内定、頂きました。
地方都市、某所。
9月初旬、もう夏の暑さも鳴りを潜めようとしているこの時期。
俺はどこからどう見ても社会人という出で立ちで、とある雑居ビルの前に立ち尽くしていた。
「ここか…」
話は2週間前に遡る。
周囲の大学生が夏休みで友人と旅行に行ったり、海水浴に行ったり、所謂「大学生活最後の夏」を楽しんでいる真っ只中、俺は大学のサロンで項垂れていた。
「はぁ~~~~~~~~~~~~~~……」
俺は大きくため息をついた。
理由は目の前の箱に映し出された1通のメールにあった。
『院内様
●●株式会社です。
このたびは弊社の募集に際し、 ご応募頂き誠にありがとうございます。
また、日々、学業、就職活動とお忙しい中、 先日は、当社の選考会にご参加頂き本当にありがとうございました。
さて、選考結果に関してですが慎重に詮議を重ねました結果、
今回はご期待に添えない結果となりましたので、ご通知申し上げます。
多数の企業の中から弊社を選び、ご応募頂きましたことを深謝致しますとともに、
院内様の今後一層のご活躍をお祈り申し上げます。 』
ビックリするほど事務的で無機質な文章だ。もう慣れたが。
ホントに祈られ過ぎて神にでもなったかのような万能感を覚える。
「何が祈ってますだ殺すぞ。」口をついて言葉が出てしまう。
しかし、強がってはみたものの今のが最後の1社、季節は秋に差し掛かろうとしている。
この時期に就職が決まっていないのはヤバい。死刑宣告を受けたようなもんだ。
「また祈られてる!これで何社目なの?」
いきなり後ろから声をかけられ驚いて振り向くと、そこには早坂が立っていた。
早坂は入学当初のゼミで同じになり、それからはテスト直前などにお互いに持ってないレジュメをコピーしあったり、偶に代返を頼むこともある仲ではあるが、このテンションでこいつに会うのはヤバい。男子からの人気も高く、俺も決して嫌いではないが、今の俺の凹みっぷりではこいつの前に前に来るノリについていけない。
「もう数えてないよ(笑)。今まで食ったパンの数を覚えてないだろ?ってかのぞかないでくれ」
凹んでいるのを見抜かれたくなかったので、クッソ寒いネタっぽく答える。
「内定保留してて就職活動続けてるわけでもないんでしょ?大丈夫?」
「俺は大丈夫だけど、俺の人生には致命の一撃になるかもしれん…ってかそっちも内定出てないんだよな?」
「私は公務員だから試験はまだ複数あるし何とかなる。」
あっけらかんと答える早坂。
「はぁ~…俺も公務員の勉強しときゃあ良かった…」
まぁ現実問題、公務員にも落ちる可能性はあるわけだし、そういう先輩も何人も見てきたわけだけど、殊ここにおいてはそう思いたくもなるというもの。
「これからどうするの?私は食堂に行くけど?」
少し考えたが、この気分では楽しく昼食を取れそうもない。
「俺は就職課に行くことにするよ。ちょっと相談してくる。」
「わかった!上手く行くといいね!!!」
俺は早坂と別れて就職課のある棟に向かった。
この大学は国立大学であり、私立に比べて就職支援はお世辞にも良いとは言い難い。
OBやOGを探すのにも苦労するほどだ。
正直、ここの就職課には何も期待していない。
壁に張り出してある、ネットでブラックだと叩かれている企業や自殺で問題になっている企業の求人募集を見た時に俺はそう思った。
待合室で少し待ち、いつもの就職相談員のオッサンのありがたい説法を30分程度聞き流す。因みにこのおっさんは、某巨大重工に内定を貰った先輩のESを、俺が「自分が書きました」と持って行った時に、「こんなESではどこにも通らない!」とばっさり切り捨てた過去を持つ。それで信じろというのが無理な話だ。
意味のない30分を過ごし、足取り重く帰路に就く。
友人の家に寄っていこうかとも思ったが、そんな元気もない。
あれやこれやと考えている間に、自宅にたどり着き、パソコンのメールボックスを立ち上げ、未だに募集している企業をチェックする。
「大体『人材』を『人財』と書く企業にろくな企業は無ぇーんだよクソが!ってか、なんで学歴さえあればES出すだけで入社できてた、就職戦争を勝ち抜いてないカス共に俺らが値踏みされなきゃならねーんだよ死ねや!!」
おっ?こいつ情緒不安定か?
