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最終面接室…"裁きの雷"

 

 数十秒、いや数分は経っただろうか。

 僕を載せた小さな鉄箱は静かに上昇する。空は分厚い灰色の雲に覆われ、箱の中は薄暗くなっていた。

 

 

 

 チーン。

 軽い鐘の音と共に、エレベーターの重い扉が開く。そこは、全125階建になる異藤忠商事本社ビルの屋上だった。

 吹き曝す強烈な横風に、思わずしゃがみ込む。

 ――その時。

 

 

『ババババババババババババババババババ……』



 かすかな機械音。この音は……、ヘリコプター?

 音のする方に目をやると、空の彼方に一機のヘリが舞っているのがみえた。ヘリは機首をこちらに向け、次第にビルとの距離を縮めている。

 やがて、ヘリは僕らからほんの数メートル手前まで迫ってきた。ふいにヘリの扉が開き、中から一人の男が飛び降りる。

 な、まだヘリは10メートルほど上にいるんだぞ? 今飛び降りれば、大怪我は必至だ――。

 

 

 だが、男は屋上のコンクリートに軽々と着地した。

 スーツの埃を払うと、スタスタこちらに近付いてくる。

 

 

「…………うっ。見間違いじゃない、よな。

 なぜ……。なぜ貴方が…………、貴方がここに…………!?」



「……ようこそ、勇気ある若者よ。

 私は君を待っていました。君のような、能力ちからある若者を――」

 

 

 この男は……、この男は。見間違うはずも無い…………!

 

 

「自己紹介が先でしたね。

 私は、第25代自熊党(じゆうとう)総裁……

 

 そして第98代内閣総理大臣の、阿鼻あび 神臓しんぞうです」



 総理大臣――――!

 一国の首相が、なぜこんな面接に――

 

 

「驚きましたか? 申し訳ない……ですが、異藤忠商事は我が国としても無視できない巨大企業。

 それゆえ、その面接には私も同席することにしているのです――納得していただけましたか?」



 何て事だ……総理が企業の面接に参戦するなんて、癒着どころの話じゃない……!

 

 

「……不愉快を感じたなら謝りましょう。

 ですが、異藤忠商事のような大企業の行く末は我が国の未来とも直結しています。異藤忠商事の経営が危うくなれば、我が国の経済も傾く事は想像に難くありません。

 従って、政府としてはこのような体制を取らざるをえないのです……すべては、()()()()()



 総理は、きっぱりと言い切った。その瞳には、一点の曇りもない。

 この男、本気だ。娯楽や酔狂じゃなく、本気でここに"面接"に来ているんだ……!



「……さて、早速ですが。そろそろ始めると致しましょうか……。国政も面接も、スピード勝負。

 では。これより、201x年度異藤忠商事・最終面接の開始を、宣言します――――!」



 高らかに総理が宣言する。

 

 総理の出現には、戸惑ったが……とはいえ、やる事はひとつ。

 それじゃ、いきなりだが僕もいかせてもらおう。先手必勝だ……!

 手を後ろに広げ、またしても血を噴出する。血液噴射ブラッディバースト空気噴出エアジェットより体力を消耗するが、ここで全力を使い切るつもりだ。

 高速で噴き出す血の反動で、僕は時速300kmまで急加速した。総理に衝突するまであと1秒。相手が攻撃する前に、この一撃で吹っ飛ばす…………!

 総理の顔面に向かって、右手を突き出す。時速300kmに膂力りょりょくを上乗せした、全力の亜音速パンチだ。

 流石の総理と言えど、これにはミンチに――

 

 

はやいですね。己れの能力を巧みに使った、いい技です。

 ですが――それだけ、ですね。それでは、私には勝てない」

 

 

 ――総理は、傷ひとつない笑顔で話し掛けてきた。何、そんなハズ――。

 

 

「それでは、今度は私のターンですか。

 では、遠慮なくいかせていただきましょう――」

 

 

 総理が腕を出し、こつん、と僕の胸を叩く。

 たったそれだけだ。それだけのはずなのに――

 

 僕の身体は宙を舞っていた。

 

