小物の選択
短い。後半はまた後で。
相変わらずの平坦な闇が視界を覆う。奥行きを知らせてくれるのは細かな輝く粒子だけだ。
体の感覚もなく、恐らく視力も聴力もやられている。動かしようがないからどうすることも出来ないが、俺は一筋の光を未知なる力に見ていた。
そう、魔法だ。
筋肉が動かなくても、この世界に存在するであろう超常の力を利用すればなんとか出来るかもしれない。
あの図書館で謎の少年が言っていたが、あそこでは何かを理解するたび眠りに落ちてしまうようだった。空間に粒子が見えるようになったのは魔法について学んだ後だ。つまりこの粒子は魔法に関係するものの可能性が高い。
目で見ているというより感じている、という方が近いからハッキリとはしないが、粒子の流れがなにか形をもって動いていることも、だんだん分かってきたのだ。実際に有るものに遮られているのかもしれない。
問題はどうやって魔法を使うのかだ。
仮に、この光の粒子を空間に存在する魔力だとして、それをどう使役するのか。もう少しハミルトンの魔法書を読みたかったが、今では図書館への戻り方も分からない。
やっぱり詠唱?呪文とかかな。
ダークスピア!
・・・。
やっぱり駄目か。昔よく言ってた呪文なんだけどな。多分出てたらめちゃくちゃ強力な魔法だぜ。
・・・虚しい。
流石に自分の思考以外になにも感じられないのは辛い。考え続けなければ自分の存在を確認出来ないのだ。
図書館から外に出て一体どれほど経っただろうか。
しばらく途方に暮れていたが、暗闇に光る粒子の動きに変化が現れたことに気がついた。
視界の中央、ある一点から大量の粒子が空間に流れていく。その点はだんだん大きくなり、光の奥行きが光源の形を露にした。
それは獣であった。4足の体躯に大きな顎を持った、巨大な狼の様な形をしている。
俺は内心パニックに陥っていた。今まで何の変化もなかったこの空間に、いかにも獰猛な肉食獣が現れて、この俺を睨み付けている。俺は逃げようにも逃げられないのだ。体はうんともすんともいわない。
獣の体が一際強く発光する。煌めく光の川が、その体から空間にごうごうと散布されていく。
その光の川が、何故か俺の体に流れ始めた。視界が光に包まれ思考がストップし、俺の意識は浮き上がったような開放感に満たされる。体の感覚もないくせに、とてつもない快感が身体中を駆け巡った。
光が止まる。俺は今までにない恍惚の表情を浮かべながら、その余韻に浸りきっていた。
あれ?
「顔の感覚が・・・ある?」
それどころか声まで出る!聞こえるし触れるし見える!
「うおおおおお!!声が出るぞ!うおおおおおおあああああああああ!!!すげえ、なんだここ、洞窟!!?」
不安から解放されて異常なテンションになりながら、俺は辺りを走り回ろうと脚に力を入れた。だが上手く立てない。俺は慌てて脚を確認した。
直後、驚きに目を見開いた。
脚が、無い。正確に言うと、肉がない。股関節から下が骨だけなのだ。それだけで絶叫ものだが、なんと下半身に痛みを感じないのだ。骨と肉の境目から血が滴ることもなく、普通の体でないことは嫌でも分かった。
頭が冷えてくると、上半身に残る鈍痛にも気づいた。まるでついさっき全身を殴打されたかのような痛みが走る。
「なんだこれ・・・なんだよこれ。」
異常な状況にテンションもだだ下がりだ。こんな体ではこれから満足に動くこともできない。
思考停止してただぼんやりと虚空を見つめていると、視界の隅に魔力の流れが見えた。
そちらに振り向く。それと同時に、洞窟に漂う獣臭にも気づいた。
「グルルル・・・」
絶対絶命、万事休す、蛇に睨まれた蛙。形は恐らくさっきの狼と同じだが、やはり目で見ると迫力が違う。黄色く爛々と光る双眼と、冷たく湿った紫色の毛並みは「魔獣」の呼び名が相応しい。
動けないのに、痛覚あるとか地獄だぜ・・・。
「グルガァアアッ!」
「うわぁ!許してえぇええ!」
俺は咄嗟に腕で身体を防御する。これから訪れるであろう激痛に備えて、必死に身体を強張らせた。
だが、いつまで待ってもその時はこない。
不思議に思って、恐る恐る魔獣に視線を戻した。
魔獣は身体中から光を発し、その場に立ち尽くしていた。粒子が川となって目の前に立ち上っている。
その川は案の定俺に向かって流れ始めた。
光が骨の脚を包みこむ。また凄まじい快感が脊髄を直撃してきた。思わず身体をよじったが、力が入りすぎてふくらはぎをつってしまった。
「いってぇ、くそ、やっぱり脚が戻ったか!」
脚を擦ろうと右手を伸ばす。
右手首も骨のままだ。
「グルゥアアッ」
ですよねー。
--------
結局あと4匹の魔獣に襲われて快感を味わった。訳がわからないがどうやら俺は骸骨だったらしい。
洞窟の壁を見ると、骸骨が張り付いた跡があった。目覚めた時身体に痛みがあったが、俺は壁から落ちたようだ。
改めて身体を触ってみる。全体的に、元の俺の身体より遥かに筋肉質だ。身に纏っているマントはボロボロの布切れだが、素材はいいようで肌触りは良い。だが下が全裸なのでもうどうしたらいいのかわからない外見になっている。
茨の冠・・・は多分似合わないから取っておこう。
取り敢えず外を目指すことにして、俺は洞窟を歩き始めた。