系樹の図書館
「やっぱ、お前しかいないよな。お前ならやれると思うぞ。」
偉く唐突に言ってくれるんだな。まあ確かに、俺ならできると思うけどさ。
「流石佐藤だ!俺たち凡人とは違うな!」
そういうこと言うのは止めてくれよ。俺はこれが得意なだけなんだ。お前らより多くのことを分かっているだけなんだよ。
「お前やっぱり最高だよ。佐藤のおかげで成功したんだ。お前と同じ学校で良かった~」
俺からしたら50点くらいのもんだけどな。参加者が全員俺だったら、なんて言わないけど、それが一番の成果が得られる条件かな。
「・・・本当にそれだけだと思うか?お前の周りに居る奴等はお前にとってとるに足らない存在だと、本気で思っているのか?」
・・・思ってないです。そんなこと、思ってないですよ、先輩。
「人間は複雑で色彩豊かで美しいものだよ。僕らには想像もできないくらいね。・・・君にも、わかる日が来るといいね。」
分かりません。どうして僕の今までの成果を否定するの?あの日々は間違っていたんですか?僕の考え方はあなた方から見れば愚かなものなんですか?
少なくともあの頃は命を燃やすことができました。でも先輩、あなた達のせいで僕はもう輝けない。
こんなことを考えないで済むような、その一瞬を全力で生きるような世界に行きたい。そこで僕はもう一度、もう一度命を燃やすような人生を生きてみせる。
世界の中心は、この俺だ。
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「ん・・・ぅ。」
いつの間にか寝てしまっていたようだ。なんとか上体を起こしたが、まだ頭がボーッとしている。
目を擦ると、自分が涙を流していたことに気がついた。どんな夢を見たのかは覚えていないが、なにかやるせない感情だけが胸に残っている。どうせ中学時代のことでも思い出したのだろう。
俺は机の上に散乱した本をまとめると、それらを全て手短な本棚に突っ込んだ。
「さて・・・次はあっちの本棚だな・・・。」
広大な場所に一人でいるから、寂しさに自然と独り言が多くなる。もう何日もここで本を読んでいるだけだ。
ここは外界とは隔絶された巨大な図書館。俺が鳥に転送された、謎の空間である。
母の墓前で魔法の光に包まれた俺は、気が付くとこの図書館に立っていた。直ぐに体を触りまくったが自分が骸骨になっている様子もなかったから、鳥が転送に失敗したのかもしれないと俺は考え、最初は鳥の接触を待っていた。だがなんの音沙汰もないし、図書館には人の気配もない。取り敢えず館内を散策してみたが、その広さと圧倒的な蔵書数に舌を巻くばかりであった。出口の類いも見つからないし、窓も存在していない。
ということで俺は、本を読むことにした。
図書館で本を読むことは必然であるし、その異様な空間に異世界への期待が高まっていた。やれることをやろうと思ったのだ。
適当に見繕った本を開く。うん、わからん。まず何語なのかわからない。文字がカクカクしていて剰りにも幾何学的で、漢字に親しんだ俺にはそれぞれの違いさえ見分けにくい。
仕方なく他の本棚の本を取ることにした。
おお、これもわからん。ていうか多分さっきのと言語が違う。
取り敢えずいろいろな本を取ることにしよう。もしかしたら語学の教科書的なものがあるかもしれない。
そう思った俺はしばらく、本棚からバサバサと本を落としていく作業に熱中した。そして3つ目の本棚を制圧しようとしていたとき、遂にそれらしきものを発見したのである。絵が描いてある・・・単語帳のようだった。
そしてたった一人の語学合宿を、二日前から続けているのである。
2日間の図書館生活で分かったことが幾つかある。まず、この空間では腹が減らない。無論便意もない。この図書館にはトイレが無いようだから色々と心配していたが杞憂だったようだ。
もうひとつの大きな特徴は、前の俺とは集中力が段違いだということだ。この空間のせいなのかは分からないが、勉強がはかどって仕方ない。だがやればやるほど眠くなるので、睡眠はとる必要がある。
俺は既に最初の言語を大体理解出来るようになっていた。なんでも〈古代語〉と言うらしく、今ではほとんど使われていないらしい。だが図書館にはこの文字で書かれた本がたくさんあるから、俺には習得が必要な言語のようだ。
さっきまで眠っていたから頭はスッキリしている。応用編までやってしまうことにしよう。
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ううむ、難しい。
