第二面接室…"社会人として守るべき法令"
馬鹿な――、今確かにこう言ったのか。
"異藤忠商事・代表取締役"…………!
"代表取締役"……すなわち、社長――――!
四季報にも顔写真とインタビュー記事が載せられていた、間違いないハズだ。
ありえない、どうして社長がここに……!?
「驚いているかね。無理もない……。
弊社の社訓は『物事は簡潔に』、でね。それは、大企業に成長した今でも変わらない……こうして社長自ら、弊社に相応しい人間を見極める事にしているのだよ。
こうした精神性のゆえに弊社は年20%という驚異的な成長率、そして3年内殉職率5%という素晴らしい労働環境を実現している……。
なに、緊張する事はない」
社長はにっこりと微笑む。なんだ、笑顔一つとってもこの圧倒的な威容は……!
「さて、早速だが……"面接"のほうを始めようか。
申し訳ないが、私も1時間後に会食の予定があるのでね。手っ取り早く、済ませてしまう事にしよう」
何と言うことだ。
社長と、直接"面接"り合うことになるなんて……!
てのひらに汗が湧き出る。
「……ほら、力を抜いて。
どこからでも、自己紹介してみなさい」
社長は指をこちらに向け、クイクイと曲げる。挑発的なポーズだ。
しかし、なんなのだこの余裕は……? あちらは能力を発動するどころか、戦闘態勢すら取っていない。ただ、堂々と立っている……それだけだ。
いいのか……? 行っていいというなら、容赦なく行かせてもらうぞ。
「う、うぉぉぉぉぉぉぉぉ……!」
気合いの雄叫び。それと同時に、腕を後ろに向け"空気"をコピーする。
手のひらからジェットエンジンのごとく吐き出される大量の空気。その反動で、僕の身体は前に向かって急激に加速した。ついさっき、牧野課長を目潰しした一瞬で自分のコピーと入れ替わる事が出来たのも、この超加速のおかげだ。
社長の顔が、みるみる迫ってくる。そのままの勢いで僕は右腕を構え、社長の顔面に右フックを――
「でもね、君。
残念だが、ここは社内だ……こんな場所で社長を攻撃するのは、"法令遵守"に反するだろう?」
ピタリ。
社長に向けて放った右フックは――どうした訳か、社長の寸前1mmで止められていた。
……と言うより、僕が"止めた"のだ。
「……バカな」
もう一度、社長の顔面を殴ろうとしてみる。
……だが、結果は同じだった。僕の拳は社長の手前で止まり、そのままダランと垂れ下がる。
「どうして……」
「どうして? 今言ったろう。
私への攻撃は、法令遵守違反だと言った。だから、君は私を攻撃する事ができなくなった。
それだけの話だよ」
そう言い切ると、社長は僕の顔面にストレートをお見舞いした。
「がはっ……」
僕はたまらず後ろに吹き飛ぶ。くそっ、痛い。涙が出るほど痛い。
しかし、ようやく分かった。
"法令遵守"――!
これが社長の能力。一度社長が"法令"を定めてしまえば、僕は"法令"に抗う事はできない――!
「では、もう一発」
寝転ぶ僕の腹に、社長の猛烈な踏みつけ。僕は血を吐いてのたうち回った。
ウソだ。攻撃を禁止されては、僕は――いったい、何をすればいいんだ?
ふたたび、社長はこちらに飛び掛かってきた。回し蹴りだ。
僕は素早くコピーした血を噴出し、反動で攻撃を逃れる。
そのまま血を噴いてバックステップし、社長との間合いを取った。だが社長はリノリウム製の床を蹴り上げ、急ダッシュで距離を詰めてくる。なんて脚力だ……!
そのままの勢いで社長はパンチを繰り出してきた。たまらず後ろのテーブルをコピーし、盾にする。石製のテーブルは僕と社長の間に割って立ち、お互いの姿を隠した。
「ふむ、素早い判断。流石は牧野課長を倒しただけの事はある……」
テーブルの向こう側から声が響く。
僕は何も答えず、じっと待つしかなかった。
「……さて、考えねばならないな。君が次に何をしようとしているのか……。
君はいま、私がテーブルのどちら側を廻り込んで攻撃するのか考えている。そして、どちらから私が来てもよいように、全方向にコピーした血液を撒き散らすつもりで構えている」
……!
な、何故それを――――
「……当然、血の目潰しを喰らえば私は不利だ。目潰しだけでは"攻撃"と言えるか判断は曖昧だから、"法令遵守"に引っ掛からないと考えているんだろうね……?
さて、それを踏まえた上で私がとるべき最善の道は何だ?
――決まっている。道は、切り拓くもの」
衝撃と共に、テーブルにヒビが入り――続く一撃で、テーブルは飴細工のように粉々になった。
ありえない――。
社長のスーツははだけ、その上半身は露わになっていた。レスラーのような筋骨隆々の肉体だ。
「私ほどの大企業の社長になるとね……、肉体そのものの能力も恐ろしく高いんだよ。
数多の経営者の肉体をM&Aしているおかげでね。
就活ワンポイントアドバイスだ。憶えて帰るといい」
社長のハイキック。僕の身体はあっけなく吹っ飛び、窓ガラスに激突した。
窓ガラスにはヒビ一つ入らない。その表面は綺麗に拭かれ、鏡のようになっていた――そうか、さっきはガラスの反射越しに僕の構えを観察していたのか。
社長がこちらに歩みを進める。僕はすかさず、近くに散乱したテーブルの破片をコピーした。
鋭利に尖り、ナイフのようになった破片だ。僕が攻撃できないのなら、モノを投げ付けて間接攻撃してやればいい。
……だが、僕は破片を投げる事はできなかった。
というより正確に言えば、破片を手に持った時点で僕の腕はズシリと固まり、投げ付ける事はおろか持ち上げる事すらできないのだ。
「おっと、その石コロはどうしたのかな? まさか、私に投げ付けようというつもりじゃなかろう。
君が直接私を殴ろうとしようが、間接的に破片で攻撃を試みようが……どちらも私への"攻撃"にあたる。さっきやろうとしていた血の目潰しだってそうだ。当たり前だろう?
