7 魔族は人間を食べるのですか?
トムが持ってきたデザートを、今度はゆっくりと食したローゼッタはふうと息をつき、
「美味しかったです」
と満足そうに言った。アルフレードがサンドイッチを食べ終えるのとほぼ同じだった。
「お腹がいっぱいになったので寝ます」
そう言って、ローゼッタは部屋の奥にあるベッドをじっと見つめる。
「あれを使ってもいいかしら?」
隣に座っているアルフレードを見上げて聞く。
「どうぞ」
アルフレードはため息交じりに言った。
客間もあるにはあるが、まだ屋敷にいる魔物たちにローゼッタのことを知らせていなかったので、アルフレードの部屋に置いておくのが最も安全だった。
ローゼッタはアルフレードの肩に手を乗せ、ソファーから立ち上がろうとして顔をしかめ、座り直す。
「どうした?」
それを見ていたアルフレードは言う。ローゼッタはバツが悪そうな顔をした。けれどすぐに気を取り直したのか、背筋を伸ばし首を傾げ、
「連れて行ってくださらない?」
と、にこやかに微笑んでアルフレードに言う。
姫のわがままのようにも見えたが、アルフレードはソファーから立ち上がるとローゼッタの前にひざまずく。ローゼッタはビクっと肩を震わせた。
そして、アルフレードはローゼッタの足を持ち上げた。その足には、服に合っている花の色のような桃色の靴があったが、歩きにくそうな固い靴だった。
「何をしているのですか? 手を離しなさい」
慌てたように命令する。けれどアルフレードはそれを聞かず、膝に足を乗せると靴を脱がす。
「あっ!」
痛みを堪え、姫が声を上げた。
白いはずの靴下が、赤く染まっていた。
「ぅっ……」
それを見て、ローゼッタは顔をしかめる。アルフレードはその靴下も脱がせた。血が渇いて皮膚に付着していた布がはがれる。ローゼッタは声を上げずに堪えた。
「この足で諸国を回るつもりだったのかい?」
柔らかい肌がすれて血だらけになっているのを見て、アルフレードは言った。
「……そうです」
悔しそうにローゼッタは言う。
「それならもっと旅に適した物を履きなさい。これでは近くの国でも行けないよ」
「行けます」
意地になってローゼッタは言った。
「しばらくはここに滞在します。それまでに治るでしょう」
居座るつもり満々なローゼッタの言葉を聞き、アルフレードは無表情になった。
「それは困る」
アルフレードはそう言って、ローゼッタの足に触れる。
「あっ……」
傷口にアルフレードの手が当たり、ローゼッタは痛そうに顔をしかめる。
「すまない。少し、我慢しろ」
そう言うと、アルフレードは目を閉じ、呪文を唱える。
「何を……?」
アルフレードの手が熱を帯び、傷の痛みが増す。「う……」ズキズキする痛みを堪え、ローゼッタはその様子を見つめた。
足の裏がモゾモゾした。皮膚の外ではなく中が動いている。
「気持ちが……、悪い……」
ローゼッタは体を動かそうとするが、アルフレードに足を持たれていたので堪えた。アルフレードは薄く目を開け、一瞬だけローゼッタの様子を見るが、また目を閉じる。
「何を……」
ローゼッタは言いかけて体をビクっとさせる。アルフレードはローゼッタの足に触れる。
「くっ……」
ローゼッタは頬を染め、目を閉じて呪文を唱える銀の髪の魔族をそっと見つめる。
アルフレードの唇が音を発するのを止めた。
「どうだ?」
首を傾げ、赤い瞳でローゼッタを見つめる。とても澄んだ美しい瞳だった。
「ど、ど、ど、どうだとは、何がですか?!」
ローゼッタの声が裏返る。
「……痛いか?」
魔族は淡々と聞く。
「痛っ、痛っ、い、い、痛いです」
ローゼッタがそう言うのを聞いて、アルフレードは不思議そうな顔をする。
「こ、こっちの足が!」
まだ靴を履いている方を指さす。
「ああ、そうか」
アルフレードはそれを聞いて反対側に回り、まだ治療していないローゼッタの足を膝に乗せ、靴を脱がせる。
「う……」
ローゼッタは目を閉じてうめく。アルフレードはそれを見て、
「少しの間だけ辛抱しろ」
と、言う。ローゼッタは顔を真っ赤にしてうなずいた。
「大丈夫だ。すぐに治る」
ローゼッタが不安にならないようにと、アルフレードは笑いかける。治療を嫌がるモンスターにいつもやっていることだった。
ローゼッタもおとなしくなったので、アルフレードは足の治療を続けた。アルフレードは治癒魔法が得意な魔族だった。物理攻撃は魔王より上だが、攻撃魔法は魔王よりもはるかに下で、戦えば魔王に負けることは確実だった。
だからアルフレードは魔王になれなかった。けれど、彼は魔王と戦おうなどと、一度も考えたことはない。
「もう痛くないだろ?」
アルフレードはローゼッタに聞いた。ローゼッタはポーっとした顔でコクンとうなずいた。
「明日、もっと歩きやすい靴を用意させよう」
