#01
「さあ、ここがこれから泊まる所だよ」
「ここが……」
『ひなぎく荘』。そう書かれたドアを見て、少女――五島四季は呟いた。
ここが、一年間四季の住処となる。そう思うと、自然と四季の胸は高鳴った。白塗りの外装、淡いピンク色の可愛らしい屋根。ログなドアに、正面から見える窓には様々な色のカーテンがかかっている。
叔父の泉によって先導され、大きな荷物を持ってシェアハウスの中に入った。内装は、壁一面真っ白。入って左手に並ぶ小部屋のドアは屋根と同じく淡いピンク色だ。
(なるほど。ヒナギクの花の色だ)
ふと視線を泳がせると、棚の上に三輪のヒナギクの花が活けてあった。白二輪、ピンク一輪。四季は、先程ここへ来る車の中で、泉から聞いた事を思い出した。
『ひなぎく荘』その名の由来――このシェアハウスはもともと、泉と泉の亡き妻 雛菊の新居となるはずだった。場所から構造まで二人で考えたのだという。早速、工事が始まろうとしていた時だった。泉の妻 雛菊が事故でこの世を去った。泉は、ひどく悲しんだ。ここで工事を取り止める事もできた。だが、泉は取り止めるどころか新しい事を思い付いた。それは、構造を変え、自分が管理をするシェアハウスにするという事だ。泉の考えは、工事が始まったばかりだったから可能だった。それがわかった瞬間、泉はすぐに構造を考え直した。十人住めるよう部屋数を増やし、少しでも多くの洗濯物を干せるようベランダを広くした。他にも、多くの人が住むのに不便がないよう構造を考えた。そして、再び工事が始まった。それと同時に、泉が考えなければならない事がひとつできた。それは、シェアハウスの名前だ。でもその事に関して、泉は全く迷わなかった。このシェアハウスは、もともと亡き妻 雛菊との新居となるはずだった。だから、雛菊の事を思って『ひなぎく荘』とつけたのだ。このシェアハウスには、泉の愛が籠っている。そう思うと、胸の奥がじんわりとした。
「四季ちゃんの部屋は、105号室だよ」
泉から105号室の鍵を貰い、四季は、「あそこ」と泉が指差した部屋まで足を進めた。を見た。その部屋には、『105』と木のネームプレートに書かれていた。他の部屋のドアを見ると、同じように『104』や『103』と書かれていた。四季は、そこが自分の部屋だと確信した。
「『五島』の五号室~♪」
四季は荷物を持っているのにも拘らず、軽い足取りでその部屋のドアの目の前まで足を進めた。なぜか緊張した面持ちでドアノブを下げた。
目の前に広がる部屋は、窓から射し込む光でほんのり明るくなっていた。その部屋には、壁紙と同じ色の真っ白なタンスと、ひとつのシングルベットが置かれていた。そのシングルベットには、カーテンと同じ薄紫色の掛け布団がかけられている。ここに来る時、泉が言っていた「必要最低限の家具は置いてあるからね」とは、この事だろう。後で母親から勉強机や本棚等実家から送ってもらえばオーケーだ。
ここで、トントン、とノックする音が聞こえてきた。振り向くとそこには、泉が立っていた。
「四季ちゃん、荷物置いたらリビングへおいで。皆が待ってるよ」
「はぁいっ」
泉の言葉に、四季は元気よく返事し、急いでリビングへ向かった。
そこには、これからこのシェアハウスで共に生活していくと思われる九人の住人がいた。その住人達の中には孤立している人も、数人でこそこそと話している人もいた。四季は、取り敢えずテレビの隣に立った。すると、四季達住人の前に立った泉が口を開いた。
「えー、僕はこのシェアハウス“ひなぎく荘“の管理人の泉です。よろしくお願いします」
泉の言葉に、「よろしくお願いします」と返事をする者もいれば、しない者もいた。四季は一応、返事をしておいた。そして、泉はシェアハウスについていろいろ話し始めた。その時だった。
(……あれ? なんか音がする)
ピーピーと、なにかアラームのような音が四季の耳に入った。不思議に思った四季は、ほっとくのもあれかと思ったので、泉に声をかけた。
「あの……叔父さん?」
四季が声を発した瞬間、住人達の視線が一気に集まった。その威圧感に、四季は身動ぎする。
(え……タイミング悪かった?)
