プロローグ
現在の主人公の置かれた状況です。
僕の両親は変人だったらしい。二人とも友人もおらず、周囲からも疎まれていたそうだ。他人とコミュニケーションをとるのが不得手で、それを改善させようという気が微塵もなかったようだ。我が強く、他人の忠告に耳を貸さなかったそうだ。僕は両親と一度も話したことがなく、両親に関わることは全て伝聞だ。母は日本人で、日本語と科学論文が辛うじて理解できる程度の英語力しかなかった。父は中国人で、生まれてから一度も福建省から出たことがなく、高等教育も受けていなかった。そんな二人に僕という息子が生まれたのだから、僕の祖父母は驚いた。「どうして結婚したの?」しかし二人は結婚さえしてはいなかった。
二人を引き合わせたのは、心を奪われた共通の事物、天目茶碗。中国では製造は周の時代にまで遡れる鉄釉を用いた黒磁。白磁や青磁と異なり、比較的容易に製造されるため、日常の陶器として各地の窯で焼かれてきた。天目茶碗のうち、最上級とされるものは、曜変天目茶碗と呼ばれ、現存するものは世界でわずか3点しかなく、そのすべてが日本にあり、国宝に指定されている。漆黒の器で内側には星のようにも見える斑紋が散らばり、斑紋の周囲は藍や青で、角度によって虹色に光彩が輝き、「器の中に宇宙が見える」と評される。
21世紀になって、複数の日本人陶芸家が曜変天目茶碗を再現した。国宝とまったく同じものではないが、完全再現だとの評価も得ている。また中国で破片となった曜変天目茶碗が発掘された。それにより科学的な調査が以前にも増して行われている。だが僕の両親にそんな事実は関係ない。二人は二人だけの曜変天目茶碗を抱いて死んだ。そして今も曜変天目茶碗に包まれて眠り続けている。
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