愛刀家
背にとてつもなく長い刀を背負った男(侍風の格好)が歩いていく。
「そこのお兄さん、良い刀、持ってるね!」
茶店の店先に座っていた男に声をかけられるやいなや、
その男の元に駆け寄り、手を取り合って喜ぶ。
「わかる? あんた、よっぽどの目利きだね。これは、うちの家に代々伝わってきた名刀なんだよ。」
「その状態だと刀身は見えないけど、その鞘の細工がいいよね。」
「わかる? そうなんだよ。」
「・・・螺鈿かぁ。」
「歴史上、1・2を争うような名工の手による螺鈿細工なんだ。」
「そうか~。やっぱり輝きが違うよね。最近の刀は面白味がなくって。必要なのは遊び心なんだよ、武器だけど、っていうか武器だからこそ。」
「そう! そこだよ。単純に人を斬れればいいって話じゃないんだよね!」
「熱いね、お兄さん。さすが芸術的刀剣の持ち主は違うな。」
「そんなに褒めても、お団子くらいしかおごってあげれないけどさ。」
「おごってくれる? それじゃあ、もう一皿食べちゃおうかな。もう六皿くらい食べてるけど。。。医者はあんまり糖分を取るなっていうんだけどね。」
「いやいや、ちょっとぽっちゃりしているほうが、長生きするって医者が言ってたよ。」
「俺の主治医はダイエット推進派なんだよ。痩せろってうるさくて。」
「でも、健康食品ブームのとき、1週間ごとに全く逆のことを言ってなかった?」
「言ってた・・・。トマトを食べると長生きできるっていうから、箱で買いこんだら、翌週は農薬リスクとかについて語りやがってな。消費者はどうすればいいんだ!」
「そういや、ゴルフ雑誌も、今週はグリーン周りではパターを使えって書いてあるけど、先週はパターを使うのはスコア大崩れの素って書いてたんだよね。・・・どっちが正解なんだ?」
「え・・・? おたく、ゴルフとかやるの? 侍だよね?」
「やっちゃだめ?」
「だめじゃないけど・・・。」
「ほら、俺も一応、上流階級に属しているから。そこは紳士のたしなみとして。」
「そうなのか・・・。俺は嫌いなんだよ、ゴルフ。」
「やったことはあるの?」
「いや。ない。全くない。」
「やったことない人は必ずそうやって言うんだけど、やってみると意外と面白いよ。一回、騙されたと思って、やってみない?」
「うーん。でも金がないんだよぁ。」
「道具は俺のお古をあげるから。」
「やってみようかなぁ。ダイエットにもよさそうだし。」
「いや、ならない。」
「何?」
「ゴルフをやっても、ダイエットには全く効果が無い!」
「・・・断言?」
「うん。断言。あれは健康には、全くよくない。」
「でもゴルフ場を歩くでしょ? その点は健康によくない?」
「よくないね。一説によると、この国におけるおっさんの死因第一位は、ゴルフ中の心筋梗塞だから。」
「おっさんだけなの? 死ぬのは? でも全国でおっさんばっかがバタバタ死んでたら、ゴルフ自体を何で禁止しないんだ!」
「あくまでもある一説によれば、だけど。」
「誰がいったいどこで主張してるんだ! そんな与太話を!」
「・・・国も隠蔽してるんだと思うよ、」
「何で小声? ・・・何を警戒しているのやら。」
「裏には巨大な利権が絡んでるから。あと、おっさんは何といっても、ゴルフが大好きだから。」
「ああ。偉い人たちが、自分たちがゴルフが出来なくなると、困るからか・・・。」
「ちなみにおっさんの死因第二位はゴルフボールが当たったことだけどね。」
「嘘つけ!」
運ばれてきた団子を前にあらためて刀を鑑賞中の二人。
「しかし、この鞘に書かれているは何の絵?」
「俺も知らない。」
「オーナー自身も知らないんだ! でも味のある柄だよね。」
「見る人によって、色々と感じ方が違う感じじゃない?」
「精神状態によっても毎日違う柄に感じそう。。」
「ロールシャッハじゃないんだから!」
「何、それ?」
「いや。雰囲気だけで言ってみただけで。俺も詳しくは知らないんだけど。」
「・・・。」
「そんなにいい刀なら、俺たちにも見してくれや。」
茶店の奥のほうから、いかにもな人相の悪い男 3人組が現れた。
「何? このTHEチンピラは。そっちの知り合い?」
「いやいや。俺も気ままな旅の途中、たまたまこの茶店に寄っただけだから。全然、知り合いじゃないし、知り合いたくもない。」
「だよね? 付き合うメリットが全く見つからそうだし。むしろデメリットしかなさそう。早く死んだ方が街のためだね。」
真顔で言い切る侍風の男。
「お前さんの言う通り、俺らはクズだよ。だから、とっととそのいい刀ってのを見せろ。」
「うっわ。『お前さん』って初めて呼ばれた・・・。」
「そこって、ショックを受けるとこ?」
「早く渡さねえと、殺すぞ!」
兄貴分が怒鳴ると同時に、後ろのチンピラ2人がドスを出す。
青年は懐に手を入れると、二丁拳銃を取りだし、何のためらいもなくチンピラ2人の顔に弾丸を撃ち込む。
「なっ、何だよ? 刀を使わないのか?」
狼狽する兄貴分。
「何で? 刀なんて使わないよ。」
「だって・・・、名刀なんだろ?」
「わかってないな・・・。刀って意外と簡単に曲がるんだよ。それに血と脂で汚れちゃうと掃除するのが面倒なので。」
「だからって、お前、いきなり銃は・・・。」
「上流階級にとって、刀ってのは鑑賞するためのものなんだから! 美術的価値が落ちたら嫌でしょう? てめえら如き、下衆のせいで。」
「・・・。」
「早くさっきまであんたの仲間だった物体を片付けてよ。あと茶店にクリーニング代も払っておいてね。」
「何でそこまで、俺が?」
「別にいいんだよ。こっちは正当防衛ってことで、何のためらいもなく、あんたを撃ち殺しても。」
「いや。うそです。すみません。喜んで対応させていただきます。」
「刀、使わないんだね?」
「使ってもいいんだけど、その後のメンテナンスがかなり面倒なんだよね。」
「あのさ、変なことを一個だけ聞いていい?
「何? あんまりプライベートな質問はちょっと。エージェントのほうを通してくれるかな?」
「・・・君って侍だよね。」
「そうだよ。」
「横文字使用率が多くない?」
「普通だと思うけどな。どこかの、東北エリアの戦国大名みたいに必殺技名とか叫んでないでしょ?」
「うーん。何か納得いかないんだよな~。」
「まあいいじゃん、そこは。それでおっさんの死因第三位はゴルフ場での、」
「おっさんは、ゴルフ場でしか死なないのか!」