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戦況激変、実証実験

訓練に明け暮れる優珂たちにいよいよ実戦投入が訪れる。

ただ、裏で仮説を実験する者たちは?

「通信はつながらないのか!」

「ダメです!ジャミングなどではなく、おそらく届いていないものと思われます!」

 どうする?撤退が頭をよぎったが、この状態でここを明け渡すと上流と齟齬が起きてしまう。白髪が増えてきた頭で可能性を徹底的に洗い出す。かつて大きな被害を出しながらも、第12大隊だけで四倍の戦力差をひっくり返した名将であるアルヴィン・タンは考え、結論を出した。

「戦線を死守しながら援軍を待つ!川を渡られれば命はないぞ!本部へと使いを出す、レグネル、行けるな。必ず、セリオン通信拠点に届けろ」

 そういい、書簡を一通したためた。

 士官たちはてきぱきとした動作で一斉に動き出す。戦いなれている士官たちは、よくない状況ということを理解しながらも、それを感じさせない冷静さを保っていた。なぜなら、彼らは数多の戦いを生き抜いた老将、アルヴィンを心から敬愛し、信頼していたからだ。アルヴィンが死守を命じた。ならば、それが最善手なのは間違いない。

 だが、そんなアルヴィンですら想定しきれていなかった。圧倒的な力技、奇抜な大規模作戦により、自分たちが包囲されているという状況を。

 

 今日は休日!昨日酷使した体は筋肉痛を訴えている。起きてすぐ、狭いベッドの上でストレッチをする。今日も窓から吹き込む風が気持ちいい朝だ。

 ただ、損なことに、朝起きなくてもいいとわかっていても、いつも通り6:00に起きてしまった。

 それはほかの二人も同じようで、洗面所にはカリムとレオンがいた。

「あれ?伍長はいないの?」

優珂は思わず聞く。

「そうなんだよねー。レオンと今話していたところ」

「伍長がいないのは珍しいからな。何かあったのか?」

 みんなで少し考えたが答えは出るはずもない。諦めて支度をし、食堂へ向かった。

「いつもと同じので」

「日替わり定食で」

「だし茶漬けを一つ頼む」

各々が注文し、席をとると連絡が入った。ディエゴ大隊長からだ。

『第三大隊、10:00に全員大規模演習場へ集合』

 休みの日に突然の、緊急の呼び出し。ただならぬ内容に食堂にいた緑色のバッヂを付けた人がざわめいた。その直後にもう一つ連絡が入った。

『第一小隊、9:40に小会議室集合。話しておきたいことがあるよー』

 イリヤ伍長の連絡を読んだ三人は顔を見合わせる。

「これはただ事じゃないね」

 カリムの表情からはいつもの笑いが消えて、少しこわばっていた。みんな内容は薄々察している。だが、それを声に出した瞬間それが確定してしまいそうで怖かった。

 そして、暗い雰囲気のテーブルに明るいやつが突っ込んできた。

「おっは~!ねえねえ、連絡見た?ついに実戦だよ!たのしみだなぁ」

 あまりに空気を読まないルチアに呆れを通り越して笑えてきた。

「やっぱりルチアには敵わないな」

 そこからは暗い空気は消し飛んで、明るい話へと流れて行った。


 9:40、小会議室に10人全員が集まった。そしてイリヤ・ペトロフ伍長はこう切り出した。

「さて、君たち第一小隊にはいいニュースともっといいニュースを与えよう。どっちから聞きたい?」

「それ言ってみたかっただけでしょ」

全員思っていたことにリラが突っ込んだ。

「あはは、ばれた?そう、みんな察していると思うけど、これから君たちは戦場へと向かってもらう」

 小隊からいつもの喧噪が消え、緊張感が張り詰める。

「ただ、実は僕はあまり緊張していないんだ。僕は君たちを死なせないために、自分でもドン引きするぐらいの訓練を積ませてきたからね」

 そういっているが伍長の手は強く握りしめられていた。

「いずれ、誰かは死ぬだろう。今回の戦闘で生き残ったとしても、この戦いはまだ続く。僕たちがそれを終わらせられなかったのは不甲斐ない限りだ」

そこで伍長は深く、深く呼吸をした。

「これから僕は、大きくひとりごとを言う。すべて聞き流すように」

「現在、わが軍は3年前にセリオン川攻防戦に勝利し、その三角州を制圧することができた。だけど、その軍が現在包囲されている」

 みんなが驚きに目を見開いた。

「なぜなら、セリオン戦線通信拠点の位置が発見されてしまったからだ。バケモノの軍は局所的に空軍を集めることにより、そこに空挺降下作戦を実施。通信網の破壊をしたタイミングで、上陸作戦を実行し、セリオン川沿岸を占拠した。これにより三角州ではバケモノによる包囲作戦が実行されている。このままでは全滅も時間の問題だろう。そこで我々第三大隊に声がかかった。本来まだ実戦を積んでいない部隊に任せる作戦ではない。だが、事態は急を要している。そこで、高機動独立小隊を動員することにした。この小隊は、僕を含めた、第12大隊の生き残り4人で構成されている。たった4人の部隊だが、新兵器を要し、戦力規模は大隊一つに匹敵すると僕は考えている」

(大隊規模!?4人で300人と渡り合える戦力か…)

 そこまで言うと、こちらを見て言った。

「ひとりごとは以上だよ。考えるのをやめないでね」

 そういうと伍長はさっさと出ていった。だが、伍長の覚悟に誰も動くことができなかった。

 今彼がしたのは情報漏洩にほかならない。ばれたらよくて懲戒免職、悪ければ一生を牢で過ごすことになるだろう。渡された情報の重さに思わず足が竦んだのだ。

「考えろ、か…」

 いろいろと思うところはあるが、イリヤ伍長はこの情報は伝えておいたほうがいいと判断した。なら、自分たちはそれを信頼するべきなのだろう。

「ま、何とかなるでしょ」

"同意、戦力的には十分と考えています"

 先生のお墨付きなら問題はないだろう。少し気が楽になった。

 そのままヴィエゴ大隊長の招集に応え、大規模演習場へと向かう。まだ10分前だというのに、全員が整列している。やはりここでも緊張感がいつもより数倍はある。だが、さっきの情報開示とは比べるまでもない。比較的ましであろう気持ちで臨んだ。

