第一面接室…"As Soon As Possible"
「……………………」
僕は眼をこする。
……待って、今気のせいじゃなかったよね?あの人、明らかに日本刀みたいなモノを……、ってああ、もう今の人呼ばれちゃったみたいだ。 おかしいな、見間違いかな……?
いや、見間違いに決まってるか。面接会場で日本刀なんか持っている人なんかいるハズないしな……、僕も相当緊張しているのか。こんな様子じゃ今度も怪しいぞ……。
そんなこんなで、数十分ほど待っただろうか。既に控室の就活生は残り5人ほどになっていた。
何をするでもなく、SPIの問題集に目を滑らせていると控室の扉が開いた。
「えー、前田 太郎さん。
前田太郎さん、いらっしゃいますか」
僕の名前だ。おかしいな、この部屋に入ってきたのがわずか数秒前の事に感じられる。ああ、心臓がバクバク脈打つ。至る所から汗が染み出してきた……。
僕はネクタイを締め直し、汗を拭うと席を立った。
落ち着け、整理しよう。まず挨拶、席に促されたら着席。目はしっかり人事の眼を見て、ああ、その後は……。
そんな思考を急ぎ脳内で片付けていると、あっと言う間に僕は面接室の扉の前に着いていた。
ええい、ままよ……!
コン、コン。
軽く扉をノック。
「どうぞー」
軽い声が中から響く。僕は手の震えを抑えながら、扉を開いた――
――瞬間。扉の向こうから、僕めがけて白いものが飛んできた。
「ひっ……!」
野球選手の剛速球のようなスピードだ。脊髄反射で身体をひねる。
……奇跡的に僕の身体はそれを回避できた。飛来した何かは背後の壁に衝突する。鋭い音と同時に、壁には放射状のヒビが走った。
僕はおそるおそる、壁に刺さったそれに触れる。
紙のような手触り。それは、蛍光灯の光を反射して白く輝いていた。よく見てみると手のひらに収まるほど小さく、四角い。
そしてその表面には、
『異藤忠商事
人事課 課長 牧野信二』
小さな明朝体フォントで、そう印刷されていた。
これってもしかして、もしかしてだけど……、
……「名刺」、ってやつ、なのか?
「ほう……それを躱すとは。
今度の就活生は、少しはやるようだな」
前方から声。僕はそちらを振り返る。
――そして、絶句した。
5m角ほどの小さな面接室――その壁と床は、べっとりと付着した大量の血痕で覆い尽くされていた。
面接室の壁際に、無造作に転がる大量の人々。みなリクルートスーツを纏い、ずたぼろの姿で横たわっている。目に光が無い……まさか、死んでいるのか?
そして、部屋の奥に立つ一人の男――ガラス窓に背を向けているせいで、逆光になっていて表情をうかがう事は出来ない。
「売り手市場だなんだと世間はおめでたいが……、こんなゴミばかり数集めても何の意味も無いだろうに。
なあ、君もそう思うだろ?」
男はおもむろに問い掛けてきた。不敵さを備えた、低い声色だ。
「……な、なんだ、これは……。
どうして、人が倒れて」
「……ン。
おや、まさか君、知らないのか? まいったな、最近の若い者はどうなってるんだ」
男が頭を掻く。
「まったく、君は時事に疎いようだね。そんなんじゃ社会に出ても苦労するぞ?
……2年前、経団連はある決定を下した。就活において重視する要素を、"学歴"から"人間力"にシフトさせるという重大な転換だ。
とはいえ、"人間力"と言ってもその意味するところは広い。経団連は"人間力"の例として以下を挙げた。コミュニケーション力、対応力、etc.そして……
"戦闘力"だ」
「な……、
せんとう、りょく、だって……?」
「その通り。
社会人は文字通り、会社の"兵力"。彼らは社会の第一線に立って日々闘う存在だ……戦闘力を重視するのも無理ない話。そうだろう?
それで、ウチのような大企業は最終面接に"戦闘力試験"をどんどん採用し始めた。世は、"大襲活時代"に突入したんだよ」
何と言う事だ。
僕の知らない間に、就職事情がこんな事になっていたとは……!
「事情はわかったかな?
