プロローグ:このせかいにぼくはいらなかった
初投稿です。よろしくお願いします。
彼は辟易していた。
迫り来る異形の存在を凪ぎ、その血を浴び続けることに。
身体は真紅に染まり、手にした大斧は既に錆付き、その足元には幾千もの魔の者の残骸が玉座を作り、その周りでは媚びへつらった顔をした下賤の者達が神か何かを見るようなだらしない目つきで彼を見上げている。
しかしながら、彼の瞳に色は無かった。
先ほど両断したばかりのまだ生暖かい椅子に腰掛け、乱暴に足を組む。
確か西の魔王とか言っていたような気がするが、よく覚えていない。
確かなのは自分よりも弱かった。ただそれだけだ。
最初はただの興味だった。
生まれ育った森を出て、自分達を支配していた魔王とやらはどんな存在なのか。
居城に忍び込み、その尊顔を見た時に彼は確信してしまった。
――ああ、殺せるな。と。
興味が生まれるとやらずにはいられない。
だから、実行に移してしまった。
夜が明けると彼は新たな魔王となっていた。
周辺の反応は様々だった。
本能に従順に自分よりも強力な者には即座に膝をつく者、元魔王の甘い蜜を貰っていたのか彼を消し権力の再建を図る者。
若く名も知らぬ王が生まれたと聞きこれ幸いと支配地域を広げようと進軍してくる近隣の魔王。
それからとにかく命を狙われ続け、どのくらいの時が経ったのか。
彼に挑みかかってくる者は少しずつ減少し、今彼が腰掛けている肉塊が数十年ぶりの獲物だった。
かつては世界の全てを支配してみたいという欲望もあった。アビスの底で眠る魔界すら恐れる巨獣を叩き起こしてみたかった。
だが、彼はもう戦う事に飽きてしまっていた。
誰も彼に傷を追わせることができなかった。
誰も彼の興味を満たすことができなかった。
彼は虚ろな瞳を動かし、真紅の空に向かってため息を一つこぼす。
「ああ……、つまらねぇなあ……」
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彼は辟易していた。
毎日毎日ルーチンワークのように流れる日々に。
大した用もないのに大仰そうに流されてくるメール。内容もないのに毎日放り込まれてくるアジェンダ。
自分は有能だと信じているのか、先ほど提出した書類の改行位置が気に食わないと上司の唾が飛んできた。
本当にどうでもいい事である。
だが、一つの物事に対して自分の意見を入れないと気に食わないという信じられない人種が世の中にはいるのだそうだ。
彼は気づかれないようにため息を付き、応える。
――申し訳ございません、ただ今修正します。
何の実感もない。
何の達成感もない。
ただただ、社会という生き物に嫌われないために動いている細胞のような存在。
そこに気づいてしまった彼の瞳は暗く濁っていた。
かつては彼にも夢があった。
仕事を経験し、知識を積み、やがて自分が主導となって社会に能動的に関わる者になりたいと。
何もないところから新しいものを生み出すような生き方がしたいと。
しかし現実はそうではなかった。
社会は新しいものに対して拒否反応を示す。
何度も手直しし、修正を加えた企画書はすでにどのフォルダにあるのかわからない。
ある人は言うだろう。
それは自身が甘えているだけなのだと。
確かにそれは一理ある。甘え、そう言われれば返す言葉などない。
だが、どういった理由にせよ彼が進もうと考えていた道をコールタールをぶちまけたように濁ったものにしたのは紛れも無い事実なのだ。
そう、彼はもう生きる事に疲れてしまっていた。
自分には才能がなかったのだ。
この世界で生きるための才能が。
彼は虚ろな瞳を動かし、ディスプレイを見つめながらキーボードをのろのろと叩く。
「ああ……、つまらない……」
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彼らは辟易していた。
彼らを取り巻く環境に。
その世界に。
一方は世界と才能が適合しすぎてしまい目標を見失い、
一方は世界と才能が適合しなさすぎて目標を見失った。
彼らは真逆だったが、似ていた。
そう、魂が引き合うほどに。
継続していくつもりなので宜しければ今後も読んでいただけると嬉しいです。