小物の選択[2]
蠍→サソリ
これ中です。下はまた後で
洞窟には光源が松明しかないから、目が見えなかった時とはまた違う暗闇があった。闇の奥行きが、前を見据える俺の心を萎縮させる。端的に言うと怖いのだ。
だが光の粒子は相変わらず空間を漂い、じめじめとしたこの洞窟を幻想郷のごとく仕立てている。粒子自体が実像を照らすわけではないので、結局一寸先は闇だが。
30分ほど歩いただろうか。取り敢えず登る方へ登る方へと道を選んできて、今までより遥かに大きな空間に出た。そこでは松明が多くたかれ、暗闇に慣れていた俺は思わず目を背けた。
だんだん視界が戻ってくる。俺は大空洞を観察しようと正面に焦点を合わせた。そこで、やっと気付く。
山・・・死体の山だ。それも全て獣を進化させたような狂暴な見た目のものの屍ばかりで、今にも食いかかってきそうな迫力がある。
それにしても数が異常だ。数えきれないが100匹以上はいるだろう。一匹一匹が強力な魔獣だろうから、これをやった奴は人間だろうと獣だろうと化け物だ。
そいつがまだ生きているとすると、なんて考えたくもないが、俺にはここを出る他やれることなどない。出会ったら逃げれば良いだろう。それでも俺のヒーローの資格は揺るがない。
腐臭がしないのは死体が新しいからだろうか。もしかしたらこいつらは腐らないのかもしれないが、山の一番上の奴は多分新鮮だろう。
ええ、もちろん食いますよ。
「はい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめん・・・ごめんなさい・・・。」
俺は山を登るたび足場となった死体に謝りながら、頂上の竜みたいな4メートルくらいある獣を引きずり下ろした。めちゃくちゃ重いはずだが、片手でするりと動かせて自分でも驚く。調子に乗ってそいつを担いでみたが、全く体に負担はかからない。
おれはそのまま、死体の山をかけおりた。
どうやって食べるか、それは永遠の論題だが、今はその選択肢があまりない。まず火が使えないから、刺身で食うしかないか。
あ、松明。
俺は大空洞中から松明をかき集める。途中で気付いたが、ところどころに謎の発光する水晶石が生えている。明るいと思ったら松明だけの光ではなかったようだ。
それでも松明を無くすと、大空洞は大分暗くなった。洞窟の道よりはましだが。
俺は松明をキャンプファイアのように組んだ。火力は上々だ。
竜の脚を力任せに引きちぎる。今の俺にとってそれは造作もないことだが、流石見た目通りの頑丈さだ。肌には赤い鱗がたくさん付いていて、いかにも火炎耐性がありそうである。
俺はキャンプファイアの側に石を積み上げ、簡易の暖炉のようなものを造った。上の火が当たる所に竜の皮を張り、鱗が熱を持つのを待つ。もくろみ通り皮は灰になることなく炎を受け続けている。
だが皮が熱を遮断しているようで鱗が熱くならない。しょうがないので竜の肋骨を引っ張り出してきて、それに肉を刺して暖炉の上に置いた。
俺がこいつを食うのは、目覚めたときの魔獣の吸収がまた起こるかどうか試すためだ。死んでいるからかもしれないが、こいつらに近寄ってもあの狼みたいなことにはならない。ならば食ってみれば、とは阿呆な発想だが、これから何かを食うたびあんなことになっては恐らくこの世界を生きにくくなってしまうだろう。人がいない今こそ試すべきだ。
それと、腹が減っていたこともある。
肉が焼けるのを待っていたが、途中で自分が血まみれであることに気が付いた。当然だ、素手でこの竜を解体したのだから。
相変わらずの裸マントをまじまじと見つめていると、さっきまでの怪力が本当に自分の力なのか疑わしくなってくる。確かによく絞りこまれた機能美の筋肉だが、これは俺が鍛えたものではないのだ。体に対する不信感がまだ大きい。一度魔獣と戦ってみた方がいいかもしれない。
