#59
『今月いっぱいで、ひなぎく荘は取り壊されます』
先日聞いた、泉の言葉が頭から離れなかった。冗談とは言えない声色。深刻な表情。やはり、事実なのだろう。
(……事実でも、事実じゃなくても関係ない。どうせ私は、四月にはここから出る予定だったし)
もとはといえば、寮生活に憧れていたんだ。その為に、黄咲高校を受験したと言っても過言ではない。ひなぎく荘に入居してからも、思いは変わらなかった。むしろ、早く一年経ってほしいとまで思っていた。はずだったのに。
どうしてだろう。モヤモヤする。これは、大好きな叔父の妻の名のここが取り壊されるからだろうか。それとも、住人達とバラバラになるのが嫌だからだろうか。
気がつくと、とある部屋のドアの前に立っていた。104号室。菜乃花の部屋だ。どうやら、隣の自分の部屋と間違えたらしい。戻らなくては、と思った時には、ドアをノックしていた。中から「は~い」という声がする。その直後に、ドアが開いた。
「あれ? 四季ちゃん、どうしたの?」
菜乃花は、不思議そうに四季を見つめる。四季が言葉に迷っていると、「取り敢えず、入って」と、促された。左奥にある、ベッドに座るよう指示される。座ると、目の前に自身の勉強椅子に菜乃花が座った。
「昨日の、ビックリしたね」
菜乃花の言葉の意味がすぐわかり、ゆっくりと頷いた。四季も、おもむろに口を開く。
「想像を遥かに超えすぎてて……」
「そうだね。私達は、ずっと続くと思ってた」
菜乃花の言葉が胸に刺さる。そんな事、思ってなかった。だって、一年でここを出るつもりだったから。
「……私は、思ってなかった」
「え?」
菜乃花は、四季の言葉に首をかしげる。菜乃花には、正直に話そう。そう決心し、小さく息を吸った。
「……実は私、四月にはここを出るつもりだったの」
「……どうして?」
「私、もともと寮生活に憧れてて。黄咲高校の妃寮に入る予定だった。だけど、去年の四月に、急遽工事が始まっちゃって。一年後に終わるから、その一年ここで暮らす事になったの。だから、十人が揃うのは、一年だけってわかってた。だけど――」
言わない。今更、ここから出たくないなんて。
「――こんな形で終わるのは、嫌だよっ……」
泣きそうになる四季の背中を、菜乃花は優しく擦った。菜乃花も、涙が出そうになるのを堪えながら。
「……凄いよね、ひなぎく荘の人達って。離れたくないって、思わせる力があるんだもん」
菜乃花の優しい声に、堪らず涙が出てきた。そんな四季の背中を、菜乃花は擦り続けた。
「……さあ、そろそろ夕食の時間だよ。行こう?」
菜乃花に手を引かれ、リビングへと向かった。
その日の夕食中は、いつになく静かだった。
そんな中、一番に口を開いたのは玲央だった。
「……あの、俺、前から隠してた事があったんすけど……」
住人達の視線が、玲央に集まる。玲央は、最初言うのを躊躇ったが、意を決して告白した。
「俺、来月にはひなぎく荘を出る予定だったんす……!」
その言葉を聞いて、住人達の目は丸くなる。最も丸くなったのは、四季だろう。
「俺、秋頃に親から連絡があったんす。三月下旬に引っ越すって。それも、結構遠くに。最初は反対したんすけど、聞いてもらえなくて。だから、来年も同じように楽しく暮らす、って事ができないってわかってたんっす……!」
「それは、俺もだ」
突然口を挟んだのは、智宏だった。すると、ミリアも手を挙げた。
「ワタシも、イギリスに帰る予定、アッタ」
「……俺も、兄貴ん家に行くって約束してた」
ミリアもかと思ったら、心也も手を挙げた。その最後に、四季は「私も!」と堂々と手を挙げた。
「……ずっと、私だけだと思ってました。だけど、他にもいたんですね……。安心しました」
ホッと胸を撫でおろすと、「ちょっとぉ」と千寿に口を挟まれた。
「なに安心してるのよぉ。結局皆バラバラになるのよ? 今更そんなカミングアウトしたってしみじみしちゃうだけでしょぉ」
「そんな事言って、ホントは悲しいんですよね、千寿さん?」
ニヤッと笑って、蘭は千寿の図星をつく。「そんな訳ないでしょ!」と反抗する千寿と、蘭との掛け合いが面白くて、つい笑みが零れてしまった。その途端、ひなぎく荘内が笑いで包まれた。
これなら、笑ってここを旅立てそうだ。そう、四季は思った。