 

「…………グフッ………!?」



 そのまま僕は一直線に空を舞い、貯水タンクに叩きつけられる。

 全身の骨が奇怪な音を立てた。

 何が起こった? 総理は、軽く僕を小突いただけだ。それなのに……

 

 そこで、僕はようやく気が付く。

 総理の身体に、ピンク色の空気が薄く纏わりついている事に。

 

 

「……観察、ですよ。国政も面接も、まずは観察です。

 そうすれば、分かった筈ですよ。私の能力――」

 

 

 僕は、自分の身体を見つめる。僕の身体も、全身に同じような薄い空気が貼り付いていた。

 ただし、こっちは水色の空気だ。

 

 

「――"裁量労働制ジャッジメント"に。

 ここでは、全てを裁くのは私です」

 

 

 ……まさか、社長の"法令遵守コンプライアンス"と同じような能力か?

 僕は深呼吸をし、脳内で自己との対話を繰り広げる。そう、"僕の攻撃は総理には通らない"――。

 ――認識改変エピステモロジー、完了。

 僕は立ち上がった。肉体が悲鳴を上げているが、それに構っている場合ではない。

 ふたたび血液噴射で加速し、総理の身体に蹴りを入れる――。

 

 

「……ですから、その攻撃は認められませんよ。

 君の攻撃は、いかなる行動であろうと……私の身体に触れた時点で"0秒分の労働こうげき"とみなされるんです。

 いっぽう、私の攻撃は――」

 

 

 総理はまたしても、ピンク色に覆われた指で僕をデコピンする。

 ……僕の身体は凄まじい衝撃で吹き飛んだ。

 

 

「――"8時間分のみなし労働こうげき"と定められました。

 つまり君は、今のデコピンを"8時間喰らい続けたのと同じエネルギー"を、一瞬で与えられたのですよ」

 

 

 総理が淡々と説明する。道理を知らない子供に説くような、優しい口調だ。

 僕は貯水タンクの根元に転がりながら、自分の腕を見つめた。血まみれの肌、ボロボロに破壊された腕時計、そして……皮膚をうっすらと覆う水色の空気。

 なるほど、総理のフィールドに入った時点で……この水色の空気は、気が付かない内に僕の身体を包み込んでいたんだ。

 こいつが僕の攻撃を変換し、打ち消してしまっているのに違いない。そして一方、総理を覆うピンク色の空気は総理の攻撃の威力を爆発的に高めている。

 

 

 ……なんて理不尽な能力だ。

 

 

 僕は昨年の国会を思い出した。与党・野党あわせて200人超もの死者を出した、伝説の予算委員会だ。

 その日、総理の献金疑惑をめぐる与野党の攻防は荒れに荒れ、……ついに予算委員会は乱戦と化した。

 委員会室に繰り広げられる地獄――その苛烈さがピークに達した頃だった。

 総理はおもむろに懐から日本刀を取り出すと、一振りで当時は第二党だった斬首党ざんしゅとうの党員73人を真っ二つにしたのだ。

 この文字通りの「野党分断」により、自熊党は長期政権の盤石を固めたのであった。

 こんな驚異的な神業も、これなら説明がつく。

 

 

「これが私の働き方(たたかいかた)です……わかっていただけましたか?」

 

 

 総理が笑いかける。どこまでも無垢な笑顔だった。

 ゆっくりと、しかし着実な速度で迫り来る総理。

 ……信じられない、なんて理不尽で強引な能力。社長の"法令遵守コンプライアンス"も強力だったが、それを遥かに上回る恐ろしさだ。

 

 …………、しかし。

 

 僕の攻撃が無効化されるんだったら、"僕以外"の攻撃を喰らわせてやればいい。

 そこが、"法令遵守コンプライアンス"とは違うところだ。

 

 僕は貯水タンクを見上げる。屋上の片隅に設置された貯水タンクは、土台に無数のヒビが入って今にも崩れかけの状態になっていた。最初に僕が噴出した高圧の血液、それから吹っ飛ばされた僕自身の身体がぶつかった衝撃……続けざまのアタックが老朽化した土台に最後の一撃を入れたのだ。

