し、ついに七冠達成! 史上初の七冠達成に七生七冠は』
――将棋とか!
確か、将棋の賞金は4000万とか1000万とか貰えたはず!
一年で7つなら賞金は一年一億!
「美宇!
俺はプロ棋士になるぞ!」
「……あぶない?」
「危なくないぞ!
あのテレビに写ってる七生七冠のようになるって言ってるんだ!」
美宇はテレビを見つめる。……可愛いな。将来が楽しみな顔だ。
そんなふうに見とれていると、美宇が振り向く。
「ぼーどげーむ?」
「そうだ!
ボードゲームだ!」
「んー、じゃあ美宇もやる」
======================
ということで将棋をやることが決まった。
親も、遊具や積み木で危ないことするより将棋をやらせたほうが安全だと思ったらしい。一週間後には数千円の将棋道具と爺ちゃんの家にあったらしい将棋本をコレでもかと俺の部屋に積み上げた。……そんなに外で遊んでほしくないのか? 子供は外で遊ぶべきだと思うんだけどなぁ。
「あぶないこと、だめ」
「はいはい」
美宇は俺の心を読むな。ん? 顔に出てる? そんなバカな。
「じゃ、やろ」
「おう」
今日は休日。ようやく並べ終わった将棋の駒を見下ろし、俺は能力を発動した。
入力する情報は駒の位置、動かし方、そして今仕入れた二歩や千日手などのルール。求める答えは勝利ッ!
…………これは――
「どうしたの?」
――エラー、だと?
マジか。
え、答えでないの?
……違うか、求めるものが違うのか?
お互い最善手を指し続けた答えを出力させれば……。
「ちょっとまった」
「?」
出た。
千日手だ。
どうしよ。
「千日手だ」
「バカぁ?」
「バカじゃないし!」
「適当に打ってよ。おじいちゃんくるよぉ?」
あー、そういや将棋を教えに爺ちゃんが来るんだっけか。
その前に駒の動かし方に少しでも慣れようと将棋を始めたんだったな。
仕方ないので俺は適当な本を捲って、その手を真似してみる。
2六歩。
「ん」
美宇も本を見ながら3四歩。
こういうのなんて言うんだっけ。棋譜並べ?
ちなみに演算能力は今の所千日手を出力し続けている。一手進むごとに出力させるべきか。
それから手は進む。
2五歩、3三角、7六歩、4四歩、4八銀、4ニ飛。
「四間飛車、だったか」
「うん」
本人から見て左から四つ目に飛車を動かす戦法だから四間飛車。しかし、俺はその名称を確かめるために指を止めたのではない。飛車を振った瞬間、演算能力が先手勝ちを出力したのだ。しかも複数の手を先手勝ちとしている。
つまり、千日手を最善とする手を選び続けておけばいつか先手、もしくは後手勝ちになる盤面が現れるから俺はソレを待てばいいのだ。それまでのパターンは無数にあるだろうが、そのあたりは適当に選ぶか、もしくは千日手が実際に起こる盤面がより遠い手を選ぶのがいいかもしれん。
そこからこっちは定跡書を離れ、先手勝ちとなる手のうちの一つを進め、美宇は自身の駒組みを定跡書に頼った。つまり、自分の方だけその形を作ったのだ。
5六歩、6ニ玉、5七銀、7ニ玉、5八金、8ニ玉、6八玉、7ニ銀、3六歩、5ニ金、7八玉、3ニ銀、7七角、4三銀、6六歩。
確か、あれは美濃囲いだったな。振り飛車は大抵あれをやるらしい。こっちの形は……船囲い、か? あっちのが綺麗で強そうに見えるな。
ここから美宇は少し手を止めて、定跡書をパラパラと捲る。対面から覗いていると、どうやら美濃囲いの発展形、銀冠を見つけたようで、また美宇の駒組みが始まった。
そこからこちらも駒組みを進めていくと、こっちの玉が9九の位置に入る。
5四銀、6七金、4五歩、8八玉、7四歩、9八香、7三桂、9九玉、9四歩、8八銀。
「穴熊?」
「かな?」
ただ、囲い一覧に写っている穴熊と比べるとずいぶんと貧相である。
「なんで弦くんが聞くの」
ここで、美宇は9五歩。美宇の見ている本を見るに、銀冠ではなく、穴熊を咎める端歩の突き越しを優先したようだ。
というか
「美宇、漢字読めるのか?」
本の絵面通りに並べてるんだとばかり思ったが、穴熊なら端歩を突き超す、なんて文字でしか書いてないぞ。
「たまによめない」
つまり殆ど読めると。
仮に美宇は一度読み方がわかれば読めてしまう天才だったとして、その一度はどこで知ったんだ?