 10:00。

「敬礼!」

 ディエゴ・アルバラード大隊長が前へと出てきた。

「休め!」

 大隊長はいつもと変わらず、毅然とした態度で語りだした。

「諸君、戦いだ。諸君はこの訓練場を後にし、バケモノとの闘いに乗り出すことになる。我々は長きににわたり、奴らと戦いを繰り返している。決して負けることは許されない!諸君の初任務はセリオン後部戦線、セリオン通信拠点の奪還だ!詳しいことは副官のマティアスから説明がある」

 そこからマティアス副官からの説明があった。副官は包囲や海上の情報は伝えずに、奪還の作戦だけを伝えていた。

 要約するとこうだ。

1,スモークを大量投下し、セリオン通信拠点の長距離兵器の脅威を低減させる。

2,そのすきに対空砲を大量に搬入

3,新兵器で拠点に穴をあけ、突入する

という作戦だ。

「そして、我々第3大隊に加えて、高機動独立小隊という戦力も同行して任務にあたる。補足だが、今日の夕食は豪華らしい、楽しみにしておくように」

「敬礼!」

「休め!」

「解散!」

 聞くことを聞いて緊張が解けたのか、急に騒がしくなった。ほかの小隊は緊張と興奮から、テンションがおかしくなっていたやつも多かった。

 しかし、第一小隊は、休みの日だろうと続けている、銃撃訓練をするために、第3小規模演習場へと向かった。道中、気になっていたことを問いかけた。

「リラ、今回の作戦はどう思う?」

 優珂に聞かれたリラはもうすでに考えていたのだろう。すらすらと答えだした。

「正直いろいろと不安が残るわね。特に対宇宙への情報遮断が一切ないのが気になる」

「というと?」

「今時宇宙から戦場を俯瞰するのはバケモノも行ってくる戦術よ。大隊規模で動かせば、目につかないわけがないわ。そこに対しての対策がないとおかしい気がするのよね」

 リラは話をつづける。

「だけど、新兵器の威力が本当にセリオン通信施設の外壁ををぶち抜ける威力があれば、突入は間違いなくできるし、奴らは想定していないぶん、効果は高いでしょうね」

「でもあれを本当に破ることはできるのか?空爆でも傷一つつかないような奴だぞ?」

 その兵器について優珂は一つ思い当たるところがあった。

「あれを使うんじゃないかな?」

「優珂なんか知ってんの?」

「ほら、昨日新モビリティスーツと一緒に紹介されてたやつ。あの銃じゃないかな?」

 そういうとルチアは驚いた様子で返した。

「え?あれってライフルぐらいの大きさしかなくなかった?」

「そうなんだけど、ほら、あのスーツで反動制御しなきゃいけない代物なんだよ」

「いや、だとしても口径が足りないのでは?」

 優珂はかぶりを振る。

「君たちはあのスーツのやばさをわかってない。15メートルを軽く飛び越えたあれでも出力は3パーセント以下だったんだよ!あれはひとりで一個中隊に相当できると思う」

「は?3パー!?」

 思わず顔を見合わせるレオンとカリム、目を輝かせるルチア、熟考するリラ。

「ありうるね。まだ実戦投入は早いと思うけど、有効性は高そう」


 訓練場に着くと同時に自分の心にスイッチを入れた。これから向かうのは本当の戦場。命の保証がない場所。気を引き締めた。いつも少し気の抜けていた休日訓練だが、今日は集中して行っていた。

 上空からの観測を利用し、射撃を行ったり(カリムの観測精度は完ぺきだった)次の戦闘を意識しての白兵戦の練習を行ったり(リラとレオンがルチアと優珂の本気の切りあい、撃ち合いを見てドン引きしたり)した。

 もう太陽は頭の上を通過していた。

「今日はこの辺にしておこうか。体力を使い切っても本末転倒だしね」

 優珂の意見は賛成多数で可決されたが、ルチアだけはまだやりたりなさそうに優珂を見ていた。

 そのあとどうするかという話になり、みんなで昼食を食べるつもりだったが、リラは調べものをしたいと言った。

「リラは何を調べに行くの?」

カリムが聞いたが、優珂も気になっていたので便乗した。

「んー、ちょっとね」

 リラは言葉を少し濁した。が、少し迷った様子で言葉を継ぎ足した。

「第十二大隊、昔イリヤ伍長が所属していた部隊、が壊滅した記録を調べようと思って」

「なぜか聞いてもいいか?」

「いや、私の記憶だと、大隊で生き残ったのは16人、その中で今も軍事エクステントに所属している人は少ないなーと思って...ね。高機動独立小隊っていうのに吸収されたっていうからね。調べておかないと」

「つまりお前はどんな人がいるかを探っておきたいってことか。聞いておいてすまんが趣味が悪いな」

「うっさいレオン。お前も陰湿な側なのをわすれんなよ」

「あとでみんなに共有して共犯にするから!楽しみにしててね♪」

 リラは口を挟もうとしたレオンに隙を与えず、にっこにこで去っていった。

「どうしてこうもうちの小隊はまともな奴が少ないのか」

 言ったレオンに向く冷たい6つの目が、彼の普段の行いを暗示していた。

 少し遅めの昼食は人気の少ない食堂だった。昼食にしては珍しく、メニューは珍しくかなりの種類があった。

「どれにしよっかなー?」

カリムが相変わらずの食欲を振りかざして吟味している。それを眺めながら自分のを決める。

「照り焼きにしようかな」

 ぼそっとつぶやき注文する。席はすいているから、四人掛けの席に腰かけた。カウンターのほうを振り返ると、あいつらはまだ騒ぎながらメニューを決めかねていた。

"先生、銭湯は開いてる?"

"はい。問題なく営業しています。ただ、おそらく本日は込み合うことが予測されます。そのため、快適に過ごしたいならば、夕食と少し被せることをおすすめいたします"

 やはり、先生に聞いておけば間違いなない。となると、夕食は18:00からだから、17:45ぐらいに着くように行くか。

"…"

"ん?先生何かある?"

"いえ、なんでもありません"

煮え切らない先生の態度に違和感を覚えつつも、思考の流れは席に戻ってきた四人に持ってかれた。

 そのあとは注文した照り焼きセットを受け取り、にぎやかに食べていると今日の朝のように二つの連絡が同時に入ってきた。一つ目はリラから、もう一つは文字化けしたメールだった。いったんリラのメールを無視してもう一つのメールを開ける。

”先生、解析できる?”