そう言って、アルフレードはドアに向かう。ドアの外にヘルムの気配を感じていた。
部屋の外に出ると、壁に寄りかかったヘルムがいた。
「どうして入ってこないんだ?」
アルフレードを見て体を起こした部下に言う。
「いえ、お取込み中なのかと……」
ヘルムはニヤニヤしていた。
「足の治療をしていただけだ。普段ほとんど歩いていないようだ。とても柔らかい肌をしていたよ」
「それは美味しそうですね」
「食うなよ」
冗談とわかっているが、厳しい顔で部下に言う。
「はいはい」
ヘルムは平然と答える。
「それで、リアリム王国の様子はどうだった?」
「表面的に変化はありませんが、城内は姫がいなくなって大騒ぎしています」
淡々と報告する。
「早々に帰した方がよさそうだな」
腕を組み、考え込むように言った。
「そうですね。でも、帰りますか? あの姫」
「帰らなくても帰すよ。人間とのもめ事はないにこしたことはない」
しかし、ローゼッタが居るので、もめ事になりそうだった。アルフレードはため息をつく。
「わかりました」
やはりヘルムはニヤニヤと言う。
「それと、明日までに動きやすい靴を用意してくれ」
ヘルムの態度が引っかかっていたが、アルフレードは必要と思ったことを言った。
「姫の靴ですか?」
「そうだ」
「わかりました。トムにいい靴がないか聞いてみます」
コロボックルは手先が器用なので、トムに頼めばローゼッタが気に入る靴が手に入る。
「明日の朝でいいですか?」
「そうだな。明るくなったらすぐに帰したい」
「一応、朝までに用意しておきますが、遅くなっても大丈夫ですよ」
「……さっきから、何が言いたいんだ?」
クマ顔でわかりにくいが、すました顔でおちょくっているヘルムに向かってアルフレードは言った。
「いえいえ、俺は業務連絡をしているだけです」
「さっきからニヤニヤしてるし」
「元々の顔です」
それでも笑っているように見える。普段は必要以上に厳めしく見える。
「それでは、俺はこれで」
心なしか軽い足取りで去っていく部下を不満そうに見送り、アルフレードは部屋に戻った。
足も治り、歩けるようになっているはずのローゼッタはソファーに座ったままだった。
「まだそこにいるのか?」
アルフレードが言うと、ローゼッタはビクっとした。
「もう寝ます」
毅然とした態度で言い、自分の目の前に来たアルフレードにすっと手を差し出す。
「痛むと嫌なので、連れて行ってください」
足は治っているはずだった。けれど、アルフレードはローゼッタの手を取り、ソファーから立ち上がらせる。ローゼッタはアルフレードの腕にしがみつき、じっとその顔を見つめる。
「痛むか?」
アルフレードは淡々と聞く。
「痛くありません。さっきまであんなに痛かったのに……。魔法は便利ですね」
「便利?」
魔族にとって魔法は身近なものなので、便利と言われて違和感を持った。
ローゼッタはアルフレードの腕を離さなかったので、アルフレードも一緒にベッドまで行った。ローゼッタがベッドに入ると、アルフレードはローゼッタの肩まで布団をかけてやる。
「あなたは、私を食べないのですか?」
ローゼッタは好奇心旺盛な瞳でアルフレードを見つめていた。
「食べない」
疲れたようにアルフレードは言う。
「どうしてですか? 魔族は人間を頭からバリバリ食べると聞きました」
それを聞いてアルフレードは眉をしかめる。
「人間は狩ったモンスターを調理して食べると聞く」
今度はローゼッタが困ったような顔をした。
「そういう地域もあるけれど、私は調理してあってもモンスターは食べません」
一部の地域ではモンスターを食すところがあるとローゼッタも噂で聞いた。意外と美味しいらしい。
「私もそうだ。調理してあっても、人間は食べない」
「では、調理しないで生で食べるのですか?」
無邪気に聞いてくる姫に、アルフレードはムッとしたような顔をした。
「調理したものを食べないと言ったのに、どうして生で食べることになるんだ?」
「生の方がおいしいと聞きます」
それもローゼッタが聞いた噂だった。
「あなたは食べられたいのか?」
ローゼッタは驚いたように首を振る。
「……食べられたく、ありません」
悲しそうな顔でうつむく。
「私は食べない」
真面目な顔でアルフレードは言った。
「魔族は人間を食べないのですね」
と、ほっとしたように言う。
「食べる者もいるが、私は食べない。だから、安心して寝なさい」
アルフレードの言葉に、ローゼッタはにっこりと笑う。
「わかりました」
そう言って、ローゼッタは目を閉じた。
「ふう……」
アルフレードはため息をついた。
「おやすみなさい、アルフレード」
目を閉じたままローゼッタは言った。アルフレードはびっくりした。
「……おやすみ。ローゼッタ姫」
ローゼッタは目を閉じながら笑みを浮かべた。