考えてみれば、ここから出た後俺はどんな生活を送るのだろうか。転生させられたのだからやるべき役があるのは確かだが、それだけすれば生きていけるというわけではない。衣・住・食がなければ・・・この身体なら無くてもなんとかなりそうだが、俺は現代っ子なのだ。人並みの生活がしたい。
肉が焼けたようだ。俺は骨を掴み、思考を中断して肉にかぶりついた。
塩コショウ・・・。
結局普通に肉を平らげたあと、俺は竜の皮を火で鞣して下半身に巻いた。羽の所や鱗やらを工夫して身に付ければ、もともと着ているマントのおかげで赤い鎧に見えなくもない。かなり悪趣味だが裸マントより百倍ましだ。
俺は松明と水晶石(殴ったら割れた)を拾ってランプがわりにした。
大空洞を来た方と逆に歩くと、巨大な扉が設置されていることに気が付いた。その先からは普通の道が続いているので、本来の入り口はここなのだろう。かなり重厚な扉だが、最初から開いているのでは意味もない。・・・誰かが開けたのだろうか。
どんなに複雑な洞窟も入り口に向かうならば一本道だ。俺は迷うことなく前進し始めた。
30分後。俺は人生初の出来事に出会う。
「フシャァアア!フシーッ!」
エンカウントktkr
全長は2mくらいか。硬い甲羅に覆われた巨大な蠍だ。何故か興奮していらっしゃるようで、口から謎の粘液をボタボタと垂らしまくっている。お尻の針は太く頑強で、剣の形をしていてもはや槍だ。刀身からも謎の粘液が滴っているから、やはり毒持ちだろう。
「キェシャァーーーッ!!」
巨体に似合わぬ高速でこちらに迫ってくる。格闘技といえば合気道ぐらいしかやったことがないから、こんな昆虫とどう戦えばいいのかわからない。
蠍が右の鋏を降り下ろしてきた。俺は反射的に後ろに飛び退く。
「うお・・・!!」
軽く跳んだつもりだったというのに、俺の体は空中に投げ出され一回転した。着地は綺麗に決まったものの、殺しきれない勢いに足が地面をえぐった。
身体能力が尋常ではなくなっている。自分の怪力を知ったときも感じたが、最早並みの人間というわけにはいかないだろう。
この力を制御しなければならない。
「良い訓練相手だなぁ、蠍!」
俺は大声を出して自分に克をいれる。さっきよりも強く地面を蹴った。
電光石火の動きに、蠍との距離が一気に縮まる。その動きに着いてこれないのか、蠍の得物は俺を捉えられず空間を薙いだ。
懐に侵入した俺は、いかにも甲羅に覆われた心中に狙いを絞った。
「ウオオオオオオオオラァアアアアアアアアアア!!!」
力任せに右ストレートを叩き落とした。
まるで鉄と鉄がぶつかり合ったかのような音が洞窟を揺らす。わざと一番硬いところに打撃を加えたのだから当然だろう。
俺は右手の安否を確かめる。
俺の右手は見えない。右手首が全部蠍の心中に食い込んで、脳髄を完全に破壊してしまっていた。
想像以上の力だ。だが、もしかしたらこの蠍は弱い部類なのかもしれない。奢るにはまだ早いだろう。
俺は右手を引き抜いた。かに味噌のようなグロテスクなものが絡み付いてきて大変気持ち悪い。素手で戦うのはこれで最後にしたいものだ。
そういえば、ちょうど良さそうなものが一つあった。
俺は蠍の尻の槍を無理矢理引きちぎって、その肉をバリバリと剥ぎ取っていく。骨が露になると、そこから刀身が生えていることが分かった。これなら骨の部分が柄になって十分剣として通用する。
剣を真っ直ぐ振る。力が有るから速く振れるのは当たり前だが、なんだかしっくりこないので暫く振り続ける。
音が変わるのが分かる。だんだん腕から力が抜けて、剣が自分で動いているかのような感覚さえ覚える。
どうやら手に馴染むようだ。
命名:鉄骨
初期装備はこんなものだろう。