一通り毒を吐きすっきりした後に、もう一度メールを吟味すると、気になる求人メールを一つ見つける。
寮有、3食付、手取りも悪くないし、HPの写真の女性社員達もなかなかの可愛さであり、何よりES審査、1次面接、最終面接というステップの少なさが魅力だ。
「まぁ、内定がないよりはマシか…」
職種は介護、下流SE、飲食、先物取引、不動産以外なら何でもよかったし、文系なら営業だろうと思っていたので、それ以外は詳しく調べずに軽い気持ちで選考を受けることにした。
そして俺は雑居ビルの前にいるというわけである。
時刻は昼過ぎ、眠くなるのを避けるために昼食は抜いてきた。
志望動機も考えてきたし、自己PRはもう寝ぼけてても言えるくらい場を踏んできた。
ネクタイも真っ直ぐ、上着のポケットも変になってない。
「よしっ!行くか!」
気合を入れ、ビルに踏み込んだ。
内部は過度な装飾がされているわけではないが、かといって安っぽさは感じられない「いかにも」な感じであった。お決まりの観葉植物もあり、否が応にも緊張してくる。
受け付けでは指定された内線に繋ぎ担当者を待つ。この担当を待っている間の感覚はいくら場を踏んでもそう慣れるものではない。
少し待つと、20代後半の清楚な感じのお姉さんが現れ、面接室まで案内してくれた。
「緊張しなくても大丈夫です。いつもの通りのあなたで臨んでください。自分のタイミングでノックをして入ってください。」お姉さんはにこやかに俺にそう言った。
俺は少し深呼吸をし、ノックを3回し、入室した。
中にはおばさんが一人、そしてどう見ても中学生にしか見えない女子が一人離れて座っている。
おばさんはパーマをかけており、少し太っている、謂わば「パートのレジ打ち」に居そうな感じであり、中学生は今時珍しい綺麗な黒髪を腰まで伸ばしており、無表情で「これ絶対茅原美里がCVやってんな」という印象であった。
「なんだあの餓鬼は…」とは思ったが、ここで動揺をしては内定なぞ夢のまた夢、いかにも「動じてませんよ?」的な素振りで一連の志望動機、自己PRの流れを済ませる。
ここまでは100点に近い。印象もいいはずだ。
「わかりました。それでは席にお座りください。」人事のおばさんが着席を促す。
完璧だ!完璧すぎる…伊達に場数は踏んじゃいないぜ!
「はい。失礼s…?!?!!」
完璧すぎる声のトーンでお決まりのセリフを言い終わろうとしたその瞬間、入ってきた扉が弾け飛び、おばさんに直撃した。
「おばさ――――――――ん!!」
余りの動揺に教えてもらった名前ではなく、心の中の呼び名が出てしまう。この時点で100点から70点くらいになったかもしれない。
恐る恐る扉にがあった方を見ると、鬼の仮面を被り、角を2本頭に付けた棍棒を持った人間が粉塵の中に立っていた。
「うわっ!鬼のような形相の鬼だ!」咄嗟のことだったので、俺は見たまんまを叫んでしまう。
「うるさい!」鬼が吠える。
そしてその鬼は動きにくそうな装束をものともせず室内をぐるりと見渡し、先ほどの中学生を見つけ、俺に後ろ姿を見せたまま彼女に近づいていく。
敵の武器は棍棒一本、もしかしたらタックルで倒せるかもしれない。
一瞬、そのような考えが脳裏によぎったが、鬼は扉を吹っ飛ばしていたし、部活にも運動系サークルにも所属していない俺が暴れたところでぶんなぐられて終わる可能性が極めて高い。ってか殺されるわ。
故に俺は事態を見守ることにした。
「お前を浚いに来た」鬼は少女に告げる。
少女は脅えるでもなく、悲しむわけでもなく、その事実だけを淡々と受け入れているようだった。
「今からお前に来てもらいたいところがある。そこに行くまでは傷つけないし殺しも…おっと動くな。」
そのセリフは隙を見て逃げようとしていた俺に向けられたものであり、その言葉と同時に鬼の投げた大型の机や椅子によって退路がふさがれてしまう。
「ちょっと待ってくれ!俺は部外者だ!あんたが誰に恨みを持っててどうしたいとか知らない!誰にも言わないから逃がしてくれ!」
静寂が場を支配する。
数分に感じられたその沈黙を先に破ったのは鬼の方だった。
「貴様それでも男か……」鬼が呆れたように言い放つ。
「まぁいい、取り敢えずお前にも来てもらう、見られた以上はな」
「そんな…」
本当にツイてない。周りの大学生が就職が決まって遊んでいる中、就職活動をやり続けて、こんな中小企業を受けに来たらわけのわからない犯罪に巻き込まれてもしかしたら死ぬかもしれない。
そもそもこいつが乱入してくるまでは100点の面接だったんだ。