"解析しました。この手紙の内容を共有します"

そういうと即座に先生からメッセージが提示された。これはどうやら文字化けのように暗号化されていたものだったようだ。

"ディミトリ・スタノフという人からのメッセージのようです。内容 新型モビリティスーツについての話がある。興味があるなら明日の朝、5:00にジェットバス施設に出向くように。との内容です。お受けになりますか?"

 優珂は冷静にこのメッセージの意味を分析する。そもそもこれは高度に暗号化されていた。その時点で普通のメッセージではない事は確かだ。優珂はもう少し考え、自分の結論を出した。

"先生は受けるべきだと思う?"

"私はこれは無視するべきだと愚考します"

"その根拠は?"

"今回、前線に行く直前でのこの連絡は不審な点が多いです。それに、不確定要素が多すぎます"

 先生の意見はもっともなものだ。だが、優珂は無視できないメリットがあった。それは、先生と共闘することができるスーツという物の情報だ。優珂は決断を下す。

"私は今回これを受けようと思います"

"承知しました。スケジュールに追加しておきます"

 優珂の頭の中ではまだ、デミィトリという人のことで頭がいっぱいだった。そんなことを考えていると、急に目の前にサファイア色の瞳が映り込み、どきっとした。どうやらルチアだけは先に決めてこっちに来たらしい。

「どったん?珍しくぼーっとしちゃってさ」

「あ、大丈夫。すこし考え事をしてただけだから」

「ふーん、それならいいけど」

 そういうと話題を振ってきた。

「そいえば、今送られてきたリラの調べもの見た?」

「まだ見てないよ。ちょうどいいし見てみるか」

 優珂は先生に頼みファイルを開いてもらう。イリヤ伍長対策に暗号化されていた文書を読み進める。

 そこにはリラが昼食を抜いて作った成果があった。生き残った16人の中、軍事エクステントに残ったのは半分の8人。その中のイリヤ伍長以外の7人についての情報が名前ごとにファイル分けされて送られてきていた。その中の一つのタイトルを見て目を見開く。そこにはディミトリ・スタノフと名前が書いてあった。

 そのファイルを開いてみると、スタノフという人物の挙げた戦果、予想される人物像、そして、脅威度が書かれていた。イリヤ伍長は「小隊の隊員以外は警戒しろ」とは言ったが、さすがに味方に脅威度を付けるのには少し引いた。だが、戦果と人物像を見るとその考えが吹き飛んだ。


戦果  殲滅戦での個体名イリヤとの共同による二個中隊規模の壊滅

    狙撃による敵指揮官個体を撃破。そのまま生還


人物像 殲滅戦の一幕、味方の囮ごと爆撃することで戦略的目標を達成しつつ、敵軍を効果的に減らす容赦のなさ。

    指令を完璧に完遂する能力の高さ

    無駄なことが嫌いな成果主義のような人柄と予想。


脅威度 確実に敵対を避けるべき。冷徹で容赦がないが、軍人としては信頼できる人物像ではある。そのため、利用されないように最大限の警戒をする必要があるが、接触を図るメリットは高いと予想。


備考  イリヤ伍長との知り合いのよう。話を聞いてみるのも一考。


「これは…面白いね」

思わず本音がこぼれ出てしまった。

「誰のを見たの?」

「このスタノフって人のやつ。イリヤ伍長と組んでいたっぽいよ」

「え!初耳。ふーんこの人も高なんちゃら中隊に所属しているのかな?」

 ルチアが話していたが、優珂はそんなところではなかった。新しい情報(カード)が入ったことに内心小躍りしながら、思考を巡らせる。特に人物像が見えたことが、立ち回りを考えるうえでとても大きかった。情報をもう一度洗い出し考え続ける。

 そして、また生返事しかしなくなった優珂にあきれ果ててルチアはレオン達のほうに向かっていたのだが、当然、優珂は全く気付いていないのであった。


 照り焼きを食べ、少しの自由時間を得た優珂は、伍長に連絡を取った。

『イリヤ伍長、個人的に少し聞きたいことと、相談したいことがあります。お時間いただけないでしょうか?』

 どうやらイリヤ伍長はちょうどメッセージを見ていたらしい。

『おっけー。今すぐからなら時間あるけどどう?』

『はい、大丈夫です』

 伍長は忙しい人だから時間が取れない事も覚悟していたが、すんなりと決まった。そして、約束した面談室へと向かった。

 部屋には先に着いた。プライバシーを守るために徹底した盗聴対策がなされた部屋は、分厚い鉄の扉がついていた。

「おまたせー」

 イリヤ伍長が入ってきた。相変わらず笑っていて表情は読み取れない。

「早速本題をいいでしょうか?」

 うなずいたことを確認して言葉を紡ぐ。

「今日の昼、ディミトリ・スタノフという人から連絡が入りました」

「ディミトリだって!?」

 珍しくイリヤ伍長が取り乱した。その目には焦りと恐怖、そして僅かな憎しみが混ざっているのが感じられた。

「リラにお願いして経歴を漁ってもらいました。その中で、殲滅戦でのイリヤとの共同による2個中隊規模の部隊の撃破とあったため、話を聞いてみる必要があると考えました」

「それで、あいつの要求は?」

「要求ではありません。新型モビリティスーツの情報が知りたいのなら、明日の朝5:00にジェットバス施設に来るようにとの要請でした」

 イリヤ伍長は落ち着きを取り戻し、今度は興味深そうな顔をした。

「あいつは等価交換を重んじる。提供する価値を返せる何かがあるかを見極めて人付き合いをするようなやつだよ」

 伍長は少しだけ過去を懐かしむ暗い表情をした。

「僕は彼のパートナーだったんだ、僕は危険な役回りを行い、あいつは作戦の成功を約束する。あいつはたくさんの人を駒にしてたんだ。行ったら間違いなく何かを要求されるよ」

「でも先生、今回は情報だけですよ?」

「見通しが甘いね。あいつとかかわる事はおすすめしないよ」

 伍長はそう言うが、優珂はあまり気にしてはいなかった。むしろ、化かしあい、腹の探り合いは自分の本分である。イリヤ伍長に話を聞きに来たのは注意ではなく、情報収集のためである。それを伍長に伝えると、しぶしぶだが、今までに避けていた昔話をしてくれた。