図書館に籠って1週間、古代語がだいたいできたと思っていたが実際に読むとなるとスラスラとはいかない。それにこの本は題名からしてややこしそうだ。なんだよ焦土作戦って。
他の本も見てみるが、大陸戦争やら不死皇帝やらと物騒なものばかりだ。
取り敢えず俺は古代語の蔵書の中で、最も取っつきやすそうなものを選んだ。〈なんとかの魔法書〉というやつだ。
〈なんとかの魔法書〉
『魔法とは空間を満たす魔力に干渉する術である。』
すごい、やっぱり魔法書であっていた。それに文章が分かりやすい。
『魔法の技量は、いかに魔力を効率的に操れるか、いかに広範囲の魔力を操れるかの2点によって決まる。』
・・・俺の読解が正しいとすると、どうやら魔力とは体に貯蔵されるものではなくそこらへんに浮いているもののようだ。一気に多くの魔力を操ればその分処理能力が必要になるのだろう。
『しかし、主に戦闘において戦力となるほどの魔法使いは珍しく、魔力を全く操れない者も多く存在している。その違いは処理能力の差、そして神の寵愛を受けているかによる。』
なんか急に胡散臭くなった。まあ魔法使いはエリート的な存在だということなのだろう。
『しかしごく希に、魔力を操ることができても普通魔法を発動できない者も存在する。才能をもちつつ、神の具象を理解していないものと思われる。』
神の具象・・・?それを理解しないと魔法が使えないのか?もしかしたら、魔方陣とか詠唱とかのことをそう読んでいるのかもしれない。
あれ、何だろうこれ・・・なんか、急に眠い。
俺は迫り来る睡魔に抵抗する間もなく、頭を机に打ち付けた。
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頭が痛い。硬い木の机だ。こんなところに突っ伏していたのでは体の調子がおかしくなりそうだ。
どれぐらい眠ったのか分からない。取り敢えず魔法書の続きを読もうと思って、俺は無理矢理を目を見開いた。
「・・・は?」
図書館に、謎の粒子が漂っている。
というか、光が本や本棚から漏れだしてきているような、そんな感じだ。なんだか別世界に来たような気分になって、空間を右手で薙いだ。その軌跡に光が生まれ、直ぐに消えていく。
綺麗だ。
しかしなぜこんな状況になったのだろうか。前まで図書館にこの光景は存在していなかった。俺が眠っている間に現れたのだろうか、それとも最初から存在していて、俺がそれを認識できるようになったのだろうか。
なんにせよ、聞く相手は本しかいない。更に本を読んでいくことにする。
俺はなんとかの魔法書を改めて手に取った。
〈ハミルトンの魔法書〉
あれ・・・読める。
どうやら固有名詞だから今まで読めなかったらしい。だがなぜ急に理解できたのだろうか。ハミルトンという響きが名前としてしっくりくる感じがする。
本棚を見渡しても、今まで読めなかった本の題名が一瞬で理解できるようになっている。
もしかしたら、睡眠に秘密があるのかもしれない。
俺は古代語の習得度が気になって、山積する疑問を後回しに〈ハミルトンの魔法書〉を開いた。
『魔法は己の理解できるものしか操ることは出来ない。故に魔法は属性に別れ、それぞれを統べる神によって世界が成り立っていることを理解しなければならない。』
まるで母国の言葉のようにスラスラ読めた。これは他の本も読んでみるべきかも知れない。最初に諦めてしまった難しい内容も今なら何の苦もなく理解できてしまうだろう。
しかしこの内容、この世界に神がいることを大真面目に肯定している。神の寵愛うんぬんを馬鹿にしていたが、ここは多分もと居た世界とは違うのだ。神だって意外と身近に存在しているのかもしれない。
早く続きを、と思ったが、またも強烈な睡魔が俺を襲い始めた。さっき起きたばかりだというのに不可解なことだ。
だが、抗うことも出来ない・・・
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意識が覚醒する。机に横たわらせた俺の頭を、ギシギシと音をたてて背筋が起き上がらせる。こう何度も座って寝ていると寝起きの気分も最悪だ。そろそろ寝そべるぐらいの猶予をくれよと誰にでもなく願ってしまう。
「うん。次からは予告できるよ。」
「ああ、まじでそうしてくれ。これ以上徹夜明けみたいな感覚になるのは嫌・・・だ・・・あ?」
思わず素で答えてしまった。いや、違う、そうじゃない。それよりも気にするべきことがあるだろ。
この子誰だ?