内定が出てたかもしれない。中小企業でも、内定さえもらえればゼミで肩身の狭い思いも少しは楽になるかもしれない。大体鬼ってなんだよコスプレかよ。ふざけるんじゃねえぞ、せめてテロリストみたいな恰好で来いや。俺の人生めちゃくちゃにしやがって。そう考えるとだんだん腹が立ってきた。何とかしてこいつをやり込めてやりたい。
もう俺はその一心だった。
「こっちに来い」鬼が痺れを切らしたように俺を呼ぶ。
俺はそれに従い鬼に近づく、と見せかけて少女を鬼から掻っ攫い部屋の奥に転がり込み、散らばってあった鋭いガラスの破片を拾い、少女の首元で見せつけるように止めた。
「!?」
「貴様何のつもりだ!!」流石の無表情少女も鬼も、これには動揺したようだ。
「形勢逆転だ動くなこの野郎!お前さっきこの娘をどこかに連れて行って殺すみたいなこと言ってたよな?ってことはここで俺に殺されたり、傷つけられたりすると何か望ましくない事態になるってことだ。そこでだ!俺が外に出るまで何もするな。俺が外に出て安全なところまで行くまでここで待ってろ!できなければこの場でこの娘を殺す!どうせお前について行っても口封じで俺も殺されるんだ!俺は本気だ!」嘘と気取られないように狂った人間のように畳みかける。
「やれるものならやってみろ!」鬼も俺が本気だとは思っていなかったようだ。
「いいんだな?」俺はガラス片を握りしめ、少女の首元で大きく動かした。
うっすらと少女の首元から血が流れ始める。
「このド外道が…」鬼が唇を噛む。
「とりあえず後ろを向け」
実際は俺が自分の掌を切った血だが上手くいったようだ。
鬼が目をつぶったのを確認すると、俺は少女の耳元で「逃がしてやるから心配すんな、あの人事の人も救急車を呼べばきっと大丈夫だろう多分」と呟く。
「……」
あいかわらず無感動無表情な娘だな。これは少しおかしいレベルじゃないか?。
「いいかーそのままじっとしてろよ!」鬼に向かって叫び、ジリジリと崩れた扉に近づき、投げられた机や椅子を撤去し、部屋の外に脱出することに成功した。
「よっしゃ!君、一緒に走って脱ss…!?」
突然後ろから衝撃が俺を襲い、平衡感覚を失った。
よくよく考えてみればこれだけの大騒ぎをして誰も駆けつけなかったのだ。犯人が一人であるとは考えにくい。そのことに気づかなかった自分を呪いながら、俺の意識は薄れていった。
「…て…さい…起きて下さい」
「起きて下さい!みなさん待ってますよ!」
「どうだい?起きたかい?」
「いえ全然、打ち所が悪かったんでしょうか?」
「ちょっと変わってごらん…」
「ん?」
誰かが呼んでる?
なんか聞いたことある声だな…
起きろって言ったって、眠いし、このまま寝かせといて…
「ちょっと変わってごらん…内定おめでとさん!」
「え!?なに内定??俺?俺に言ったの????」
そりゃ飛び起きますよ。夢にまで見た2文字だもの。俺にとってはその2文字、「人権」よりも欲しかったものですからね。
「ほらね、起きただろ」
「すごいですヒルダさん!」
内定と聞こえて飛び起きたはいいものの、まだ現状を把握できていない俺はきょろきょろと周りを見渡すと、そんな2人のやり取りが聞こえてくる。
「えっと、今内定って聞こえてきたんですけど?あれ、あなたは先ほどの人事の方!お怪我は大丈夫なんですか?そういえばここはどこですか?さっきの誘拐犯、っていうかあの少女は無事なんですか?」
矢継ぎ早に質問を繰り出す俺に、ヒルダと呼ばれた人事のおばさんは丁寧に答えてくれる。
「あんたはウチに内定。あたしの怪我は大丈夫だよ。ここはフロアの別室だよ。そしてさっきのひと悶着はウチの入社試験さ。あの状況でどういう行動をするかで適正を見てるのさ。」
ヒルダさんは分かりやすく噛み砕いて俺に教えてくれた。
「自分で言うのも何なんですけど、少女を人質に取るのが正解だったんですか?」
「あの状況では、あんたもあの子も助かる選択肢は限られてくるからね。どんな手段でも2人とも助かったんだから合格さ、しかもあの子に傷一つ付けることなかったんだから。」
「えっと、鬼の方、凄い力でしたけど、あれは…」
「カラクリがあんのさ、詳しくは本人に聞いとくれ。」
「はぁ…」そういうものなのだろうか。よくわからない。
「おめでとうございます!」
聞き覚えのある声が横から掛けられた。
「一緒に働くことになる杏奈です。よろしくお願いします!」
「あの時の受付の方!はい、晴れて御社に内定が決まりました院内です。よろしくお願いします。」
こうして俺は、未だ自分の中で解決できてない疑問を感じながらも、一応は内定を貰ったのだった。
第1章 完