それじゃ、早速だけど"面接"を始めよう。ほら、ドアを閉めて」
男の一声で、面接室の扉が外からバタンと閉められる。
ウソだ……もう逃げられない。ウソだ、こんな事って……
「ちょっと、待っ……」
「……では、異藤忠商事・最終面接を開始させていただきます」
男がそう口上を述べた、刹那――
男の姿が、消えた。
『バキッ』
軽やかな音。
それと同時に、僕の身体は前に吹き飛ばされていた。
「――がはッ……!」
轟音と共に、窓ガラスに叩きつけられる。
全身を貫く衝撃に、一瞬視界がブラックアウトした。その後でじわじわと身体に湧き出す鮮烈な痛み。
身体のどこかで、何かが折れた音がした。たまらず口から唾を吐き出すと、唾は真っ赤に染まっている――
「ほらほらほら!
こんな事で血を吐いていては、社会人は務まらないよ!」
続けざまに一撃。今度は頭から床に叩きつけられ、無様な呻き声が漏れる。
直接コンクリートにぶち込まれた頭蓋骨は音叉のごとく震えていた。脳が直に揺さぶられ、悲鳴を上げる。
馬鹿な……、男はいったいどこに消えた? どこから、こんな強力な攻撃を……。
「おいおい面接中に床で寝転ぶなんて、随分マナーのなってない就活生だなぁ!
さあ、何か反撃しないと死んじまうぞ!
ほらほら早く、君の"能力"を披露してくれよ!」
虚空から男の声が響く。
すきる……、スキル、だと……?
そんな……、僕には、何も無い。スキルなんか、何も……
……いや、そんな事は無い、はずだ。
僕だって22年間生きてきて、色々な経験を積んできた、はず。
そう、僕だって。僕だって……!
「……フン、答える気力すらない、か。
最初の名刺を躱した時にはただならぬモノを感じたのだが、……所詮は思い過ごしだったようだな。
それじゃあ、死んでもらおう」
頭上から聞こえる声。僕は残りの体力を振り絞り、声のする方を凝視した。
――何もない。面接室には、誰もいなかった。誰も、何も――
いや、違う。
面接室の、壁から壁……床から天井……、黒っぽい「何か」が、高速で跳ね回っていた。
僕は全力で目を見開く。亜音速で部屋中を飛び回る何か――
「見えた」
男だった。男が、まるでバッタのように四肢を巧みに使って、面接室を縦横無尽に高速移動していたのだ。
男は窓ガラスの辺りを跳ねながら、こちらへの攻撃のタイミングを見計らっていた。そして――
「…………、今だ……!」
僕は手元から紙を取り出し、空中へと投げ付けた。その紙は、直線を描いて面接室の中を飛んでいく。そして――
『ザシュッ』
軽い音。紙は、空中で消え失せ……
次の瞬間、男が面接室の壁に叩きつけられていた。
「ぐっ、ばぁ……!」
男が壁にもたれ掛かり、血を吐く。男の右目には、ザックリと縦に切り傷が入っていた。
男は胸ポケットのハンカチで顔の血を拭うと、こちらに視線を向ける。
「ほう……、ボクの能力"ASAP"を見抜いたばかりか、目で追えるとはね。君が初めてだよ……。
その上、ボクにこんな傷を負わせるなんて」
そのまま男は床に屈みこみ、落ちていた白い紙を拾った。僕が投げ付け、男の右目を切りつけた紙だ。
「……おや。これは……、ボクの名刺じゃないか。
最初に投げたのを拾っていたのか? いや、そんな風には見えなかったな。
とすると、だ……成程、君の能力が少しずつ分かってきたよ。
君は……"複製"系の就活生、だね」
僕はこっそり舌打ちをする。ウソだ、こんなにあっさり僕の能力がバレるなんて……。
――そう、僕の能力は具現化系。頸殴大学で3年間培ってきた能力だ。
頸殴大学……KOの頭文字から取って1929年に設立されたこの大学は、名前の通り武闘派の学生を育てる事を目的として人気を集め、名門校の一角にのし上がった大学だ。
統計によると、毎年講義中に教授の攻撃を喰らって亡くなる人間は100人超。日本の大学の平均死亡者数が30人であるから、これは驚くべき数字である。
そんな頸殴大学の中でも文学部・哲学科は目立つ事こそないものの、論理系の能力を操る優秀な生徒を輩出し、安定した評価を勝ち取っている学部であった。
そして、僕はこの文学部哲学科の卒業研究として、具現化系の能力――『実存は本質に先立つ』を手に入れたのだった。
これは見方によっては、非常にシンプルな能力だ――直近に触れた実存を複製する、ただのそれだけ。
あくまでも実存を再生産するだけなので、本質――例えば"生命"や"自我"、"複雑な機能"など――をコピーする事はできない。故に、シンプル。
