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エピローグ

 

 

「いらっしゃいませー!

 ただ今、700円以上お買い上げの方にくじを引いていただいてまーす」

 

 

 僕は声を張る。店内は、昼休みのビジネスマンで溢れ返っていた。

 

 

「マエダくん、レジお願ーい!」



 店長の声。僕は陳列の手を止め、レジに駆け戻った。

 

 

「いらっしゃいませー、こちらあたためますかー?」



 ……202x年、春。あの異藤忠商事の面接から、2年が経った。

 今、僕はこうして地元のコンビニでアルバイトをして暮らしている。

 

 結局、異藤忠商事に採用になる事は無かった。

 「社長と総理大臣を殺害した人間を採用するのはいかがなものか」という意見が上がったためだ。なるほど、確かにその通りだと思う。

 そうした悪評のためか、他の企業でも採用される事はついになかった。

 

 だが、時代は変わりつつある。

 阿鼻総理の死亡以降、リーダーを失った与党は分裂し、政権はついに野党に交替した。

 不安定な外交政策や中身の無い経済施策で批判を浴びてはいるが、一方の働き方改革では労働者に寄り添った政策で一定数の支持を得ている。

 経団連も"人間力"重視の採用方針を見直し、学歴、コミュ力、特技など多様な観点から就活生を評価する"多様性"採用をスタートしていた。

 就活は、新ステージに移行しつつあるのだ

 

 

「うえーん……

 ふうせんが、風船が……」

 

 

 唐突に響く泣き声。

 見ると、店外の駐車場で女の子が泣き叫んでいた。風船が飛んで行ってしまったらしい。

 レジに並ぶビジネスマンたちはそちらを見て、ウンザリした表情を浮かべている。

 

 

「サトウさん、ちょっとレジお願い。

 僕、見てきます」

 

 

「ちょっ、マエダ君……!

 お願い、って……」

 

 

 僕はすばやくレジを飛び越え、駐車場に出た。

 女の子が、空を見上げて泣いている。見上げてみると、真っ赤な風船が電柱に引っ掛かっていた。



「ふうせん、が……

 おがあざんががっでくれた、ふうせんなのに」



 女の子はますます泣きじゃくる。周囲に親はいなかった。

 僕は女の子のそばにしゃがみ込んだ。

 

 

「……待ってて。

 いま、お兄さんが取りに行ってあげるから」

 

「お、に゛いさん、が……?」

 

「うん。安心して。

 ちょっと、待っててね……」

 

 

 僕は辺りを見回した。幸い、人通りは無い。コンビニの中からも、ノボリが陰になって見えない角度だ。

 右手をアスファルトにぴったり付けると、そのまま空気を急噴出し……僕は跳んだ。



「…………!」



 女の子が目を見開く。

 僕は電柱に引っ掛かった風船を取ると、右手の角度を調整してうまく姿勢を制御しながら着地した。

 

 

「ほら、風船だよ。

 このコトは、秘密にね」

 

 

「……、すごーい!!

 お兄さん、もいっかいやってやって」

 

 

「ダメダメ、秘密だから!

 それじゃお兄さん、戻るから。風船、手を離しちゃわないように気をつけてね」



 急ぎ足で店内に戻る。レジでは、新人のサトウさんが慣れない会計にあたふたしていた。

 慌ててレジを替わる。

 

 

「えーと、5番のマルメンと、9番のケントですね……。

 お箸とスプーンおつけしますねー、お会計1,682円になります」

 


 僕はふと、外を見た。

 表通りでは、さっきの女の子が母親と合流していた。何かを興奮しながらしゃべっている……秘密って言ったはずなんだけどな。

 それから、道を歩くスーツ姿の大人たち。ひょっとすると、自分もあの中に紛れていたんだろうか……。

 時折、そんな事を考える。一流企業に採用され、毎日満員電車でオフィスに通う自分を。肩書、地位、そして高収入の生活。

 

 ……もっとも、今の生活も悪くない。コンビニは給料安めの代わりに労働時間が自由で、自分の時間を取る事もできる。地方暮らしだから家賃も低額で、貧乏ではあるが食うに困るほどでもない。

 そう、就職だけがすべてじゃなかったんだ。こんな毎日でも、十分しあわせだ。



「あの、すみません……ここって、履歴書は取り扱ってますか?」



 ふいに、話し掛けられる。大学生と思しきお客様だ。

 もじもじと恥ずかしそうな声色で、こちらを見上げている。

 

 

「履歴書はありますよ。最近だといくつかありますけど……、どれにします?」


「え、えっと、よく分からなくて……。

 恥ずかしい話、異藤忠商事を受けたいんですけれど」

 

 

 異藤忠商事。

 久々に聞く名前だ。

 

 

「……すごいですね、大企業じゃないですか。

 あそこの面接はキツいですよー」

 

「……えっ、店員さん、もしかして受けた事が?」


「ええ、最終面接までいきましたよ。結局落ちちゃいましたけどね……」


「……すごい! 凄いじゃないですか。

 もしよければですけど、ちょっとお話伺ってもいいですか?」


「全然いいですよー。大した話じゃないですけどね……。

 異藤忠商事の最終面接は、何と言っても……」




 店内に、一陣のぬるい風が吹き込んだ。

 あたたかな、春の日の昼下がりだった。







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