 僕の能力は、地面に固定されているモノをコピーする事は出来ない。が、逆に言えば……固定されていないモノなら、そこそこの大きさまではコピーする事が可能ということだ。

 僕は貯水タンクに右手を伸ばすと、左手を掲げ……空中に、貯水タンクをコピーした。

 巨大な貯水タンクは強風の煽りを受け、総理の頭上へと落下を始める。

 そう、僕を包む水色の空気が僕の攻撃を無効化するなら、範囲外から攻撃してやればいいだけの話なのだ。

 

 貯水タンクは空中で回転しながら総理の元へ落ちる。一瞬だった。

 総理はようやく貯水タンクに気が付いたようで頭上を見上げる。しかし、既に躱すヒマなんかないだろう。

 屋上を揺るがす爆音。タンクはコンクリートにぶつかり、破裂した。中身の水道水が周囲に飛び散り、雨を降らす。

 やった、勝った――――

 

 

「……これは、不覚でしたね。まさかこんな大きい物体までもをコピーできるとは……実に素晴らしい能力だ。

 しかし。君は、この"裁量労働制ジャッジメント"の真の力を理解していなかったようです」

 

 

 背後から、声。まさか――

 

 思考する前に、僕の身体はまたしても吹き飛ばされていた。

 

 

「"裁量労働制ジャッジメント"がこうして私を覆っているかぎり、私はいくらでも私の行動を強化できるんです。

 今、私は私の"速度"を8時間分と設定しました。8時間掛けて歩く距離を、一瞬で移動できる……つまり、瞬間移動と言ってもいい」

 

 

 8時間分の距離を、一瞬でだと……? ありえない。最初に面接した牧野課長の高速移動なんか、比べ物にならない能力。

 攻撃の威力も、速度も、あの特殊な空気の中にいる限り……全てのエネルギーは激増する。そして激増したエネルギーを"一瞬"に圧縮して発動。

 これが、これが総理大臣の力――

 

 

 僕の身体は相変わらず、紙切れのように宙を舞っていた。このままではビル外に落ちてしまう。

 空気噴出をして軌道を修正せねば……。

 僕は右手を上げ、上に向けて空気をコピーした。

 

 

 ――はず、だったが。

 空気が、出ない――――

 

 

「すみませんが、貴方の能力は封じさせていただきましたよ。今、貴方の能力は全て"0秒分の労働"とみなされています。

 先ほどの二の舞を演じる訳にはいきませんのですね、しばしご辛抱ください」

 

 

 落ちる……!

 僕は周囲を見回した。何か掴まれるものは無いか……?

 

 ……視界に、避雷針が入った。避雷針は右手前方、僕から2メートルほどのところにそびえ立っている。だが、微妙に届かない……!

 僕はすかさずネクタイを解き、鞭を操るようにネクタイを振った。ネクタイはそのまま避雷針に絡みつき、かろうじて僕の身体を繋ぎ止める。

 しかし、反動で僕は避雷針の根元に叩き落とされてしまった。そして、目の前には――総理。

 

 

「では、これにて面接もお開きと致しましょうか。残念ながら、貴方に日本の未来を背負う力量は無かったようですね……、きわめて遺憾です。

 それでは内閣総理大臣として、ここに面接の閉会を宣言します」



 そう述べながら、総理は右手を振りかぶる。

 総理をくるむピンク色の空気はこれまでにないほど輝きを増していた。周囲の空気が振動し、ピリピリとした威容オーラが張り詰める。



「ご安心ください、今から私は"100時間分"のみなし労働こうげきをして差し上げます。

 これを受ければ貴方は一瞬で消滅し、苦も無く旅立たれる事でしょう。肉片さえ残りません」

 

 

 総理は、静かに告げる。

 機械的な、抑揚のない声だ。

 

 

「遺憾ながら貴方には、地獄で永遠のサービス残業(むしょうほうし)にでも携わっていただくのが相応しいかと――」



 総理は凄まじい光を放っていた。

 耳をつんざくような炸裂音と共に、右腕が振り下ろされる。

 嘘だよね。まさか、まさか、まさか――

 