「ママがごほんを買ってくれるから」
お前の母親は5歳にどんな本を与えてるんだ。
この感じだと昨日今日ではなく、もっと前からだろうな。
「んじゃ、続き行くぞ」
俺は8六角と角を前に出す。美宇は角の進む先を見て首を傾げ、8四歩と銀冠の製作に入った。角がにらみつける先は5三。問題ないと見たのだろう。
そこで7五歩とぶつける。
開戦だ。
「……8四歩ねらい?」
美宇はこの後同歩、同角で今さっき突き出した8四歩が狙われていると思ったのだろう。
「あ、8三銀だ」
そして、同角に8三銀と上がることで8四の地点が受かることに気づいたらしい。というか美宇、符号読めるのか……。俺は先手番だから読みやすいけど、後手番から読める自信はないぞ。しかも5歳、初めての将棋にして三手先が読めてるんですがマジですか。やっぱこの子天才だわ。
美宇が今読んだとおりに同歩、同角、8三銀と指していく。
「うん」
ぼそぼそと可愛らしい独り言を零しているが、容赦はしない。
3五歩。
「ん?」
じーっと見つめていたが、結局答えが出なかったようで美宇は同歩と取る。そこで俺は3四歩打つ。
「あ!」
そう。こちらの狙いは同歩とさせて歩を上ずらせ、そのスペースに7筋で交換した歩を打ち込むことだ。
「むぅ~」
美宇は2ニ角と角を下げるが、すかさず2四歩。美宇は仕方なく同歩と応じ、同飛。
「んー‥…」
次の手が難しいようで、美宇は手を止めて考え込む。2分程考え込んでから、4三銀と下がった。
これは?
パット見4三銀の狙いが分からなかった。俺の演算能力は4三銀ではなく、7ニ金とか7四歩を示している。どの道演算能力は後手負けを示しているので終わるまでの手数が伸びるだけなのだが、この手の意味が分からなかった。
そこで俺は、演算能力で一手先ではなく、5手、7手先まで出力してみると――
「ッ!」
――これ5三の地点を守ってるのか。
2三飛成を決めると5三の地点に2つの駒が効いてるから、そこを守らずいると、角を捨てて5三竜が酷いな。それを読んで先受けするための4三銀か。こう見ると、4三銀はいい手に見えるな。
ただし、それはこの7四歩打ちからの攻めが成立しなければの話だが。
「……あっ!」
美宇も気づいたようだ。
この7四歩、桂馬が逃げると2ニ飛成、同飛車に5五角の王手飛車がある。だから、当然同銀と取るしかない。
美宇は悔しそうな表情で同銀と取る。
そして、ここで3三歩成が厳しい一着。
出来たと金を取れば7四の銀が抜かれるし、だからといって浮いた7五の角を銀で取れば、4ニと金、同金、2ニ飛成で歩と飛車の交換で将棋が終わる。……美宇の表情を見るに、ここまで見抜いての「あっ!」だったようだ。これ、演算能力無しでやったら普通に負けるのでは? 俺は前世で将棋は駒の動かし方くらいしか知らんし。三手先も読めるか怪しい。
よってと金を同角で取る。俺は飛車で銀を取り、美宇は2ニ飛と飛車を回す。
どうやら攻め合いに勝機を見出そうとしているようだ。これを放って置くと桂馬が取られた上に6九の金に竜が当たって駒損が酷い。よって3七桂、2九飛成に7九金だ。
美宇は竜を作れたものの若干涙目だ。先が読める美宇には分かるのだろう。この後の攻めが難しいと。自身の玉は薄く、こちらの玉は硬い。この上銀と歩の交換で駒損までしている。どう見ても勝ちの目はない。それでも美宇は諦めずに続けるらしい。正直、こんな美宇は初めて見る。勝負事で本気になる、美宇の姿なんて。こんな負けず嫌いな性格はしてなかったはずなんだけどなぁ。
「べつに、負けたくないんじゃない」
「ん?」
「弦はすごいから。積み木でも、遊具でも、ケンカでも」
ケンカ?
ああ、俺が前世を思い出すより前の話か。
「でも、このげーむじゃ、弦のすごいとこ、こっちもすごくないと見れないから。私が弱いから、もう終わっちゃうから」
いや、十分すごいと思うが。
今のやり取りだって、普通なら何がなんだか分からず負けるところを、ただの読み落とし、うっかり負けたレベルまで付いてこれてるのは異常だぞ。少なくとも俺なら見えん。
「それは違う」
「?」
「美宇はすごい。ここまで付いてこれる5才児なんて、美宇以外どこにもいない」
「……うそ?」
「うそじゃない。俺は美宇と打ちたい。それに、美宇を強くしたい」
「わたしを?」
「ああ! 俺はすごいからな!