 まず彼は伍長と同じ第12大隊、第一中隊、第一小隊に所属していた。そして、その中でも二人は頭角を現した。圧倒的な体術と射撃、瞬時の判断力で解決するイリヤと、遠距離から詰将棋のように指示を出し、狙撃を含めたサポートで、安全を重視した解決をするディミトリはよく対比されていたらしい。だが、お互いに信頼もしていたらしく、訓練生時代から仲は良かったらしい。そして実戦に投入された。そこではイリヤは少し問題があった。だれもイリヤの動きについてくることができなかったのだ。そこでディミトリに頼み込んで、自分が暴れられるだけで解決する状況を作らせることで、第一中隊は大きな戦果を挙げた。そして地獄への切符が渡された。

 12大隊と10大隊は共同でセリオン川突破戦に従軍した。その一連の戦いは一瞬で終わった。結果だけ見るとたった三か月でセリオン三角州を制圧した。だが、犠牲は多かった。数で勝るバケモノの軍を捌いたのはひとえにアルヴィン・タンという名将と、ディミトリの現場での采配のおかげだった。だが、いくら優秀な彼らでも、味方を疑う事はしなかった。それが大きな犠牲を招くことなる。12大隊は少しずつ前進し、いよいよ川までバケモノを追い込むまでになっていた。そして、10大隊はバケモノがいるエリアを挟むように絞っていた、つもりだった。10大隊は相次ぐ連勝に浮かれ、指定されたエリアを抑えきっていなかった。そのため、12大隊は突然、夜の挟撃にあってしまった。夜半の奇襲で混乱する戦場の中、彼らは前へ進み切るしか道はなかった。すべてが終わったとき、数多の死体の上で朝を迎えたことをはっきりと覚えている。

 それで趨勢は決した。だが、バケモノはそれがわかっていなかったらしい。援軍の処理をするときは、ディミトリはもう、残虐な人を数としてしか見ていない戦術をとるようになっていた。

 

 そんなところだった。

 想像以上に重い話だ。地獄を見てきたことはうすうすと察していたが、実際に本人の口から語られると、とてつもないリアリティで自分にのしかかってくる。言い終わった直後の伍長は震えている気がした。そして、伍長の教えと地獄の訓練はここから来たのだとはっきりと分かった。

「聞いてくれてありがとう。話すと少し楽になった気がするよ」

そういっていたが、本当に楽になったのかは疑わしい。その証拠に、顔が少し青ざめている。

「話していただきありがとうございました」

 優珂は礼を言い部屋から退出した。

 鉄の扉はシューっと気が抜ける音がして、そのまま閉まっていった。


「君の"仮説"があっているのか、よく見させてもらうよ」


17:45。

 エレクトロレールに乗って着いたのは公衆浴場だった。上階に設置されたこの施設は、娯楽エクステントの人がかなり前に作ったものだ。味気ないジェットバスと違い、湯船につかる事ができるこの施設は夕飯の前の時間は混んでいる。だが、そろそろ夕飯が始まる時間。入る人はあまりおらず、出る人がほとんどだった。

 服を脱いで体を洗う。明日からはいつ体を洗えるかわかったものではない。いつもより気持ち多めの洗剤を使って垢を徹底的に落とす。少し足がひりひりとする気がしたが気にしない。

 体を流し、湯船に入る。肩までつかると疲れがほぐれて溶けていくようだった。目を閉じると、人のいない風呂は、天井から垂れてくる水の音だけがぽつぽつと響き、心に沁みた。

 だが、そこに少し違う音が混ざった。目を開けると、一人、風呂に入ってきた。その人が体を洗っている途中、逃げるように上へと向かった。階段を上ると、屋上に出た。そこからは海と機域が一望できた。

 上空130メートルにあるこの施設は風が強く、少しのぼせ気味だった頭を程よく冷やしてくれた。タオルが飛ばされない様に頭の後ろで抑えながら上を向く。雲が流れていく夕方の空は、橙から紫へと美しいグラデーションを描いていた。力を抜く。…どれぐらいたっただろうか?おそらく10分ぐらいだろう。

 自由にくつろぐ時間はそこで終わりになった。

 さっきの人が上がってきたからだ。内心で舌打ちをしたが、それをおくびにも出さず会釈をした。しかし、男は興味深げな顔をした。その顔は優珂を見ていたが、その焦点は合っていなかった。刹那、ノイズが入った。

"…"

"伊田木先生?さっきから様子がおかしいよ。大丈夫?"

"…はい、問題ありません"

 先生を問い詰めようとしたとき、話しかけられた。

「君は臆病なのかい?」

「はい?どういう事でしょうか?」

 突然煽られた優珂は理解できずに一瞬固まった。

「いや、君とよく似た人が軍から逃げたことがあったんだよ」

「すまない。失礼だったね」

 これ以上話す気はないのだろう。上を向いて鼻歌を歌っていた。だが、風にかき消され、自分に届くときには旋律を保っていなかった。

 少しして、あの人は階段を下りて行った。


 一人になって湯船に浸かりなおす。体を大きく伸ばし、リラックスした。しかし、冥色の空は心を映すようだった。


 18:10、モビリティスーツを着ていた。もしかしたらさっきの男がいるかと身構えたが、もう出てしまったのだろう。服のかごには何も入っていなかった。

 落ち着いた気持ちとすっきりとしない気持ちが混在したまま、夕食の会場へと向かう。

 入ったっ瞬間、戦いを前にした者たちの妙な興奮が奇妙なうねりを伴って襲い掛かってきた。

 食事はとても豪勢だった。普段とは違うビュッフェ形式に加え、ステーキにロブスター、甘いものにフルーツまでアルコール以外のあらゆるものが用意されていたからだ。

『みんな今どの辺にいるの?』

『今端のほうに席をとってるよ』

 目を凝らし、探してみると、こちらに向かって手を振っているルチアを見つけた。

「おまたせー」

「別に待ってないよー」

 いつも通りつれないリラの軽口を受け流し席に座る。

 カリムとルチアはさっさと食べ始めていたが、レオンとリラはまだとってきていてもいなかった。

「なんでまだ持ってきてないの?」

レオンが答える。

「ほら、とっとと取ってきてもこの食い意地二人につまみ食いという体でほとんど食べられるからな」

「しつれいれふぁね、ふぉんなことふるふぁふぇふぁいふぁん」

「説得力がないぞ、口を閉じろカリム」

「と、いうわけで待ってるんだよね」

「わかったけど、そろそろ行かないと無くなるよ」

「ま、ちょうどいいし取りに行くか」

 レオンとリラが立ち上がった。二人を連れていくつかの料理をとって席に戻った。その時、一人の男が中央のマイクスタンドの前に立ったのが見えた。

「あー、聞こえてますかー?」

 その声が聞こえると同時に、広場の大半の人がいぶかしげにスタンドを見た。

「なんかスピーチってあったっけ?」

「いや、なかったはずだが…」

 少し高くなっているスタンドの上で視線を一身に受けながら堂々と話し出した。だが、優珂は近くに柱があるため、よく見ることができないでいた。

「私は今回全体指揮を執っている@@@だ。よろしく頼む」

 急いで敬礼する。よく見えないが、最高長官に敬礼しないのは大きな問題だ。

「いやいや、そんなにかしこまらないでもよろしい。私は君たちが出発する前に激励の言葉を送りたいと思ったが、明日は生憎所用があって、出発式に出ることができない。そこで、この場を借りて話させてもらう」