 

 こんなにも、()()()()()()()()



 総理を包んでいた光が、ふっとかき消える。そこにいた総理は……、いや、()()()()()()()は、そのままこちらに倒れ込んだ。

 その表面は黒く炭化し、全身からおびただしく血を垂れ流している。

 

 

「……な、な゛ぜだ……何故、こんな…………」

 

 

 総理それが呻く。まさか、こんなになってもまだ生きているとは……。さすが総理大臣、なんたる強靭さ(タフネス)だ。

 僕は驚きながらも、種明かしをする事にした。総理への、最低限の敬意だ。

 

 

「……簡単な事ですよ、総理。

 これです」

 

 

 そう言って僕は、総理の袖口を触った。もはや見分けがつかなくなっていたが、なんとか小さな黒いカケラを探り当てる。

 

 

「……な、なんだそれは……?

 いつ、そんなモノ、を……」


「総理が攻撃を仕掛けてきた時です。吹き飛ぶ直前、こっそり袖口に飛ばしていたんですよ。

 この、"ボタン電池"を」



「……ボタン、電池……だと」


「ボタン電池の電流は、1つで3.0mAと微弱ですが……1時間では、平均しておよそ220mAh。つまり100時間分になれば、22.0Aです。

 人間の致死電流は100mAと言われてますから、その200倍以上ですね。。

 総理が"裁量労働制ジャッジメント"を発動した瞬間……これが一瞬に圧縮されて、総理の肉体に流れた。貯水タンクの水で、ズブ濡れになっていた総理の身体に」

 

 

 それは、貯水タンクに叩きつけられた直後の事だった。

 僕の攻撃が効かないなら、他の何かに攻撃をさせればいい。それも、総理が纏う"裁量労働制ジャッジメント"の内部にコッソリ潜り込ませられる、小さな何か……。

 そう考えた時、左腕に着けている腕時計が目に入った。両親が買ってくれたカシオの腕時計は衝撃でズタボロに破壊され、内部の電池が露出している。

 

 ……そうか、電気だ。

 

 電気の力。

 そう、空間内のエネルギーを一瞬に"圧縮"する時、この小さな電池が"裁量労働制ジャッジメント"空間の内部に入っていれば――!

 そこで僕は貯水タンクをコピーして総理の身体を濡らした。導電性を高め、電気の威力を増すためだ。

 そして攻撃を喰らった隙に、総理の袖にボタン電池をはじき飛ばしたのだ。

 計画は、思っていた以上に完璧に運んだ。ついに、総理は思惑通りに裁量労働制ジャッジメントを発動し――

 

 

「……はは、ははは! この内閣総理大臣・阿鼻神臓が……、一介の若者にまんまと踊らされるとは。

 恐れ入ったよ。ああ、日本の未来は明るいらしい……ははは、ははははは……!」

 

 

 総理はひとしきりわらった後、咳き込んで血を吐いた。

 

 

「……ふふ、この身体ももう限界だな。

 さあ、殺せ。新たな日本の主役は、……君たち、だ……」

 

「…………そんな」


「案ずる、ことは無い……、それは、当然の権利なのだ。

 老人は、若い世代に駆逐される運命……なのだからな」

 

「……、承知、しました。

 では、総理。失礼します――」

 

 

 僕は総理の肉体に、渾身のストレートを放った。

 一瞬の後、総理は宙を舞う。



「うばしゃあああああぁぁぁぁぁっっっ」



 そのまま総理は回転しながら空を飛び、ビル外へ落ちていった。

 

 

 ……終わった。

 今度こそ、終わったのだ。

 

 

 

 ――空は、いつの間にか晴れ渡っていた。

 僕はほっと一息をつく。その瞬間、今まで押し殺していた疲労がどっと堰を切って押し寄せて来た。

 ああ、まずいな。面接中、なのに……

 そんな事を考えている間に、世界が横倒しになる。いや、倒れているのは僕の方か。

 そうして世界は徐々に暗くなっていき――、僕の意識は途切れた。

 

 

 

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