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狐と蛇の祓い屋

狐と蛇の祓い屋〜オカルトマニアと廃屋の穴〜

作者: よろず

狐と蛇の祓い屋シリーズ第四弾。

 男が一人、長い階段を登った先の神社の鳥居をくぐる。

 彼は平凡な男だった。

 人混みに紛れても、知り合い以外は彼を見つけられないだろう、どこにでもいる容姿。服装もいたって平凡で、スラックスに白シャツ姿。ベージュのカーディガンを羽織っている。

 彼は細い目を更に細め、微笑み続けている。何かを楽しみにするような、そんな表情。

 賽銭箱に小銭を投げ入れ、彼は手を合わせるでもなく立っていた。何かを待つように社を見つめる男の耳に、近くの茂みを掻き分ける音が届く。


白蛇(びゃくだ)様ではないですか!お久しぶりです!」


 茂みから現れたのは濃紺の着物姿の男。長い髪を左耳の下で緩く結ったその男は、彼を見て眉根を寄せる。


「人の子か。なんの用だ?」

「やだなぁ、その呼び方人間全般ですってば。細井です。」

「あー、覚えられたら呼んでやる。で?狐の社で何をしている?」

「ここでお賽銭投げたら、着物姿の美しい男女が現れると聞き及びまして、検証にやって参りました。」

「オカルトとかいうやつか。」

「はい。でも正体、わかってしまいました。九尾様と雪乃様はどちらに?」

「こっちだ。」


 白蛇の後に続いて、細井は茂みに入る。道ではないそこを白蛇はするする進む。細井は四苦八苦しながらついて行く。


「あのー、これ、この道である必要あります?」

「近道だ。」


 抗議は聞き入れないという白蛇の声音に、細井は苦笑する。

 相変わらずだと思った。きっと他の二人も相変わらずで、狐と蛇は、あの美しい女の傍にいつもいるのだなと考える。

 茂みを抜けた先は、民家の庭先だった。

 古いが手入れの行き届いたその家。敷地内に入った瞬間、空気が変わった事に細井は気が付いた。


「こちらにお住まいなんですね?」

「そうだ。」

「この結界は、雪乃様の為ですか?」

「あぁ。穢れは近付けさせん。」


 相変わらずだなぁと笑みが零れる。

 細井が彼らに出会ったのは、オカルト趣味故だった。

 暇を見つけては、曰く付きの場所に足を運ぶ。

 当たりも外れもあった。

 当たりは空気が変わるから良く分かる。

 見る事は出来ないが、幼い頃からそういった得体の知れないモノを感じる事が細井には出来たのだ。

 感じる事が出来る為、危険だと判断すればすぐに逃げる。そのスリルが彼には快感なのだ。

 その時も、ネットで見つけた情報を頼りに細井は森の中に分け入っていた。この森の中の廃屋の側に謎の"穴"があり、鉄板で塞がれたそこには何かがいる、という曖昧な情報。

 細井は夜には動かない。

 眠いし、暗いと何も見えないからだ。

 夜でなくとも、そういう物は身近に蠢いていると知っている細井には、昼でも夜でもスリルの違いを感じない。ただやはり夜は一層危険で、足下が見えなければ逃げ遅れる危険もあると知っているが故だ。

