第四章 自分探し家族探し
田代二十は、中国で家族を探します。
「ニト、何をしに来た?」少女は日本語を話した。
「ぼ、僕は田代倫の息子です。母から手紙が来て、それで会いに来ました。あなたは誰ですか?」
「私の名前は・・・・・・アァシイー。田代倫子は死んだ。」
「しょ、証拠はあるんですか?」
「生きている証拠、会わせる。死んでいる証拠、ない。」
「そ、それはそうですけど」僕は言葉に詰まった。しかし思ったことをどんどん口にしていく。
「アァシイーさんは、どうして日本語が話せるんですか?」
「私は倫子の話し相手。村に日本語わかる人、他にいない」
「どうして母はあなたに日本語を教えたのですか?」
「私は倫子の娘。自然に覚えた」
驚いた。そして腑に落ちた。母はそういう性格だったはずだ。
「じ、じゃあ、僕たちはきょうだい、ですよね?」
「そう。でも証拠はない。」
「ち、父親は?」物心ついたころからどうしても知りたかったが、誰にも聞けなかった究極の質問をぶつける。
「死んだ。でも証拠はない。」
僕は思った。アァシイーのぶつ切りの日本語は、流暢でないというのではなく、きっと母の口調そのままなのだろう。冷たい、平坦な口調。
「ここでどうやって暮らしているんですか?ほかに家族は?」僕はそれからアァシイーを質問攻めにした。両親は父の生家であるこの場所で長年作陶していたそうで、アァシイーは幼少期から学校にも行かず雑用をこなす毎日で、両親が立て続けに亡くなった後は、近所の畑などで仕事をもらい食いつないでいるという。僕は会ったこともない両親に強い怒りを覚えた。身勝手すぎる。アァシイーの幸せなんか、これっぽっちも考えてなかったんだ。僕は、母を恋しく思うよりも、妹を哀れに思う気持ちでいっぱいになった。
「アァシイー、ちゃん・・・アァシイー、さん・・・僕は」
「アァシイーだけでいい」
「アァシイー、僕と日本で暮らそう。おじいさんもおばあさんもまだ元気だよ。日本の学校に行こう。これだけ日本語が話せたら、すぐ友達もできるよ」
「できない」アァシイーは薄く笑いながら言った。
「なぜ?お金のことなら心配しなくていいよ。中国に孫がいるとわかったらおじいさんもおばあさんも大喜びするよ」僕はアァシイーの気を楽にしようと、祖父母の偏屈な性格を伏せ、明るく断言した。
「私は、ヘイハイツ」
「ヘイハイツ?何?英語?中国語?」
アァシイーは紙に『 黒孩子 black children 』と中国語と英語を並べて書いて僕に見せた。
「黒いこども・・・・・?黒い・・・・・暗い・・・・・暗部・・・・・闇・・・・・あっ、闇っ子!?」
「そう。ニト、知っていたか?」
「一人っ子政策の弊害で戸籍がなくて学校に行けないって、テレビで見たよ」
「学校だけじゃない。病院にも行けないし、交通チケットも買えない。他にも色々」
「そんな!お金さえ払えば誰だって・・・」
「もちろんパスポートも作れない」
「僕がいるからか?アァシイーが二人目のこどもだからか?」
「違う。媽媽が不法滞在者だからだ。媽媽に中国国籍はない。だから私にも戸籍がない。」
「まさか、そんな。親は何をやっていたんだ!アァシイーも僕と同じように日本で産まれたらよかったんだ。」
「そうすれば、媽媽は二度と中国に入国することは許されなかっただろう。ニトを日本で産めたのはたまたまうまくいっただけだ。それもかなり危ない賭けだった。媽媽にはここですることがあった。ここを離れることはできなかったんだ」
「だからと言って・・・そうだ!僕とアァシイーのDNAを調べてもらって、きょうだいだと役所に証明を出せば?」
「中国はそんなに親切な国じゃない」アァシイーは僕を一蹴した。
僕は何も言えなくなった。しばらく沈黙が続いた。
「アァシイー、両親のお墓に連れていってほしい」
僕のその言葉にそれまでほぼ無表情だったアァシイーの顔に驚きと緊張が見て取れた。しかし拒絶することはなく、うなずき、立ち上がった。僕は後に続いた。
墓は村の中心部から離れたアァシイーの家から、さらに奥の人気のない丘の荒れ地にあるそうだ。
「村の共同墓地、とかじゃないんだね?」
「爸爸の一族は嫌われている。だから離れている。狂い死ぬ家系。呪われている血。誰も近づかない」
「じゃあ父さんが早死にしたのも、病気で?」
「そう。きっとニトと私も、死ぬ。一族の最後の二人」
「迷信だ。日本は世界有数の医療大国だ。呪いなんて存在しない」
「日本に帰ったらこれを調べて」アァシイーは立ち止まり、紙に何か書き付けると、僕に差し出した。
そこには『 致死性家族性不眠症 Fatal Familial Insomnia 』と書かれていた。遺伝的に不眠によって死に至る病?そんなの聞いたこともない。でも僕は質問も反論もせずにその紙をポケットに入れた。そしてまた歩き出した。なんとかアァシイーを日本に連れ帰るんだと心に決めて。
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