#58
「ふんふふん♪ 今日の夕食は何がいいかな~♪」
三月。少しずつ、春の暖かみが訪れてくる頃。ひなぎく荘に、二度目の春が間近に迫ってきていた。
冷蔵庫の中を見ながら、四季は夕食のメニューを考えていた。なんだか微妙な残り物にガッカリしている時、久しぶりな声がした。
「やあ、皆さん。楽しくしてますか?」
「叔父さん!!」
叔父の泉が、久々にひなぎく荘に来たのだった。冷蔵庫を勢いよく閉め、四季は泉の所まで駆ける。そして、抱きついた。
「叔父さん、久しぶりーっ」
「おぉ、四季ちゃん、久しぶり。なんか、大人っぽくなった?」
「えへへ、そう?」と、体をクネクネしてみせる。すると、いろいろな部屋からたくさんの人々が出てきた。
「あらっ、泉さんじゃない!」
「お久しぶりっす、泉さん!」
一斉に声をかけられ、少々戸惑う泉。泉は、ひなぎく荘の住人達に好かれているのだ。
「そういえば、どうして急にひなぎく荘に来たの?」
ふと、訊ねてみた。もしかしたら、なんとなくかもしれない。そんな可能性を抱きながらも、泉の答えを待った。すると、泉の顔から笑顔が消えた。その途端、嫌な予感がした。
「……実は、今日は皆さんに悲報があって来たんです」
『悲報』。明らかによくない話だ。住人達は不安を抱き、息を呑んだ。その、泉が口にする悲報は、誰も予想もしない事だった。
「今月いっぱいで、ひなぎく荘は取り壊されます」
「まさか、あんな事だったとはね……」
夕食中、千寿がボソッと呟いた。『あんな事』とは、先程の悲報の事だろう。四季も、一瞬耳を疑った。ずっと続くと思っていたこの関係が、今月いっぱいで終わってしまうのか。
いや、四季はもともとそのはずだったのだ。寮の工事が終われば、必然的にここを出る。なのに、いつの間にか来年もいると考え込んでいる。四季には、関係ないといったら関係ない話でもある。はずなのに。
(嫌だなぁ、ここを出るの……)
四季がそう思った途端、ひなぎく荘内の空気がドンヨリし始めた。それを察した智宏が、わざと明るい声で皆に問いかけた。
「皆っ、今日って何の日が知ってる?」
今日? と、一斉に首をかしげる。各々考え始めた。
「今日って、三月十三日よね?」
「なんかありますかねぇ……」
なかなか真相に辿り着けない住人達を見て、智宏は「タイムアーップ!」と声をかけた。
「正解は、ホワイトデーの前日でした!」
「は?」
思わず聞き返してしまった。『だから何感』がある。すると、智宏は顔の前に人差し指を立てて、チッチッチ、と左右に振った。
「それだけじゃないんだなぁ」
「?」
「実は、今日は康太の誕生日でーす!」
な? と、智宏は康太に訊ねる。康太は、コクリと頷いた。その瞬間、四季が声をあげた。
「ヤバイ! ケーキ買ってませんよ!」
「その辺は大丈夫」
何故大丈夫なのだろう。もしかして、先に予約しておいてくれたのだろうか。だが、その考えは、智宏の「作っておいたから」で崩れた。
「作った!? 誰がですか!?」
「俺達男どもが。ね?」
男性軍が作ったものと聞いて、少し不安になった。だけど、そのクオリティーの高さに女性軍は頭をさげた。
「ホワイトデーの前日なのでね」
という事で、一足早いホワイトデーのお返しを味わいました。
ますます、ひなぎく荘から出られなくさせる一日だった。