 スリルは感じたいが、身の安全は大事。細井はそんな男だった。

 森の中、辿り着いた場所には噂通りの廃屋があった。肝試しスポットになっているらしく、赤いペンキで悪戯書きや蝋燭、雰囲気作りの為だろう不気味な人形が転がっている。

 廃屋の中を通り過ぎた先に、それらしき物を見つけた。

 赤茶に錆びた鉄板。それを退かすと"穴"があるらしい。


「これ、不味いやつだ。」


 細井は呟き、心臓が早鐘を打つのを感じる。この緊張感が堪らない。癖になるのだ。

 鉄板を退かせば、尚一層不味いと細井の感覚が警鐘を鳴らす。

 何処まで踏み込むか、中に入らなければ大丈夫か、引き際を考える。


 だが、中が見たい。


 好奇心が勝り、細井は鉄板に触れた。

 重たい。

 そして、嫌な感じがどんどん強まる。

 何かが細井を誘っている。

 細井が開けるのを待っている。

 ヤバイ、と思うのに、細井の身体は鉄板を持ち上げようと力を入れる。


「やばいやばいやばい」


 口は細井の意志で動く。

 身体は、何者かの意志で動く。

 引き際を誤った。

 細井は冷や汗が頬を伝うのを感じながら思う。


 あぁでも、この先にある物が、見たいーー。


「それを開けるな人の子。迷惑だ。」


 凛とした男の声だった。

 声だけでその場の空気が変わり、細井の身体は自分の物に戻った。

 触れていた鉄板から後退り、細井は声の主に目を向ける。


 そこには三人の男女。


 声の主は濃紺の着物の男。長い黒髪を左耳の下で結っている。

 その後ろには女。蝶が舞う夜空のような着物姿で、艶やかな黒髪を簪で纏めている。そして、女の手を取って寄り添うもう一人の男は、柔らかな茶色の髪に濃茶の着物姿。

 彼らは人間ではないと、細井は感じた。纏う空気が清らか過ぎる。


「神、的な感じでしょうか?」


 呟く細井の声に、女が小さく笑う。

 美しい女、目が奪われ離せなくなる。これは、清らかなふりをした魔性かもしれない。そう思える程に、女へ視線が吸い寄せられた。

 だが、寄り添う茶色の髪の男が女を抱き込み、細井の視線から隠す。


「我らの花嫁を穢れた目で見るな、人の子よ。」

「お前、穢れの跡が纏わり付いてやがる。気色の悪い奴だな。」


 黒髪の男も、茶色の髪の男も、眉間に皺を寄せ不快感を露わにした表情で細井を見ている。

 黒髪の男が言う"穢れの跡"という物には心当たりがある為、細井の好奇心は、三人がどういう存在なのかに向けられた。


「オカルトマニアなんです。それで、貴方がたはどのような存在ですか?人では無さそうですが、神ですか?妖ですか?そしてその女性、"花嫁"とは一体?人?あ!もしかして狐の嫁入り的なものですか?」


 矢継ぎ早に質問を浴びせる細井に、女がくすくすと笑い声を上げた。


「好奇心が旺盛な男なのだな。」


 声まで人を魅了する女だと、細井は思う。

 茶色の髪の男が大切そうに抱く腕の中で、女は微笑む。


「彼は九尾の狐。そこのは白蛇(びゃくだ)。神的な物だ。私は元は人の子。だが今は彼らの花嫁。もう、人とは違う。」


 細井は大いに興奮した。目に見えるオカルトは初めてだった。好奇心が刺激され、どくどくと血管が脈打つのを感じる。


「花嫁とは?どのようになるんです?そしてこちらで何を?どちらに行かれるんです?」

「質問はそこまでにしろ、人の子。ここは雪乃を穢す。穴の中のやつがまた何をするとも限らない。」


 白蛇という男に窘められ、だが細井の興奮は収まらない。

 この場を離れようと歩き出した彼らを追い掛けた。


「九尾の狐と白蛇(しろへび)が何故人間の女性を花嫁にされたんですか?九尾の狐と白蛇だと祀られている地域が違いますよね?どこから来て、どちらに向かうのでしょう?あ、あと、穴の中には何がいるのでしょう?あぁ!興味が尽きません!お供させて下さい!」

