第二章 小学生の頃
主人公が小学生だった頃のエピソードです。
小学生の僕にはイチコちゃんという友達ができた。青森からの転校生で、はみ出し者同士が一緒にいたのだ。イチコちゃんは軽い斜視の女の子でいつも誰かをいじめてやろうとしている顔をしていた。実際にはイチコちゃんはいじめられっ子で、そのいじめの反撃に相手を怖がらせる発言をするのだった。「おまえはのろわれている」、「おまえはとりつかれている」というのがイチコちゃんの決まり文句だった。
ある時イチコちゃんはしつこく蹴ってくる男子に「おまえはネコの霊にとりつかれている。ネコはおまえに仕返しをする」と言ってすごんだ。男子は一瞬ひるんだが、最後に飛び蹴りをしてイチコちゃんを地面に倒し「バーカ」と言って立ち去った。その男子はその日の下校中に車にひかれて足にけがをした。住宅街の中の車が一台しか通れない狭い道でほかの男子達と『走ってる車にタッチできるかゲーム』をやっていて、近づきすぎてひかれたそうだ。
一緒にいた男子の話によると、ひいた車はそのまま走り去ってしまったそうだ。車のナンバーは誰も覚えていないが、黒い猫のステッカーが貼ってあったという。
数日後、登校してきたその男子はイチコちゃんにこっそり近づいてきて小声で聞いた。「まだネコのユウレイいる?」イチコちゃんは自信たっぷりに答えた。「あと三匹いる」男子はイチコちゃんの下手に出た。「おそなえとかしたらさ、ユウレイいなくなる?」イチコちゃんは返事をしなかった。男子は「段ボール箱に子猫が四匹入ってて、家に連れて帰ったら、お母さんが元の場所に置いてきなさいって言って、オレ、箱を道に置いたら、トラックが来て、箱を轢いて、オレ、怖いから、逃げた。だから?」イチコちゃんは黙ったままだった。男子はムッとして松葉杖を振りかざしたが、何もせずに下ろして、イチコちゃんから離れた。
担任の女性教師はえこひいきをする人だった。家がお金持ちで性格が明るくて活発で勉強ができて教師を慕う生徒を好きな教師だった。イチコちゃんはその条件のすべてに外れていた。
ある日授業中にイチコちゃんは一人立たされて女性教師からくどくどと怒られていた。イチコちゃんはいつもの無言無表情で堪える様子もなくぼんやり立っていた。教師のヒステリーはひどくなり、今の授業内容について怒っているはずが、前もああだったこうだったと言い始めた。教師がはあはあと息継ぎしたとき、イチコちゃんはおもむろに口を開いた。「先生に赤ちゃんの霊がとりついている。赤ちゃんはさかさまになって、おなかにしがみついてる」教室全体がシンとなり、ザワッとなった。教師は「何をぉ」と言ってイチコちゃんに近づこうとし、教壇でたたらを踏み、横倒しに激しく体を床に打ち付けた。
その日から、先生とイチコちゃんはお互いに存在が見えないようにふるまい続け、その学年を終了した。
ある放課後、僕とイチコちゃんは校区外をうろついていた。ぼろ屋敷から中年のおじさんが出てきて、すれ違った。イチコちゃんは「ガイコツが背中に乗ってた」と言った。僕には全然見えなかった。僕は言った。「ガイコツなら庭に埋まってるけど」今度はイチコちゃんが驚いた。「ニトくん、何言ってるの?」
それからずいぶん経って、その家で火事が起こった。テレビのニュース番組では、家の中で住人の中年男性の焼死体が見つかり、庭から身元不明の白骨体が見つかったと報じていた。ニュースを見ながら、僕はずっと前にイチコちゃんとその家の前で交わした会話を思い出した。同じくイチコちゃんも思い出していた。お互いに、「イチコちゃんは本当に霊が見える」、「ニトくんは本当に地下が見える」と確信した。
僕はイチコちゃんに尋ねた。「死んだ人ってさ、全部足すと、いま生きてる人よりずっと多いと思うんだけど。イチコちゃん、ユウレイにぶつかりながら歩いてるの?」
イチコちゃんは下を向いたまま、ぼそぼそとしゃべった。「そんなにいないよ。着物を着た人めったにいないし、ちょんまげの人とか一回もない。原始人も見たことない。」
「そうなんだ」
「うん。見たくないときはスイッチ切るみたいにできるし」
今度はイチコちゃんが僕に質問してきた。「ニトくんは、地面の下が見えるの?」
「うん。僕もスイッチ入れたときだけにね。勝手にスイッチ入ってる時もあるけど。」
「ニト君てさ、たまに道路を平均台の上を歩くみたいに歩くよね、あれって地面の下をみながら歩いてるの?」
「へへ、水道管から落ちないようにしてたの、ばれた?」
「ふうん」
そのイチコちゃんは、中学校の入学式に現れなかった。同級生たちと、その親たちは「あの家は夜逃げした」とうれしそうに眉をひそめて噂しあっていた。僕が一番イチコちゃんと仲が良かったのに何も知らず、イチコちゃんを嫌っていた人達がイチコちゃんの家について詳しかった。
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