 そういうと、大きく咳払いをした。

「君たちはよく訓練した。厳しい教官にしごかれながら、軍人として立派に成長した。だが、それは安全な檻の中でのことだ。これから君たちは自由な戦の荒野を駆けていく。この街、そしてバケモノを撃滅することを私は大いに期待している」

 周りを見回すと、みんなの目が光っているように見えた。

「今日は、大いに騒ぎ、楽しむといい。機域の皆に乾杯!」

「乾杯!」

 大きな部屋全体が唱和した。空間はより一層熱を帯び、狂騒に飲まれていった。いまだ未成年の我々はアルコールが飲めないが、それは幸いだっただろう。

 優珂もグラスを高く掲げた。

「機域に生きるものに、乾杯!」

 

 朝、いつもより早く目を覚ました。昨日の喧噪が嘘のように静かで、平和な朝だった。

 窓を開ける。快晴。気分がとてもよかった。

 昨日の夜、眠れないかと心配も少しあったが、疲れていたのだろう。横になったとたんに眠ってしまっていた。そういう意味でもやはり昨日のバカ騒ぎは効果的だった。

 今日はいよいよ戦場へと向かう。心地よい緊張感が体を包んだ。

 だが、その前に、もう一つ大きな山場が待っている。そう、スタノフとの対談だ。

 軽く身支度を済ませ、レールに乗った。朝早くのレールでは、春先の冷たい空気が優珂の体を切り裂いていった。

 ジェットバス施設に着くと、黒髪の長髪の男が座っていた。こんな朝早くに来る人は一人しかいないだろう。

「おはようございます。スタノフさん」

 スタノフはゆっくりとこちらを振り返った。

「おはよう優珂くん」

 思いのほか優しい目線だった。こちらを見つめてくるグレーの瞳はいかにも優しそうだった。だが、優珂は一切の油断を許さず、話を切り出した。

「あなたとなら長話も面白そうですが、生憎今日は時間制限があるため、本題に入りましょう」

「そうだな、そうしよう。今回の作戦の新兵器というのがあっただろう?君ほど頭がいいなら推測は出来ているだろうが、今回の新兵器はあの超電導ライフルだ。あれは間違いなく壁を吹き飛ばすことができる。そして、あのスーツを着る役割を担うのが高機動独立小隊の面々だ」

「ということはイリヤ伍長もですか?」

「そうだ。あのスーツは現在5着が完成している。その中で、スーツを使いこなせているのは4人。そして一着が余っている」

 優珂の瞳が少し揺れた。

「どうだ?最後の一着を着てみないか?」

 どうする?あまりに渡りに船すぎる。こちらには何もデメリットがないことがとても不審だ。この人は恐らく、いや、間違いなく損得を重視して動く人だ。その人がこんな提案をするはずがない。目的を徹底的に思案する。

「なぜ私に渡そうとするのですか?ほかにも優秀な士官はいるはずでしょう。例えば同じ小隊に所属しているルチア・フェレイラも計算能力も問題なく、戦闘能力としても申し分ないはずです」

「そうだな。ルチア士官も候補の一人ではあった。だが、私が君を選んだんだ」

 優しかった灰色の瞳が狼のように鋭くなる。

「君なら、私たち以上に使いこなせるだろう?」

 爛々と燃えている目は、決意の色が宿っていた。だが、それに怯む優珂ではない。その目を冷たく見下ろして言う。

「ですが、理由はそれだけではないでしょう?」

「どうしてそう思うんだい?」

「簡単です。あなたについての情報を徹底的に洗い出しましたから。計算高く味方を数としてしか見ていないあなたを信用するわけがないでしょう?」

 数秒、激しい視線が交錯する。そしてスタノフは苦笑した。

「まさか、そんなに調べ上げられているとは思わなかった。今回は完敗だな。それじゃあ目的を話そう」

 優珂は表情を崩した。が、心はより一層引き締めていた。おそらくこの会話も織り込み済みだと考えるべきだろう。

「今回の目的は、君とのコネクションを作る事だ。私は君が戦いを終わらせる鍵だと考えている。だから君と接点を持ち、よい印象を抱かせるのが目的だったが、どうやら逆効果だったようだな」

「いえ、こちらも勝手に調べて申し訳ありません。目的は分かりました。そういう理由ならスーツを使わせていただきたいです」

 優珂はこの目的がフェイクだと感じた。だが、真の目的が何だろうと、目的として自分との長期的な接触を示唆してきた以上、直接的な害をなすものはないだろうと優珂は判断した。

(利用されるなら逆に利用してやる)

「ありがとう。そういってもらえて嬉しいよ。今後、また追って連絡する。あぁ、あともう一つだけ。イリヤ伍長は実は紫が灰色に見えるらしいんだ」

「え、えぇ。そうなんですか?」

 返答は期待していなかったのだろう。さっさとスタノフはジェットバスへと入っていった。その後ろ姿は、独り群れを置いてきた狼のようだった。

(紫とピンク…それでどうしろと?意図が分からない)

 分からないものは仕方ない。気持ちを切り替えるために一度かぶりを振った。

「もう06:00か、朝から疲れたなー」

『優珂,06:00起床』

 送ると、洗面所へ向かい、レールに乗るのだった。


「敬礼!」

「休め!」

 圧倒的な緊張感。そう、これから私たちは戦場へと向かう。少しだけ周りをちらっと見ると、レオンもカリムも、ルチアでさえも厳しい表情をしていた。

「今日からお前たちは守られたひよこではなく、バケモノどもを殺す鷹とならなけらばならない。昨日中将からもお言葉があっただろうが、お前たちは驚くほど成長した。その力を、存分にふるってほしい」

