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人工少女は電気鯨の夢をみるか・水蜜桃

作者: 十浦 圭

拙作「人工少女は電気鯨の夢をみるか」の番外編です。上記の作品を読んでから読むことをお勧めします。

「水蜜桃 1」


ぶろろろろ、と間抜けな音で砂埃を巻き上げていたトラックが止まる。

少し前まで腹が減ったと騒いでいたーー今は抱いた紙袋を嬉しそうに覗きこんでいるーーきーこがふと顔を上げた。

こぼれそうにでかい目で、くん、と鼻を鳴らす。

「どした」

きょろきょろと辺りを見渡す頭に声をかける。この地域独特の暑さのせいか、声はいかにも怠そうに響いた。暑い国は嫌いじゃないが、睡眠不足のせいか、いささか疲れているらしい。

「ん」

こてん、と首を傾げてきーこは傍らの俺を見上げた。

「なんか、甘いにおいする」

「におい?」

きーこを真似て鼻を鳴らすと、確かに深い、甘い香りがした。

甘く、みずみずしいもの。やわらかで、飢えは無理でも人々の乾きを癒す。

「桃か」

「もも?」

「・・・まさか知らねえのか?」

片眉を上げて訊くと、きーこはくるくるした髪を揺らして否定した。

止まった前のトラックを見つめ、唇を尖らせている。つまんでやろうか。

「知ってる。食べたことない」

「なるほど」

前方のトラックの荷台が開かれて、甘いにおいが強くなった。おそらく行商人。今から商売なんだろうか。この気候なら早く売らねえと傷むはずだ。

耐えがたいまでの甘いにおい。

「・・・桃は久しぶりだな」

呟いて足を速める。隣のきーこが慌てて付いてくる気配がした。

「買う?買うの?」

「食いたいんだろーが」

「ばれた!」

「俺を誤魔化すには100年足りねーよ」

荷台の上の無精ひげのおやじに2つ、と声をかける。

「うちは3つセットで売ってんだが」

「3つも要らねえ。傷入りのを2つでどうだ」

「どうだっつってもね」

「こいつ、桃食ったことねえんだよ。食わしてやってくれねえかな」

きーこの頭を軽くこづく。当の本人は必死で背伸びして箱を覗こうとしているところだった。こっちの話しを聞いているかも怪しい、というか多分聞いてない。きーこを見おろすおやじの目に同情の光がよぎった。

「旅人かい」

「おう。安定したいい町だ。歓迎の印にひとつ」

「仕方がねえなあ」

眉尻を下げておやじは笑うと、足元の籠から桃を2つ、放り投げた。片手で受け取める。掌にじわりと滲むような淡い色。

「2つで130キル」

「ドーモ」

桃を傍らに手渡して小銭を放る。おやじは掴んで笑った。

「おじさんありがとう!」

「おう。味わって食えよ」

破顔したおやじと少女。珍妙な絵面だな。

ふらりと手をふってトラックを後にする。隣で小走りに駆けながら、きーこは桃を観察している。俺は太陽の光を手で遮って欠伸を漏らした。

「毛が生えてる」

「あ?あー」

「珍しい?」

「果実でか?モノによっちゃ普通だろ」

「そうなの。わたし初めて見たのに!」

「そりゃ桃も食ったことがないような奴はな」

「むー」

見下ろした俺にきーこは笑ってぴょん、と一度スキップしてみせる。

「宿に帰ったら早く食べよーね!」

「おう」

その言葉に微笑むことは、いくら疲れているとはいえ、俺にとってはそう難しいことでもなかった。



相変わらずのいちゃいちゃっぷりですが、雨の日連作の3話目と違ってこれくらいが二人の通常運転なんじゃないかな。

時系列はきーこが誘拐されるより前です。きーこが10歳くらい、夏樹が19歳。



「水蜜桃 2」


溶けだしそうに透明な灰色の瞳が、ゆらりと動いた。

「ほら」

顔の前に差し出した果実を、彼にしては辛抱強く3たび差し出す。声色も視線も穏やかで、鈍い反応に対する苛々した様子は欠片もなかった。

無理もない。

無表情のままそれを見つめる少女、きーこの現状を見れば動揺こそすれ苛立つことは出来ないだろう。

「桃だ」

「・・・」

「食えるだろ」

聞いているのかいないのか、目の前の夏樹を呆と見つめる瞳に、凪いだ声が繰り返す。皮を剥かれた桃から透明な果汁が滴った。

ゆっくりと瞬いて少しだけ、少女の口が開く。

ひょいと片眉を上げて、それでもそのまま夏樹は手にしていた桃を指で軽く割り、その欠片を彼女の口へ押し込んだ。

ぱち、ぱち、とゆるく瞬いて、集中でもするように下へ落とされた視線。

「・・・うまいか」

問いかけの形を持ちながら、返事を期待していなかっただろう彼の呟きに。

ふいに。

ほう、と一つ少女の吐息が落ちて。

そこへきて初めて夏樹は、酷く辛そうな顔をしたのだった。



拉致・実験・救出後のきーこと夏樹と桃。研究所で実験台にされていたせいで、このきーこは感情も人格も最小限になってる感じ。

「うまいか」っていうのは、1の方で初めてきーこが桃を食べた時に聞いたのと同じ言葉で、夏樹はそれを思い出しながら聞いたんだと思います。だから返事は期待してなかったしそれは問いかけですらなかったのに、呆然としながらもきーこが如何にも美味しそうに吐息なんかつくからたまらなくなった感じ。

ちなみに視点は雨連作の2話目でちらっと出てきた、夏樹の友人できーこのいたサーカスの団長のメメです。



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