そう思いつつも、泉の話を止めてしまったのには変わりないので、本題に入る事にした。
「あのさ……さっきから、二階から変な音が聞こえてくるんだけど……」
「えっ、変な音?」
四季の言葉に、泉は駆け足で二階へ向かった。すると、この空間に変な空気が流れてきた。
(何これ、気まずい……)
今言うべきではなかったか、と四季は後悔した。その次の瞬間、一人の女性が口を開いた。
「なにここ。新しくできたって聞いたから選んでみたのに、チビっ子ばっかりじゃない」
その女性は、小さくため息をついた。推定二十代前半。その女性はソファに座り直した。その時、隣に座っていた少女の手を踏んでしまった。隣に座っていた少女が声をあげた。
「ちょっと、何するんですか!」
推定中学生の少女の言葉に、女性はビックリした表情を見せてから反論した。
「べつに、わざとじゃないんだから、そんなに怒らなくてもいいじゃない」
「べつに怒っていませんけど? 謝るくらいしたっていいじゃないですか!」
「なによ。めんどくさい小娘ね」
「小娘ってなんですか、小娘って!」
女性と少女の言い合いは、エスカレートしていく。これ以上二人の言い合いを見ていたくないと思った四季は、二人の間に入った。
「ちょっと、二人とも止めてください!」
四季が入った瞬間、二人は言い合うのを止めた。その時、背後から、誰かの「バカ……」と呟く声が聞こえた。
女性は、眉をしかめて四季に言う。
「何よ、アンタ。関係ないのに入ったこないでくれる?」
「いや、まぁ関係ないですけど! 喧嘩は見ていられません!」
「善人ぶってるの? そういうの、いらないから」
そう言って、女性はまた少女と言い合いを始めた。四季は弾き飛ばされる。
「……っ、もう!」
「あの……大丈夫?」
突然背後から声をかけられ、振り向くとそこには男女一組がいた。同い年くらいの二人。
「あーゆーのは突っ込まないほうが身のためだと思うよ」
「えー、でも、なんか見捨てられないっていうか……」
「ここは、泉さんが来てくれるのを待つのが一番だと思うな」
(……確かに。早く叔父さん戻ってこないかな~)
男子の言葉に四季は賛成する。そう思った直後、泉が二階から戻ってきた。
「叔父さん!!」
「いやぁ、大変だったよ。洗濯機試しに使ってみたら、なかなか上手く操作できなくて。皆さんも、気をつけてくださいね」
「いや、それどころじゃなくてね……」
四季が説明しようとすると、先程から少女と言い合っていた女性が泉の目の前に来た。
「ちょっと、泉さん! 何これ、聞いてないんだけど!」
「え……え?」
何の事かわからない泉は慌てる。女性は、すごい剣幕で話し始めた。
「ここ、何でこんなにチビが多いのよ! 聞いてないわ!」
(“っ子“がなくなった……もろで「チビ」って言った……)
四季が気にするところはそこではないと思うが。
女性は続けた。
「大人が一人もいないじゃない!」
「いえ、一人はいますよ」
泉が一人の男性を指さす。女性はその男性を確認してから「でも!」とまた反論し始めたので泉が宥めた。
「まぁまぁ。いいじゃないですか、大人が少なくても。それに、年齢層なんて僕も聞かれていませんでしたからねぇ」
「まぁ、確かにそうだけど……」
「未成年に囲まれるのもいいですよ。会社とは違う感覚が味わえますよ。癒されますよ」
泉の説得に、女性は「それもそうねぇ……」と納得する。そして、決意したように、
「決めたわ。アタシ、ここに残る!」
「それはよかったです」
泉が微笑む。四季も、周りの皆もホッとした。
そして、泉は気を取り直して再びシェアハウスについて説明した。
「――という事で、他の細かい事は皆さんで決めてください」
泉が説明を終えると、泉の話を真剣に聞いていた先程の女性が「じゃあ」と提案した。
「皆を纏める人が必要よね」
「確かにそうですね。皆を纏める『長』的な存在が」
女性の意見に、泉だけでなく、住人達も納得する。でも、誰もやりたがろうとしなかった。そして、先程女性と言い合いをしていた少女が、
「それなら、そこの方がいいんじゃないですか?」
少女は言い合いの相手、女性を指さす。女性は眉をしかめた。
「何でアタシなのよ。それと『そこの方』ってなによ、『そこの方』って」
「だって、一番歳上っぽいじゃないですか。それに、さっきから偉そうにしてましたし」
「べつに、偉そうになんてしてないわよ!」
(わっ、また始まっちゃう!)
