第六章 帰国
中国から帰国する日がきました。
僕は数日をアァシイーと過ごし、日本へ帰国した。成田空港に着いたとき、気分は浦島太郎だった。何年分も泣いて疲れて歳をとった気がした。大きなスーツケースをゴロゴロ押しながら歩いていると、大きなつばのある帽子を被り、サングラスをかけた若い女性が僕の前に立っていた。そばを通り抜けようとすると「ニトくん?」と声をかけられた。驚いて顔を見たが、誰なのかわからない。するとその女性はサングラスをずらし、漆黒の瞳で僕を見つめた。軽い斜視で僕を見上げるのは、イチコちゃんだった。
「ずいぶん重いものを背負ってる人がいるなぁ、と思って見てたら、それがニトくんだったのよ」イチコちゃんは言った。
「重いものって、幽霊?」僕は並んだ両親の遺体を思い出しながら口にした。
「んんん、泥みたいに見えた」
「そっか。イチコちゃん小学生の頃と変わらないね。今から旅行?」
「違う。このスーツケースには商売道具が入ってるの。ここが私の職場」
聞けばイチコちゃんは『成田イチコ』と名乗る占い師になっていた。イチコちゃんの軽そうでお洒落なスーツケースには、占いで使う道具が入っているという。
「私と、もっと話したい?なんだか泣き出しそうな顔してるよ」イチコちゃんは遠慮がちに尋ねた。
「誰かと話したい気持ちは、すごくあるんだ。家族の事なんだけど、家族には話しにくい。でもまずは落ち着いて冷静に一人で考えるべきなんだと思う」
「そうだね、それがいいよ。じゃあね、ニトくん、バイバイ」
「バイバ・・・・イチコちゃん連絡先を」声に出したとき、もうイチコちゃんはいなかった。
帰宅すると、祖父母は在宅していた。「どうだった?」と尋ねられ、「母さんのお墓を見てきたよ」と答えた。話はそれきりだった。二人ともそれ以上質問してこなかった。僕は二人がほっと小さな安堵の息を漏らすのを見逃さなかった。僕は自室のベッドに倒れ込み、目を閉じた。中国での事がスライドショーのように次々と際限なく現れ、僕は、ひとりぼっちのアァシイーが危険な目にあっていやしないかと不安に襲われた。自分は豊かで安全な日本のベッドにぬくぬくと寝転んで、おしゃれどころか栄養も十分でなさそうな妹を心配するなんて、大したきょうだい愛だと涙が滲んだ。アァシイーを助けたい。そして僕は無力だ。そしていつの間にか眠っていた。
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