第十二章 家族の確執
今まで遠慮していた祖父母に向かい合います。
とうとう祖母がしびれを切らして声をかけてきた。祖父も後ろに立っていた。
「二十、中国で何があった?」
「おばあちゃん、母さんって、どんな人だった?」僕は祖母の方を向かずに、アァシイーの骨を見ながら尋ねた。
「・・・お前に言ったことはなかったけど、実のところ怖かったよ。私は自分の娘が怖かった。こどもの頃から、他の子とは違っていた。頭が良すぎるんじゃないかと思った。親に甘えることもなかった。何を考えてるのかわからなかったよ」
「母さんが死んで、ほっとした?」
「そんなことは・・・でも、一緒に暮らしていると、値踏みされて、見下されているような、恐ろしい気持ちが、ずっとあったよ。我が子をかわいいと思えないなんて、異常だ、そうだろう?」
「かわいそうだね。おばあちゃんも、母さんも」
「二十、それは倫子の骨なんだろう?墓を掘り返して盗って来たのか?」
「違うよ、おばあちゃん。これはアァシイーの骨だ。僕のたった一人の妹、おばあちゃんのもう一人の孫だよ」
「そうか。何も知らなかった。倫子らしいといえば倫子らしいな。中国では幸せだったんだろうか?二十、父親には会えたのか?」
「もう亡くなってたよ」黙り込む。
やっと祖父が口を開いた。「二十、しっかりしろ。お前がショックを受けているのも、つらいのもわかる。でもな、中国へ行く前と今と、何も変わらんだろう?お前が生まれてからずっとこの三人家族だった。今からもそうだ」
「そうだね、おじいちゃん。でも、知ってしまってから、知らない振りはできないよ」
「死んでも倫子は田代家を引っ掻き回す。俺はあいつの性根を真っ当にしたかった。俺がオヤジやオフクロから教わったように、人生で一番大事なことはコツコツと真面目に働くことだとわからせたかった。こどもの頃から勝手ばかりしやがった。どうせ中国で不幸な目にあって早死にしたんだろう?そうに決まっている。」祖父の怒りは根が深そうだった。
「おじいちゃん、僕も母さんのことを100%理解できたわけじゃないよ。でも、母さんは普通の人以上に人生に真剣に向き合って努力し続けていたらしいんだ」なぜか僕は母さんを擁護した。
「そんなわけがあるか!そもそもこどもは親の言うことを聞くものだ。結婚は親の許しを得るものだ。子育ては母親がするもんのだ。親の介護は娘がするもんのだ。倫子は何一つまともにやっとらん」祖父は全否定だった。
「じゃあ、おじいちゃんは母さんの話をじっくり聞いてあげたことがあった?」僕はまた母さんの味方についていた。
「逆だ!倫子が親の言うことを聞かねばならん」祖父は過去の自分の言動に全く後悔はなさそうだった。そして祖父は性格に気難しい面もあったが、これほどの頑迷さを僕に表したのは初めてだった。自分の娘を仇敵と見なしているかのようだった。祖母が僕にもう口を開くなと目配せしてきた。でも僕は止まらなかった。
「おじいちゃんとおばあちゃんには育ててもらって感謝してるよ。でも、おじいちゃんが癌になって仕事をやめた後も、僕たちがそれまで通りの生活ができたのは、母さんが買ったマンションがあったからじゃないの?」祖父は血相を変え、祖母を睨んだ。祖母は首を横に細かく振った。
「二十誰に吹き込まれた?」
「アァシイーが話してくれた。母さんが日本語を教えてたんだ」
「倫子が自分に都合のいいようにしゃべってたんだな」
「おじいちゃん、母さんは僕を育てたし、親孝行もしたんだ。そうは思えないの?」
「思えんわ!あんな奴」取り付く島がまるでなかった。祖父と言い争っても父母も妹も生き返ることはない。僕は会話をやめた。
僕がアァシイーにできることは全てなくなった。祖父母に言いたかったことは全て吐き出した。何もやることがなくなった僕は大学に通い出した。久しぶりに講義に出席すると、軽い友人達は「遊んでさぼってたんだろう」と言い、僕は「遊んでさぼってたんだ」と軽く答えた。そして何事もなかったように日常は淡々と続いた。この世の誰も父さんと母さんとアァシイーの気持ちも居場所も知らないんだと思うと、大声で叫び出したく日もあった。でも、実際に声を出すことはない。講義に出て、レポートを書き、サークルで軽口を叩き、安い酒で盛り上がる大学生を続けた。
ある夜大学から帰宅すると、祖母が「ナリタさんって女の人から、電話があったよ。二十は留守だって言ったら切れたよ」と教えてくれた。イチコちゃんだ。僕はすぐに入ったばかりの玄関を出て、成田空港に向かった。
僕がこの前アァシイーを探しに来て座っていたベンチにイチコちゃんは座っていた。「小学校の電話連絡網がまだあったからかけてみたの。ニトくんはずっとあの家に住んでるの?」
「うん、ずっと三人で、ずっとあの家。イチコちゃんはもう働いてるんだね。占い師」
「占い師って名乗ってるけど、実は占ってないんだ。」
「そうなの?お客さんがいっぱいいるから仕事になってるんだろ?」
「私ね、お客さんのね、近くにいる、死んだ人の言葉をね、聴くんだ。そしてそれを、お客さんに、受け入れて、励まして、アドバイスになるようにちょっと変えて話してるんだ。・・・でもニトくんの時はそうじゃなくて、妹さんが直接話してたね」
「死んだ人の声を聴く方が、占いよりずっとすごそうだよ、イチコちゃん。きっとたくさんの人を救ってるんだね。僕もイチコちゃんに救われたよ。この前は本当にありがとうね。おかげで妹に会いに中国まで行けたよ。本当にありがとう。あの時は動転してお礼も言えてなかった気がする」
「大人ニトくんはいつも泣き顔だね」
「え?ほんとだ。涙が。恥ずかしいな。イチコちゃんには何度も見られちゃったな」
「いいんだよ。ここは泣いてたって、みんな気にしないでいてくれる場所だから」
「いい場所を職場にしたね」僕は俯いてそっと涙を落とした。
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