四季が先程のように止めに行こうとすると、四季より早く泉が「まぁまぁ」と間に割って入った。泉が宥めると、二人はしょうがないと争いを止める。なんて泉は凄いんだ、とここにいる全員が思った。
「……とにかく、アタシは嫌よ。めんどくさそうだし」
「じゃあ、誰がやるんですか?」
「そうねぇ……。そこのアナタがいいんじゃない? だって、泉さんと知り合いっぽいし」
女性は四季を指さして言った。その目は、何かを企んでるようなものだった。
(えぇ!? 私!? 管理人の姪だから!?)
反論しようとすると、周りの住人だけでなく、泉までもが「いいと思う。四季ちゃんならできるよ」と女性の意見に賛成した。隣にいる男女の方を見ても、「五島さんならできるよ!」と賛成の声。これは反論するのは無駄だろう。
「じゃあ……私……」
四季が降参した瞬間、周りはワッと盛り上がった。それは、四季を盛り立てているのか、自分が長にならなくて喜んでいるのか。四季にはわからなかった。
(はぁ……。でも、長って何をすればいいんだろう)
先程、女性が『皆を纏める』と言っていたが、その役割は意外と少ないのではないだろうか。
(ってゆーか、私が纏める前に誰かさんが勝手に決めちゃいそうだけどね)
その例としては、やはりさっきから感情の上下が激しいアノ女性だろう。だが、四季の考えは見当違いだった。
「それじゃあ、四季ちゃん、早速いいかな」
「えっ?」
何の事だろうか。四季が首を捻っていると、泉が申し訳なさそうに言った。
「実はね、この後予定を入れてしまってね。悪いが、これからは四季ちゃんが仕切ってくれないかな」
泉があまりにも申し訳なさそうに言うので、四季もなかなか断りづらい。いつもお世話になってる泉の頼みだし、四季は引き受ける事にした。
「……わかった、いいよ」
「ありがとう! ――じゃあ、僕はこれで失礼します。あとは、四季ちゃんを中心に皆さんで決めてくださいね」
泉はそう皆に告げ、この場を後にした。
泉がいなくなり、また変な空気が流れ始めた。
(……私、何かしたほうがいいのかな。でも、何すればいいんだろ……。それに、すっごく気まずいし……)
四季は喋りだすに喋りだせなかった。そんな時、ある人がこの沈黙を破った。
「ねぇ、そこのアナタ。何か喋ったら? 自己紹介とか」
確かに、と四季は女性の言葉に頷く。四季は先程泉が立っていた場所に移動しようと足を進めた。
(アノ女の人、意外といい人なのかも。助言してくれたし。きっと素直じゃないだけなんだろうな。ツンデレってやつ?)
そんな事を思いながら目的の場所へ、とその時。
進む四季の足に、何かがあたった。何だろう、と思う暇もなく体のバランスが崩れる。四季の目の前にはベージュ色のカーペットが迫ってくる。そして、ドタッという音の直後、四季の「ぐえっ」という声が響いた。
暫し沈黙。だが、その沈黙を破ったのは誰かのクスクスという笑い声だった。その量は、どんどん増していく。だが、そんな事四季にはどうでもよかった。ただただ今の状況を整理した。そして、やっと整理し終えたと同時に四季の顔はみるみる紅潮していく。
――つまり、四季は皆の前で派手に転倒したのだ。