君が"攻撃の意志を持って"何かの行動をした時点で、それは"法令遵守"違反。認められないんだよ。
……おや、大丈夫かい。顔色が真っ青だ。
なに、恐れる事は無い。今にラクにしてあげよう」
社長は笑みを崩さず、こちらににじり寄ってくる。
どうすればいい。どうすればいいんだ……、社長に攻撃する事はできない。殴る事も、破片を投げる事も……。何も、出来ない。
考えろ、考えるんだ。どうすれば、どうすれば社長に攻撃を……
『哲学の基本は、世界との対話。そして……それは同時に、自分自身との対話でもあります。
自分の世界認識のあり方を問い直し、鍛え直していく。これが哲学的探究の、根本だと私は考えています』
唐突にフラッシュバックする言葉。教授が、哲学の講義の第一回で話していた言葉だ。あの時は、よくわからないまま聞き流していたっけな。
そうか。今なら、なんとなく分かる気がする……。
そう、"自分の認識を、鍛え直す"……。
僕は、立ち上がった。
よろめきそうになるのをこらえながら、手を前に構え、拳を握る。
顔を上げ、社長の顔を見据えた。
「……何のつもりかな? 君の攻撃は、何であろうと一切"不可能"だと言ったばかりだが。
他人の話を理解できない人間は、当社には不要な人材だ……。
さあ、そういう訳で面接は終了だ。
結果は後日お伝えしよう。もっとも、生きていればの話だがな……」
社長は静かに僕の前に立った。
ゆっくりと手刀を掲げ、一息に振り下ろす――。
「………………がはっ、!?」
呻き声。それは、僕ではなく……社長の咽喉から絞り出されたものだった。
僕が、社長の鼻っ柱に右ストレートをぶちかましたためだ。
社長はぐらりとバランスを崩す。続けて僕は、社長の横っ面に右フックをかました。
「がッ……」
社長は体制を崩し、床に倒れ込む。
「……な、ありえない……
何故、私に……攻撃、を……」
「……簡単な事です。
社長の能力は、お強い。お世辞抜きに最強の能力です。とてもじゃないですが、僕なんかの攻撃は通るはずがない……。
……だから、"僕のパンチは攻撃にはならない"。社長がこんな拳にお当たりになるハズも無いんですから……ただ、腕を前に突き出しているだけです。攻撃なんて、とてもとても」
僕は笑い掛けた。
「なんと……、自分の攻撃に対する認識を改変した、だと……!
"攻撃の意志を持たずに攻撃する"……こんな芸当を、本当に実現するなんて……。
……ゴホッ、ガハッ!
ぐっ、信じられ、ない……こんな、こんな強靭な精神を持つ就活生が、いた、とは……
あの……"あのお方"でも、……倒せるか、どうか……」
血を吐いて悶える社長のもとへ歩み寄る。僕は、息を整えると――社長の横腹に、ローキックをぶち込んだ。
「うばしゃあああああぁぁぁぁぁっっっ」
叫び声と共に、社長は吹き飛んだ。そのまま窓ガラスを突き破り、社外へ転落する。
さすが異藤忠商事の社長である。じつに恐ろしい相手だった……、だが。
僕はひとり拳を突き上げる。
社長に、"勝利"した…………!
自分が、この自分が……!
これは流石に採用だろう――そう確信した直後、唐突に扉が開いた。
「……おめでとうございます、マエダ様。取締役の面接に合格されるとは、感服です。
では……これより、"真・最終面接"の会場へとご案内いたします」
僕を誘導してきた社員だった。そ、それより……。
"真・最終面接"……? そんな馬鹿な、まだ面接があるというのか。
僕は狼狽える。
……いや、待て。そう言えば、さっき社長も言っていたではないか……
『……"あのお方"でも、倒せるかどうか』
「あのお方」。社長にそう言わしめる存在とは、いったい誰なんだ……?
僕は不安に胸の内を満たされながら、社員の後についていく事にした。
「こちらです」
社員はエレベーターに乗り込む。僕も、続いて箱の中へ乗り込んだ。
エレベーターの扉が閉じる。社員は手元から小さなキーを取り出すと、操作盤の上に取り付けられた小さな戸に差し込んだ。
キーをひねり、戸を開く。その中には、「R」と記されたボタンが光っていた。
「申し訳ありません。普段はこのような場所で面接を行う事はないのですが……、
たった今、到着されるとの事なので。面倒を省くため、ここで実施する事に致しました」
「今、到着される」……? 何を言っているんだ? 面接官は、社内の人間じゃないのか。
一体全体、最終面接って何なんだ……?
僕の困惑をよそに、エレベーターは上昇する。エレベーターの窓から覗いていたビル群はすぐに見えなくなり、延々と広がる冷たい曇り空を映すばかりだった。