「敬礼!」

「休め!そのまま第一中隊から乗車する」

 そう、最後のセレモニーが行われていたのはこの機域から出て行く列車、電磁鉄道のホームだ。電磁鉄道はかなり高速での移動ができる。だいたい時速500kmで運用されるが、最高時速は700kmともいわれている、25両の大型列車だ。戦闘物資ではなく、もっと軽いものや、人などを高速で輸送するのが目的の列車である。

「ひゃっはー!」

 寝台にカリムが飛び込んだ。一両に15人乗りこんでいる列車は、一両が6つのコンパートメントに分かれている。一つは貯蔵庫、残りの5つは客室へと改造されていた。一部屋3人の相部屋で、カリムとレオンと同室だった。

 窓から見える景色は、ガイドレールばかりで少し味気ない。だが、ガイドレールの模様が流れていく速さがかなり面白かった。

「対空砲の当番は俺たちからだからさっさと行くぞ」

 そういうとレオンと一緒に外に出た。するとカリムが急いでついてきた。

 一番後ろの車両に用意されている対空砲車両は、合計3基の砲身と、観測用のレーダーが装備されている。砲手三人と観測手三人の計6人で運用する設計だ。

 同じコンパートメントにいる第一小隊の6人で当番をする。ただ、リラとルチアは女性用車両にいるため、当番は同じではなかった。

 優珂は砲身の操作席に座り、レオンとカリムは観測手の席に座った。

 一応当番として座っているが、まだまだ機域の内側で、ミサイルが飛んでくる可能性はほぼなかった。

 だから、緊張感が続いたのは最初の15分だけだった。だんだんと口が緩み、余計な話をしていた。

 一回だけ上空で何かが反応して空気が引き締まったが、おおきな雉が飛んでいただけであった。

 そのまま1時間の当番を終え、部屋に戻る。

「ねえひまー、することない。レオンー」

 静かに読書していたレオンの後ろに齧り付いた。

「邪魔だ。する事ないなら筋トレでもしてろ」

「ねえ優珂ー」

 先生と新型モビリティスーツについて話していた優珂は言った。

「今集中してるから後にして」

 カリムは思いっきり不貞腐れた顔をした。童顔のカリムは髪を左右に分けている。紫色の瞳は、心まで覗き込まれそうなほど深かった。

 そして、何も言わずただただ見つめてくるカリムに根負けした。

「はいはい、わかったよ。どうしたのカリム?」

「雉っておいしいの?」

「この食いしん坊め。雉は結構おいしい部類の野鳥だよ。柔らかめの肉質に、さっぱりとした後味がとてもおいしいよ。ただ、さっぱりとしすぎてもいるから、油を使った料理がおいしいよ」

「そうなんだ!食べてみたい」

「今度伍長に許可を取って狩猟してみる?」

「ほんと!楽しみだなー」

「うまくできるかは分からないけどね」

 話している途中に思わずあくびが出てしまった。

「優珂、眠いの?」

「まあ、少しだけ。でも気にするほどじゃないよ」

「いや、でもこれから行くのは戦場だよ。今のうちに寝ておきな」

 さっきとは少し違う心配の混じった表情に心が温かくなった。

「じゃあ、少しお言葉に甘えさせてもらおうかな」

 腰かけていた寝台に体を投げ出す。ふかふかの布団は体を優しく包み込んでくれた。ほどなくして心を静めていくといつの間にか寝てしまった。

「レオン、前から思ってたけど、優珂って寝てるときほんとに幸せそうな顔するよね」

「お前もうちょっと声落とせ。が、わかるな。優珂は普段は優しいが、ふと表情の間から冷たさを感じる」

「そうだね。多分僕たちよりいろいろ考えて頑張ってるんだろうね」

「今はゆっくり休んでもらおう。これから忙しくなるぞ」 

 列車が前線の手前の駅、フェンデに到着するまであと4時間。日は頂点に差し掛かろうとしてい…

「ん!」

突然サイレンが鳴った。

 心拍数が跳ね上がる。

「上空に飛翔物を確認、直ちに迎撃する。衝撃に備えよ。3,2,1」

アナウンスが聞こえた直後列車がかなり揺れた。

「優珂!」

カリムとレオンが駆け込んできた。

「いよいよかな?」

 ベットから飛び起き、事前の訓練通りにコンパートメントの前で整列した。

「迎撃成功、列車は破損なし。臨時体制を解除」

 アナウンスにほっと一息をついた。

「せっかく並んだのに」

「お前はほんとに黙れ」


 ほどなくして列車はフェンデに到着した。少しの予定外はあったが、時間には一切の遅れがなかった。

 ここからは各中隊ごとに与えられる軍用車での移動になる。列車から降りたあと直接軍用駐車場へと向かい、中型装甲車へと乗り込んだ。装甲車は30人が乗ることができる中型とは名ばかりのかなり大きな車だ。ここから約一時間、セリオン通信拠点へ荒野を駆け抜けてもらう。