もう世界最強なんだ。だから、美宇を強くして、美宇にすごい所いっぱい見せるのが楽しいんだ」
「わたしと打ってると、楽しい?」
「ああッ!」
「……そっか」
どうやら美宇の機嫌は治ったようだ。涙目なのは相変わらずだが口元をニマニマさせながら下を向いている。美宇は俺にベタ惚れと言うやつだな! さて、いつ付き合うか……。
「つづき」
「あ、ああ」
将来の妄想に浸っているといつの間にか美宇がジト目でこちらを見ていた。まさか俺の心を読んだわけでもあるまいし……あ、もう指したのね。俺が妄想に浸っている間に指したらしい。というかそんなに長く浸っていたか? 俺。
盤上には6ニ金が指されていた。
恐らく次の8四角を先受けした手だろう。
もう銀はないけど、銀冠を目指すなら7ニ金では? と一瞬思ったが、6一銀の割り打ちがあるか。よく見てるなぁ。やっぱすごいわこの子。
4五桂。
美宇はちょっと考えて2ニ角と指す。予め予想していた手なのだろうが、そこの正着は4ニ角だ。一見2ニ角のほうが俺の玉将を睨んでて正着に見える。5三の地点も枚数が足りてるしな。
しかし、この場合はそれでも5三桂成、だ。
「?」
美宇は当然同金直。
同角成、同金と続き、6ニ銀打ッ!
「!?」
この手は指すまで気づかなかったようだ。6ニ銀が7三の地点と5三の金を睨んでる。当然、両方同時に受けるには6四角打しかない。美宇も6四角打と受けるが……7三銀成、同角、6五桂打。
「……」
ここで美宇は角を逃さず6一桂打。これは千日手を狙った手か。角を逃しても7三金打で後手潰れるからその判断もありなのだろう。しかし、7三桂成、同桂に――
「ぁ」
――7一角打。コレが決め手だ。
同玉と取れば7三飛成から5手詰み。7ニ玉とかわしても、5三の浮いた金に角の効きが当たっているので寄り。
だから、美宇も8三玉と逃しつつ、飛車に当てて金を逃がす時間を作る。俺は悠々と7八飛。この状況で美宇が金を逃がせば7四金から美宇の玉は簡単に寄る。
「…………ふぅッ!」
ん?
7七歩?
当然俺は同飛。
そこで美宇がもう一度飛車の前に歩を放り込む。……なるほど。飛車の前をひたすら歩で叩いて、手番を握ろうってことか。具体的にはこのまま7六歩、同飛、7五歩、同飛、7四歩、と指して俺の飛車を7八飛ともう一度下がらせようってことだ。こうなればさっきの7八飛とは話が違う。7四金と打つスペースがない上に、金が躱せる時間を生む。
しかし、それが成立すればの話だが。
美宇は俺の想定通り、飛車頭を歩で連打して、7六歩、同飛、7五歩、同飛、7四歩まで来た。
「ん?」
だが、俺は7八飛とは引かずに、8ニ金と放り込む。玉が逃げられる場所は9三か9四。
「先に金かぁ」
どうやら美宇は飛車を引く前に一度王手を入れただけだと思っているらしい。もちろん、9四玉、7八飛でも俺の勝ちは揺るがないが――
「え?」
――9四玉には9五飛だッ!
「これ……詰んでる!?」
美宇は呆然としながら同玉、9六歩、8五玉、7七桂、7五玉。
一見攻め駒が足りず、即詰みはないように見える。
「そっか、ここで角が効いてくるんだぁ」
5三角成。
そう、コレが最後の決め手だ。
この角が王手しながら5三にあった金を補充できる。
美宇は仕方なく6四桂と遮断するが、7六金と頭金で詰みだ。
「まけました」
「ありがとうございました」
テレビで見たとおりに挨拶して俺たちのはじめての将棋は終わりを告げた。
「7四歩に、8ニ金から11手詰めかぁ」
そういうことだ。美宇は飛車の頭を叩いて手番を握る未来しか見えてなかったのだろう。俺はそれも見えてなかったけど。チートは偉大。一応9六歩に9四玉、9五歩、8五玉と逃げれば2手増えて13手詰だが、こっちは手数が伸びるだけで意味がないと美宇は見てたんだろうな。ほんとによく見えるもんだ。
ちなみに7五玉に5三角成が見えず、7六歩なんてことをして玉を逃がすと、後手勝ちになると演算能力は言ってるな。もちろん、飛車を切った以上、見えてないなんてことはありえないんだが。見えてないなら飛車を切らずにゆっくり寄せきればいいのだから。
ピン、ポーン
「あ、おじいちゃんだ」
「この将棋、爺ちゃんに見てもらわない?」
「うん!」
ふふふ。
爺ちゃん、驚きすぎて腰を抜かさなきゃいいけど。
この後、俺は美宇が最初の1手目から最後の93手目まで、寸分違わず覚えていたことに腰を抜かすことになる。