「うるさい男だ。少し黙れ。そして雪乃に近付くな。穢れが移る。」


 歩きながら、細井から守るように茶色の髪の男が女を抱き上げた。横抱きにされた女は嬉しそうに笑い、狐の彼の首に腕を回す。

 微笑み合う二人、仲の良い恋人のようだ。

 チラリと白蛇に視線をやるが、彼は平然としている。神にも三角関係があるのだろうかと、細井は頭の中で考えた。


「俺の社は失われた。今は狐の社へ向かっている。」


 白蛇が答えをくれた。

 雪乃という女に近付きさえしなければ、質問は許されるようだと細井は判断する。


「取り壊されたという事でしょうか?」

「そうだ。」

「なるほど。現代では信仰心も薄れていますからね。花嫁とは、どのようになるのですか?」

「精を注ぐ。」

「………それは、そういう事でしょうか?」


 躊躇いがちに細井が聞くと、白蛇は口の端を上げて笑い、そうだと答えた。

 狐と女に視線をやると、二人の顔が赤い。神も恥じらうのだなと、新しい知識に細井はまた興奮した。


「あの穴には何がいたのでしょうか?」


 まだ質問するのか、というげんなりとした視線を白蛇から向けられたが、細井はめげない。好奇心を満たす事が、何よりも大切なのだ。


「人の想像力が作り出したモノだ。"そこに何かがいる"と多くの人間が想像して生まれたモノ。穢れの塊。」


 白蛇の答えで、好奇心は満たされた。

 それは、ネット社会が生み出したのだ。ネットで拡散され、多くの人間が読み、想像した。あの"穴"には何があるのかと。その結果生まれたのが、今あの"穴"に巣食うモノ。

 今回は大きな当たりを引いたのだと、細井は大満足だ。


「僕は細井と申します。またお姿を拝見出来たら、お話させて下さい。」


 そうして大満足の細井は彼らと別れ家路に着いた。

 その後も曰く付きの場所巡りを続け、訪れた神社で白蛇と再会した。


「蛇、仕事か?見覚えのある男だが?」


 家の奥から茶色の髪の男が現れた。美しい女の手を引いて、細井を見下ろしている。二人は着物姿だった。


「きゅうちゃん、細目さんだ。前に会った。」


 女の言葉で、細井は惜しいと笑う。


「お久しぶりです。九尾様、雪乃様。細井です。確かに細目ですが、井戸の井です。」

「あぁ、うるさい男か。なんの用だ?」


 細井から守るように、茶色の髪の男は女を抱き込む。何故か警戒されている様子に苦笑するしかない。


「オカルト趣味の一貫であちらの神社に訪れたのですよ。そしたら白蛇様と出会いまして、あそこが九尾様の社なのですね!玉藻前と関係あります?殺生石とか祀られてたりします?」

「相変わらずうるさい男だ!女狐と一緒にするな!爬虫類!なんてやつを連れてくるんだ?!」

「あー、仕事になるかなってな。おい細目、お前、金はあるか?」

「お賽銭ですか?」


 くすくすと女が笑い、男達は口を噤む。


「祓い屋を営んでいるのだ。細目さんにこびり付いたその穢れ、八万で払えるが如何かな?」


 呼び名を直すのは諦めて、細井は頷く。最近身体が重たいのは自覚していた。原因も分かってはいたが細井にそういう能力はないし、曰く付きの場所巡りをやめるつもりもなかった。


「お願いします。ちなみに、穢れを寄せ付けないアイテムとかないですかね?あれば欲しいのですが?」


 女はふむ、と呟いて考えている。

 チリンと鈴の音が鳴り、女は自分の両の手首を眺める。そこには鈴が縫い付けられた紅白の細布。


「きゅうちゃん、これはどうだろうか?」

「しばらくは効力はあるだろうが、細目のように穢れた場所ばかりを訪れていればすぐに効かなくなる。雪乃が身に付けたというだけで、効力が切れた後は逆効果になる可能性もあるな。」

「父のようにか?」

「そうだ。」


 茶色の髪の男は、愛しげに女の髪を撫でる。女はまたふむ、と呟いて考えているようだ。


「水はどうだ?飲むか降りかければ穢れは祓える。」

「それだ、びゃく。お前の水にしよう。いくらが良いだろうか?」


 神と、神の花嫁が商売の話をしている様を、細井は興味津々で眺めた。

 金額も決まり、細井は購入する事を決める。見せられた水に清い力がある事を感じたし、彼らは本物だと知っていた。


「細目さんはこびり付いているから、洗い流すのが良いだろう。白蛇(びゃくだ)。」


 女の声で雨が降り始める。

 空は晴天。

 雨は細井の周りにだけ降っている。


「まるで狐の嫁入りです。」

「降らせているのは狐じゃなくて俺だがな。」


 感動した細井の呟きに、白蛇が答えた。

 清い水を浴び、身体が軽くなるのを細井は感じた。だが、服のままでびしょ濡れだ。髪からは水が滴っている。


「きゅうちゃん、乾燥だ。」


 楽しそうに女が言うと、茶色の髪の男は小さな溜息を吐く。

 そして、細井の周りに小さな青い炎が現れてくるくる回る。


「新しい使い方だと思わないか、細目さん?」

「はい!狐火を乾燥に使うだなんて!贅沢です!すごい!そして熱くない!触るとどうなりますか?」

「燃え上がる。」


 茶色の髪の男の言葉で、細井は固まった。危険な代物らしいと分かり、大人しくなる。

 服も髪もあっという間に乾き、身体も軽くなった。そして、穢れを払う水を手に入れた細井は支払いを済ませ、ホクホクの笑顔で民家を後にした。

 彼らの住処は判明した。

 水が無くなればまた購入しにくれば良い。

 身体が重くなれば祓ってもらえば良い。

 これからも曰く付きの場所巡りに益々精を出せると、細井は大満足で家路に着いたのだった。

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