「この図書館に収蔵されてる情報の一部だよ。存在としてはまあ神に近いんだけど、そこにある本とそんなに変わらないから気にしないでね。」
いやいや、気にする。さっきから俺の心よんでるし。聞きたいこともあるから少し話したいんだが。
「君は、どういう存在なの?」
俺はいつもの口調で聞いてみた。素で話すのは苦手だ。
「僕は心が読めるって君も分かってるのに言葉で聞くんだね。僕と対等な位置に居なきゃご不満かい?」
「会話が好きなだけだよ。それより質問に答えてほしいんだけど。」
「・・・さっき言った通りだよ。僕はただの情報だ。人格の情報だから、本じゃなくてこんな見た目をしてるんだけどね。」
人格の情報・・・?意味が分からないが、考えてみればこの図書館も大分意味の分からない空間だった。ここはそういうところだと無理矢理納得してしまおう。
「人格・・・誰の人格?」
俺がそう問うと、人格を名乗るその子はニタりと笑った。
「君の人格だよ。」
「どういう意味だ。」
予想外の言葉に少し感情を出してしまった。だがそれも仕方無い、こいつはなにを言ってるんだ?
「正確に言うと前の君、かなあ。まあ僕が記録される意味はあんまりないんだけどね。取り敢えず全部残しとけってね。」
ますます分からない。こいつは多くのことを知っているようだが、それを積極的に俺に教えようとは思っていないようだ。
「・・・よくわからない。そもそもここはなんなの?」
「だから記憶だよ。最初の君が魔法で作った、君達の為の。彼も親切だよね、まあ僕なんだけど。」
記憶・・・?この図書館が、か?そういえばこいつも図書館の一部だと言っていた。そしてこいつは俺だと。つまりこの図書館は俺の記憶?そんなわけないよな。
こいつとこれ以上話しても無駄な気がする。
「最後に、一つだけ。どうして今出てきたの?」
「君が神について知ったからさ。知らないものは出てこられないだろ。」
同じようなことが魔法書にも書いてあった気がする。そうか、ここは魔法で出来ているのか。
目の前の少年は笑う。
「理解が早いね。ふふ・・・僕は君を気に入り始めた。吃驚だよ、君の深層が見えない。思考は見えるけど、感情が見えないんだよ。固く閉ざしているんだね。」
俺はそれを無表情で聞いていた。こいつは、どうやら分かっている側の奴らしい。
「君に一つ教えてあげよう。目覚めの時が、近いよ。」
俺はその言葉に反応する。
「目覚め・・・?僕は眠っているの?」
「ああ。これまで失敗続きだったんだ。ヴェルモンドの系譜の、パッカーノだっけ?あいつの部隊強いしね。僕らの糧を全部遮断しちゃうからなかなか起きられない。魂にも限界はあるというのに。」
「固有名詞が多すぎてよくわからない。目覚めたらどうなるの?今起きている僕はどういう状況にあるの?」
俺は半ば混乱しながら矢継ぎ早に質問する。彼は微笑んだまま聞き流した。
「それを知る必要はないよ。君は君のことをやればいい。起きたあと、自分のやりたいように物事を選択していくんだ。」
俺は少年に詰め寄ろうと体を傾けた。直後、脚に力が入らずバランスを崩す。頭が急に重くなって、思わず地に臥してしまった。
ああ、とてつもなく眠い。
「図書館に「外」があることを理解したね。」
俺は歪む感覚の中で、少年の言葉だけをやけにはっきり聞き取っている。
「世界の中心はこの俺だ、ってね。」
俺は暗闇に堕ちた。
目を醒ます。何時ものように体を起こそうと思ったが、全く体に力が入らない。というか、感覚がない。体の存在を認識できない妙な感覚だ。
取り敢えず目を開けようと思ったが、目の感覚もなかった。
でもなんか見えるな。
辺りに生まれては消える蛍のような光・・・それは図書館に溢れていたものと同じだ。だがその量が圧倒的に少ないし、光以外なにも見えない。前途多難だ。
でも、恐らくここは外だと理解できてしまう。俺が目指した異世界に違いないのだ。
悪い気はしないな。
まあ取り敢えず、
『これからのことを、考えねば。』