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将来を考えることの意義

作者: 倉根 敬

一一突然だが皆さんの将来の夢は何ですか?一一一




小学生なら男の子だと医者、宇宙飛行士、サッカー選手、野球選手だろうか…

女子ならばケ一キ屋さん、花屋さん、キャビンアテンダントといったところか。

中学生なら小学生の頃に抱いていた夢を少し変える子もいるだろうし、変えない子もいる。まだまだ十代半ばの時期に自分の能力なんて見定まらないから可能性は無限大であろう。

高校生ともなれば進路について真剣に考える事になる。

高校の種類も多種多様で商業、工業、漁業等の専門的な事を学ぶ

学校もあれば進学を前提にした高校も存在する。

中学生はこの多くの高校から自分のこれから通うまたは人生に必要な事を学ぶのだ。

義務教育課程を経た我々は一度はこの分岐点を経験する。




しかしこの分岐点の時期に疑問を感じる人はいないだろうか?

どうして十代半ばの中学生が人生の分岐点ともいえるであろう高校をこんな早くに決めなければならないのか。

小学校中学校というのは大体が地元の学校に通うだろう。

つまり社会の事をまるで知らない子達が卒業が近づいてくると『進路どうする?』『山田君は成績が良いから進学校に行くらしいよ』『へぇ一そうなんだ僕は成績があまり良くないから家から近い工業高校にでもしようかな。』といった事を話さなければならないのか。

そうやって将来の夢を早くも絶たれてしまった子供たちに大人は平気で『努力すれば夢は叶う』などと語り出す。

学んでいる学問事態違うのに夢もへったくれもあるものか。

社会の事を全く知らないまたは知る術がない中学生に対して突然

『さぁ義務教育も終わりますので進路を決めてください!』

なんて言うのは酷な話だ。




職業体験なるものが中学校にあったりするがそういうのでその職業を知り尽くすのは無理がある。

こんな事は意味があるのだろうか、あるという人は子供の立場になって貰いたい。

まだどんな仕事に就きたいか決まっていない子にとってはその体験など後になれば中学の頃の思い出の一部にしか過ぎない。

『なりたい仕事はまだないからとりあえずここにしとくか。』

と友達が行く職場を選んで卒業アルバムのために皆で写真を撮って、はい終わり。

どうだろうか?この子にとってそれは有意義なものだったろうか。




さらにどこかの学校にいるであろう引きこもる生徒、不登校者、

学校の雰囲気に馴染めず退学する生徒はきっといるはずだ。

なりたい仕事、やりたい事へのギャップに耐えきれず小さき頃に抱いていた夢が自分の人生の選択の邪魔をし結果何事にもやる気を持てなくなってしまう。

実際に私が通っていた高校に学校の考え方に疑問を抱き中退した友達がいた。

先の未来を思考しなかった子に罪はあるだろうか。

適当に職業体験をさせたり、進路の調べ学習なるものをさせてこれからの未来を担う子供たちに将来について考えさせた気でいる

大人はどういうつもりなのだろうか。




進学を前提にした高校なんかは中高一貫校を除くと高校二年生くらいに文系か理系かを選択して大学の受験科目を二年間かけて教えていく所が多い。

では質問だが文理選択があったのちに文系から理系へ、理系から文系へ、俗にいう理転、文転を望む生徒には勝手にやってくださいと言うつもりなのだろうか。

最近では保護者の方が学費を工面できないからという理由で地元の国立大学でしかも現役でしか無理という場合が増えてきている。

やはり大学の独立法人化には家庭にも打撃が強いのだ。





こういった受験の変化にも社会は気づいていってほしい。

例えばだ、小中と義務教育を我々は受けていくがもう三年義務教育があるとどうだろうか?一一




しかも今度はインターンシップ制度など数ヶ月、数年の職業体験付き自分の住んでいる地域から飛び出し、他県まで行ってどんな仕事をしているのかまたは地元にはない事をしていないか、自分の県でも出来ることはないか、もしもこの仕事に自分がついたならば幸せか…等と色々な経験が積めるだろう。自分の将来を深く考える時間ができどんなことで社会に貢献しようかと希望が持てるに違いない。しかも今の高校とは違って義務教育の為テストのために勉強をしてその後すぐに忘れる等という恐れもなくなる、自分で主体的に学べる為したい事が思い通りにできるのだ。





小さい頃に抱いていた夢をすぐに諦められる人は中々いないだろう。

もしいるならばそれは抱く価値のないものだ。

なりたい職業、またはしたい事があるからこそそれが夢となり我々の生きる源となり学生にとっては勉強に励む意味となるのだ。

その意味や源を作るきっかけを与えるのが大人の役目ではなかろうか。

子供は決してなりたくもない夢は抱かない。

なりたい夢の理由は様々だが少なくとも何かのきっかけで見た仕事が格好良かったということで目指す場合もある。

どうかそういった将来を考える時間、機会を子供たちにもっと与えてあげてほしい。

そうすることで子供たちは活力がみなぎり誰もが夢を語り、行動し、多くの人と出逢い刺激を受け合って成長しより良い社会の発展に繋がってくるのではないだろうか。

















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