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Born In Bone  作者: 古織達磨
序章 彼が人間だったころ
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骸骨として

 月が外灯を照らす明るい夜。空の色も心なしか青く染まっている。都会の星はたかが知れているが、今夜に限ってはそうでもないようだ。


 僕は家の縁側に腰を降ろして、ただただ脚をぶらぶらさせていた。ボーッとしているだけの時間だが、この安息から逃れることができない。これでは死んでいるのと一緒だ。なにか意味のある動きをしたくて、星の数を数えたりもしている。...意味のあることとは思えない。


「亮太、蚊が入ってくるから窓閉めてくれ。」


 台所を見ると、父が皿を洗いながら左足のすねを右足でかいている。既にやられたらしい。

 僕はリビングに入って、窓を閉めながら、頭のなかで反芻していた言葉を父に伝えた。


「父さん。洗いもの終わったら話があるんだけど。」


 父は姿勢も目線も動かさず、おーうと声だけで返事をした。








「んで?話ってのはなんだ。女か?」


「違うよ。僕の浮いた話なんて中学以来無いでしょ。」


 一言目に女が出てくる父の倫理観はどうなっているのだろうか。そして悲しい台詞を僕に言わせないで欲しい。


「お前高校行き始めてから覇気がなくなったからなあ。中学のときはヤバかったのに。」


 非常に腹のたつ物言いだが、人の気にしていることをずけずけと言ってくるのも、僕と父が親子の固い絆で結ばれている証拠だ。だから僕は絶対にイラつかないし怒らないぞ。


「はあ...まあ、確かにね。自覚はあるよ。」


「くっくっく...今のお前も俺は好きだけどな...。話がそれたな。本題はなんだ。」


 父が居ずまいを正す。整った精悍な顔つきの父は、真剣な表情を作るだけで絵になるのだ。必然的に女で苦労したらしいが、父はむしろその状況を楽しんでいたらしく母は気が気でなかったそうだ。まあ、二人は添い遂げたのだから、愛し合っていたのだろう。母が死んでしばらくだが、父はいまだに女性を寄せ付けない。僕に遠慮している、とは考えたくないものだ。

 渋優しい父に、僕は目を合わせた。


「申し訳ないんだけど、僕、明日から家に帰れなくなる。」


「...ああ?」


 父の顔が眉間を中心にグニャリと歪む。この表情、初対面の人間が見たら号泣して土下座するレベル。しかしこんな顔をされるのは予想していたし、本当に恐ろしいのはここからなのだ。

 父の体が震えているのがわかる。頭には青筋が浮かび上がり、固く握りしめた拳は今にもこちらに飛んできそうだ。


「てめえ...俺の...父さんの...!」


 フーフーと息を荒立てて、父は感情を抑えている。だがこの状態は長くは続かない。すぐにその瞬間がやってくる。


「父さんの...!!!何が...!!!!」


 あ、噴火する。


「何が不満なんだよおおおおおおうわああああああああああああああん!!!!」


 ああ、大の大人が号泣するとかくも見苦しくなるものなのか。「高齢者問題はあ!尼崎のみならずう!」で有名な彼を連想するほどの泣き上戸である。やはりギャップがある方がモテるということだろうか。あとどうでもいいことかも知れないが、城崎温泉はあれだけ行っても仕方ないと思う。


「父さん。別に不満なんてないよ。」


 僕は父に抱きついて、よしよしする姿勢になっている。誰も得をしない地獄のシチュエーションだ。


「うぐっ...えぐ、だっで、家出ずるってえ...」


「しないよ、父さん。本当に帰れなくなるんだ。暫くね。」


「...?それはどういう...」


「呼ばれたんだ。"鳥"に。」


 父の目が見開かれる。涙で濡れていた瞳は、途端にいつもの色を取り戻した。父は僕の発言の真偽を確かめようと、じっとこちらから目線を動かさない。


「......鳥ってのはやっぱり、「異界の鳥人」のことか。」


「うん、そうだよ。向こうの世界からの要請は五人だったらしいけど、僕はそのおまけで六人目として呼ばれるらしいんだ。詳しい事情は分からないけど。」


 父はそれを聞いて、片手で顔を覆い大きく息を吐いた。雰囲気に諦めの色が見える。


「お前...。まあ確かに、あいつらは俺たちを必ず元の世界に送り返してくれる。帰ってきた奴等は何かしらのスキルを持ってるから、現代社会で重宝されるのも事実だ。だがな、あっちで怖い想いをした人間もいるし、今までに行ったことのある奴等と同じ世界に行けるとも限らねえから情報も少なくて危ういんだぞ。わかってんのか。」


「うん。」


「うんって...それに、鳥が事前に承諾を求めるなんて聞いたこともないぞ。」


「僕が召喚魔法じゃなくて鳥からの依頼で飛ぶかららしいよ。向こうの世界で誰かが召喚魔法を使うと、鳥がこっちで人を見繕って飛ばすらしいんだ。向こうの世界の人たちは鳥の存在を知らないらしくて、飛ばす人間からも一時的に記憶を消してしまう。まるで突然飛ばされたかのようにするんだってさ。」


「...誰に聞いた?」


「鳥。」


 父は何か考えているようだ。もしかしたら、言っていいことと駄目なことを振り分けているのかもしれない。僕も、父の仕事については理解している。だからこそ、一般人には噂程度にしか知られていない転送の話をスムーズに進めることができるのだ。


「お前が行くって決めたんなら、俺は止めねえ。だがよ、お前は異世界に行くことを自分で選択したことになるよな。もしかしたら、人を殺さないと自分が生きられねえような、そんな厳しい環境に飛ばされる可能性もある。無理矢理飛ばされたならまだしも、お前は間接的に人を殺すことを選んだことになっちまうんじゃないか?」


 鳥は突然この世界に現れて、人間を飛ばす。そして向こうの世界でまた転送魔法を使ってもらうか、もしくは死ぬことによって、転送者は元の世界に帰れるのだ。経験者達の証言によってそれは確実なのだが、鳥達は帰る方法、つまり死ねば帰れるという情報を頭の中から消去してしまう(おそらく自殺をさせない為だろう)。だから父の言うような状況も十分にあり得る。

 だが、僕はそれに関して全く心配していなかった。何故なら、


「父さん、大丈夫だよ。だって僕は転送されたら、」


「転送されたら?」


「骸骨になるからね!」


「は?」

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