その素朴さゆえ、周囲には"しょっぱい能力"と揶揄される事も少なくなかった。哲学科と言えば花形は論理操作系や認識変換系であり、単なるコピー能力など歯牙にもかけられないのだ。
だが、僕はこの能力が好きだった。
「ふぅむ……、だが分かってしまえば何てことは無い。
この部屋には、コピーして使える武器なんかもう無いんだからね……惜しい能力だよ」
男はゆうゆうとハンカチを広げ、身体の血を拭き取る。
僕はなんとか下半身に力を込め、立ち上がっていた。だが、当然ながら男の攻撃をまともに対処する事はできない。
フラフラとした足取りで戦闘姿勢をとる僕を、男は冷ややかに見下ろす。
「健気だね……。そういう若者は嫌いじゃない。
しかし誠に残念ですが――」
男は上半身を屈めた。陸上のクラウチング・スタートのような格好だ。
「ご縁が、無かったということで。
面接は、これにて……"終了"です」
再び男の身体が加速を始める。
かろうじて、男の動きを目で追う――しかし、僕にはもう武器は無い。
何も、出来ない。ここで、死ぬ――。
……いや、そうとも限らないはずだ。大学で習った事を思い出せ――
武器が無いのなら、相手を武器にすればよい。
いわゆる、"コペルニクス的転回"というやつだ――。
目の前に男が迫る。まるで銃弾だ、さっきよりも数段速い――これが彼の本気なのか。
僕は男に向けて右腕を振るった。
「なにっ……!」
空中で男が唸る。
男の顔にはべっとりと血の斑点が付いていた。
「自分の血を飛ばして目潰しにしたか。
血の量が多い……、さては血をコピーして増やしたな?
咄嗟の機転にしてはよく考えた……、だが!」
男は目にも止まらぬ速度で首を振るい、纏わりついた血を跳ね飛ばす。
「残念だがぁー、目潰しをやってきた就活生は君で11人目なんだよ。
"経験"の違いだねぇー、非常に残念だが……」
男は、飛行しながら両腕を構えた。
「君は"不採用"だ」
そして男は亜音速を保ったまま僕の身体に突っ込み――
――そのまま、身体を突き抜けた。
「……………、は?」
困惑の叫び。男はその速度で壁の窓ガラスに突入し――
「うばしゃあああああぁぁぁぁぁっっっ」
……窓ガラスを盛大に突き破って、社外へと落下していった。
「ふぅ……」
僕は息を吐いて、死体の山から身体を起こす。
「……なんとなく、わかったんだ。
あなたが目に名刺を喰らって、そのまま壁に激突したとき……
この人は、高速移動中の制御や進路変更が難しいんじゃないか、って」
僕はよろよろの足で、窓際に立っているもう一人の"僕"のもとに向かう。
もう一人の"僕"に触れると、それは一瞬で空中に掻き消えた。
「牧野課長。僕が血で目潰しした時、気付くべきでしたね……
自分の血をコピーできるということは、"自分自身"もコピーできるという事に。
もっとも、今回は"実存"だけしかコピーしないハリボテでしたけど……」
僕は口に溜まった血を吐き出した。
ああ、疲れた。全身が痛い……。
そうして床にへたり込んでいると、ふいに扉が開いた。
「お見事でした、マエダ様。
第二面接室へどうぞ」
先ほど僕をこの部屋まで誘導した社員だった。うやうやしい仕草で、僕を廊下にうながす。
ウソでしょ、まだあるのか……。
僕は心底ウンザリした気分を覚えながら、言われるがままに社員の後をついていくしかなかった。
『第二面接室』
そうデカデカと記された紙が、ドアに貼り付けられている。
脇にいた社員は、いつの間にか消えていた。おそらく彼も能力持ちなのだろう。
「…………ふぅー――っ」
深呼吸。それからポケットティッシュで顔の血を拭い取る。面接では、一にも二にも身だしなみが大事だ。
十分に気持ちを落ち着かせてから、僕は面接室の扉を叩いた。
「失礼します……」
ゆっくりと、慎重に、部屋の扉を開く。さっきみたいな奇襲があるとも限らない。
……しかし、奇襲は無かった。
面接室は先程よりも広い。脇にテーブルと椅子が置かれている。
そして、窓際に男が立っていた。
「やぁ……、君はウチの牧野を倒したのだね?
素晴らしい。そのような骨太の若者が、これからの日本には必要だ……。
どうぞ、掛けたまえ」
男はゆっくりとこちらを振り返る。
……って、な、馬鹿な。
こいつは、この人は……!
「自己紹介をしよう。
私は、異藤忠商事・"代表取締役"――――異藤正次郎だ」