「ルチア、イリヤ伍長は?」

「聞いてなかったの?あの人は別行動だよ」

「え、そうなの?」

「お前、聞いてなかったのか」

「ひょっとして不安で緊張してきちゃった?」

「まっさかあ。そんなわけないでしょ」

目を見つめ、ふふっと笑いあった。


『こちら対空車1-1準備完了』

 カリムの声が聞こえた。

『こちら対空車1-2準備完了』

 次々と報告が飛んでくる。

『こちら作戦本部より通達。これより、セリオン通信塔奪還作戦、呼称名、風穴作戦を開始する。全隊、発進』

 一斉に車が動き出す。これは電撃作戦だ。相手の予想していない速度での大隊規模の作戦、チャンスは一度きり。

 おそらく1時間ほど走っただろう。

『敵長距離砲射程内に侵入する。スモーク展開!』

 対空車の偶数番からスモーク弾が大量に放たれた。一気に視界が一切効かなくなった。

『感知をセンサーに切り替え。その編隊を崩さず進軍する』

『後方の対空砲の配置が完了しました』

『それでは一度止め、対空車の人員を再分配する』

 対空車は移動が速いところが利点だが、安定性は対空砲に大きく劣る。そこで、対空車で進軍し対空砲をできるだけ前に設置する戦略をとった。

「やっほーカリム、レオン。出番無くて残念だったね」

「まったくそうだね」

 対空車からカリムとレオンが乗り込んできた。

『それではスモークを突破する。迎撃を警戒しろ!』

 一斉に装甲車が動き出す。荒野を走る車の荷台は再び荒々しい風に包まれた。

 視界が開けた。左右を見ると、多数の装甲車が一気に飛び出していた。通信塔まであとおよそ500メートル。

「熱烈なお出迎えが来るぞ、衝撃に備えろ!」

 通信塔から大量のミサイルが飛んできたが、大半が後方部隊の対空砲に撃ち落された。いくつか着弾したものが激しい爆炎と煙を上げた。

「きたきたぁ!」

 優珂はワクワクした気持ちと笑顔を抑えきれない。第一中隊の面々は恐怖よりも圧倒的な興奮が体を満たしていた。

 体に憎悪が満ちる。

 250メートル。

「第二射がきたぞ!かっまえろー!」

 今度は後方部隊が完璧に迎撃をした。

 少しずつ壁が近づいてくる。高さは事前情報通り

「上がド派手で面白そうだね」

「ちょっと優珂ハイになりすぎじゃない?」

「そう?僕の素は多分こんなもんだと思うけどね」

『あと100メートル。第二作戦開始』

アナウンスの直後、3台の車が飛び出した。その真ん中の車、運転席の上に座っている人を見て目を見開いた。

「イリヤ伍長!?」

 伍長は白色の新型スーツを着ていた。そして、手にはあのライフルが握られていた。ヘルメットをかぶる。

「跳んだ!」

 装甲車の上から飛び上がった伍長は美しい所作で空を舞った。

 物理法則に反するかのような動きで60メートルを飛び越え、通信塔の根元へ一瞬でたどり着いた。着地はふわっと空気を蹴るように優雅な動きだった。

 塀の上から無数の銃弾が降り注ぐが、一切の動揺を見せずに銃口を外壁に押し当てた。

 似たような動作で新型スーツを着ているほかの二人も塀に押し当てた。

 刹那、壁に光が走った。どんどんと赤くなっていく。

『総員、耳をふさぎ、目を閉じろ。3,2,1,撃て』


 瞼越しの閃光、轟音。響動き、地が絶叫する、激震。

 音で内臓が揺さぶられる。耳をふさいでいなければ頭が割れていただろう。

 えげつない量の砂ぼこりが肌を打ち付ける。


 (おさまったか?)

 ゆっくりと、恐る恐る目を開ける。

「………!」

 目の前は様変わりしていた。立派に立っていた壁が一部分崩れ、20メートルほどの瓦礫の山になっている。

『総員、内部へ突撃!』

 はっとした。そうだ。これはまだ始まりに過ぎない。気持ちを切り替えた。

 そして、優珂は周りも見ずに駆け抜ける。瓦礫の上は走りづらいはずだがそんなことは一切感じず、ただただ快感の上で走り抜け、瓦礫の上から飛び降りた。下には迎撃のために中から出てきたのだろう、1個中隊のお出迎えがあった。

 突然上から降ってきた優珂に呆気にとられる間もなく、二人、優珂の銃剣により脳天を打ち抜かれた。周囲に臓物のにおいが充満する。優珂は血しぶきがかかるのも気にせず笑っていた。

(バケモノ、案外こんなもんか。にしてもほんとに顔が真っ黒だ)

 右側の建物へと素早く回り込み、射線を切る。

"周りは何人?"

"建物の左に先ほどの28人、右側からも6人来ます"

"あいつらの到着は?"

"あと1分ないぐらいかと"

「十分♪」

 左側に対して榴弾で牽制し右側へと躍り出た。

 挟み撃ちする想定だったのだろう。思いっきり突っ込んできた優珂への対処が遅れた。低姿勢で即座に近づき、2人の喉元を銃剣の先で掻く。そして、血しぶきの中で狙おうとしている奴に思いっきり組み付き、銃の柄で後頭部をたたいた。押し倒したことで仲間にも弾が当たる、3人は優珂を撃つことに一瞬の躊躇が生じた。また2人、赤い花が咲いた。そして、最後の1人の胸に銃剣を深々と突き刺した。

 バッグ背負っている、さっき倒して気絶させたやつの首をさっさと刺して、そのまま左側の奴らに攻撃しようとする。が、斉射する銃声が響いた。

(なんか違和感があるんだよな)

「リラ―、残しといてよー」

「1人で先に突っ込んでおいてよく言うよ」

「ほんとにねー優珂の囮のせいで瓦礫の上から斉射するだけで一個中隊終わっちゃったよ」

『第一小隊、ネーム シケーダ01 リラ、指揮権を持ちます』

『こちら本部、シケーダ01了解。そのまま南棟から侵入。室内戦へと移行せよ』

『シケーダ01 了解』

「優珂とルチアを先頭に、このままなだれ込む」

「了解」

 建物は4つの塔と真ん中の中央塔がくっついた形をしている。その中の中央塔にある指令室を狙うのが自分たち、シケーダ01の目標である。

"左から10人来ます"

「10人、左から来るよ」

「了解、接近戦に持ち込むよ。噴射加速装置、起動!」

 一斉に速度が上がり、滑るように移動しはじめた。

 優珂は曲がり角を曲がる瞬間、壁を蹴って一気に加速し、集団の懐へと突っ込んだ。

 交互射撃をしようとしていたバケモノは一気に陣形が乱された。そこにルチアを先頭に突っ込むと、なすすべもなく殲滅された。

「負傷者はいる?」

「負傷者なし」

「それではこのまま進みます」

 リラの指示で再び進行を開始した。

『本部よりシケーダ01、バケモノの集団とベアー02がエンゲージ。シケーダは挟撃せよ』

「本部指令だ、援護に行く。ついてきて」

 速度を上げて走る。螺旋階段を下りていると先生から連絡があった。

"二つ下の階正面から敵部隊、数は20"

「2つ下の階、来るよ。数は20」

「おっ先―!」

 ルチアが螺旋階段の真ん中に飛び込んで二つ下の階へ行った。

「ずるい!置いてかないで」

 遅れて優珂も飛び込もうとしたが、レオンに捕まえられてしまった。

「バカを援護するよ!急いで」

 ルチアはバケモノの上を一気に飛び越えて、バケモノの視線を釘づけにしていた。

 がら空きの背中を螺旋階段の反対側から一斉に射撃した。効果はそこそこ、半分ぐらいが死傷しただろう。ザックを背負っている奴らも倒れた。その攻撃でこちらの存在に気づいたのだろう。射線を切ろうとしたタイミングで「撃て!」と声が響いた。

 追ってきていたベアー部隊が今度は優珂たちに気を取られた隙に反対側から射撃された。

「シケーダ01、援護に感謝する」

「ベアー02、問題ない」

『シケーダ01、ベアー2援護完了』

『了解。引き続き指令室の急襲作戦を実施せよ』

『シケーダ01、了解』

「リラ、この螺旋階段、指令室につながらないように作られているけど、途中の壁をぶち抜いたらかなり早く到達できそう」

「カリム、それ面白そうね。賛成、やってみよ!」

 すぐさまポイントへと向かい爆弾を設置した。

「起爆するぞ、3,2,1」

 爆発音が響き、奇麗に穴が開いた。再び進んでいると、向かってくる反応を見つけた。

「爆発音につられて来たね!」

 リラはいつの間にか閃光手榴弾を握りしめていた。表情は晴れ晴れとしていた。

「いくよ?」

 刹那、廊下に光が満ちた。30秒後にはバケモノの死骸が廊下に転がっていた。

「それにしても、あまりに手ごたえがなさすぎない?」

 死んだあとも顔が黒く染まっているバケモノをいじりながら優珂は言った。

(ん?)いぶかしげな様子を見てレオンがもの言いたげにこっちを見たが、些細な事だったため大丈夫とサインをした。

『こちらシケーダ01、通信室の奪還を完了』

『こちら本部。了解』

『このまま掃討戦に移行しますか?』

『いや、バケモノは撤退しているため、その必要はない。少し待機しろ』

『ラジャー』

「リラ、本部は何だって?」

「バケモノが撤退しているらしくて、待機だって」

「あいつらはここで籠城戦するつもりだったのだろう。それがあんなことになったんだ。撤退するのも無理はない」

「なんか優珂はまだ納得してない様子だけど?」

 優珂はイリヤ伍長の言葉を思い出していた。「バケモノは、恐怖心があるのが弱点。逆に、優秀なところは、徹底的に周到なところ」

「バケモノが何もしかけてこないはずがない…」

 自分だったらどうする?この通信塔はないほうが都合がいいはずだ。それなら放棄するぐらいだったら破壊したほうがいい。どうやって…?

「リラ、やばいかも。至急確認しなきゃいけない事がある。レオン、カリム、ついてきて!」

そのまま通信室を飛び出した。

『いきなりどうしたの?優珂?』

『あいつらはこの塔に爆弾を仕掛けて回ってる可能性がある』

『何を根拠に?』

『あいつらは接近戦に明らかに必要にないリュックを背負っている奴が多かった。資料とかかと思ったけど、下で殺した奴らもリュックを持ってたんだよ。それに、バケモノは宇宙からの観測でこの大規模作戦を数時間前から予知していた。なのにほとんど迎撃の準備がされていなかった』

『でも、それは籠城戦を考えていたからでは?』

 螺旋階段を飛び降りたが、レオンは今度は掴まなかった。

『だからこそ、負けた時の保険をあらかじめ用意していたんじゃないかと思ったんだ』

 さっき殺したバケモノのザックを漁る。

『ビンゴ!中に大量の爆薬がある』

「カリム、レオン、爆弾があった。こっちに来て。それで、これどんな爆弾?」

「爆薬の量的には塔の一部を爆破する程度の威力しかないが、対人よりも対物を意識した爆薬だから量があると倒壊する可能性もあるな」

「こいつ、外部信号で起爆するタイプだよ。ということは…」

『リラ!こいつは外部信号で起爆する。目的はバケモノが脱出し次第、通信塔を破壊すること』

『まずいね。バケモノは西門から逃げているから、ほかの部隊が追撃しているらしいよ』

『もうすぐこの中にバケモノはいなくなるのか…』

『この塔から退避させたほうがいいわね、本部に掛け合ってみる』

 通信塔を失うのはとんでもない痛手だが、このままだと倒壊に巻き込まれる危険性があった。

『そうだね、そうしよう』

『いや、まだその判断は早いな』

 突然誰かが暗号化チャットに割り込んできた。IDにはディミトリ・スタノフと書かれていた。驚いたが、今はそれどころではない。

『スタノフさん、なんか手段があるの?』

『簡単だ。この通信塔をジャミングすればいい。そうすれば爆薬が点火せずに時間が稼げる』

『確かに、合理的ね。掛け合うわ』

『スタノフの希求だということを伝えろ。そのほうが早い』

『こちらシケーダ01、本部、応答願う』

『こちら本部、シケーダ01どうぞ』

『ディミトリ・スタノフの希求です。この通信塔にジャミングをかけてください。通信帯は…』

「カリム、早く」

「待てって、優珂…出たよ、8GHz帯」

『8GHzだ、リラ!』

『通信帯は8GHz!至急要請する』

『こちら本部、スタノフの希求とのことですぐに実行に移します』


『全体通達。こちら本部、只今からこの通信塔にジャミングを使用する。そのため、追撃はこれにて終了。通信塔に再集結せよ』

『ザーーー』


「はーっ。一気に疲れたね」

「同感だ。撃ち合っているときは感じなかったのだがな」

「レオン、カリム、ここで気を抜くとどうなると思う?」

 優珂は遠い目をして問いかけた。

「げっ」

 螺旋階段の手すりに腰かけていたのはイリヤ伍長だった。

「イリヤ伍長!なんでこんなところにいるんですか?ねえ、優珂気づいてたなら言ってよ」

「お前らがそろそろ気を抜く頃合いだと思ったからね。というのは冗談で一応、大丈夫だとは思っていたけど、教え子が心配でさ」

「とりあえずリラたちと合流しましょう」

さっさと背を向けて螺旋階段を上がろうとしたとき、頭にぽんっと手が置かれた。

「おつかれ、優珂」

 優珂は黙って頭を撫でられていた。撫でられるのは少し気恥しかったが、案外心地の良いものだった。しかし、撫でているイリヤが、少し悲しそうな顔をしていることには気づく由もなかった。

「リラ、お疲れー。とりあえず爆弾を一か所に集めようか」

「それでは外で集合弾を上げますね」

 外に出ると、伍長はポケットから爆竹を取り出して火をつけた。それが打ちあがると、黄色い光が上がった。それから15分ほどで全部隊が集まった。そこでイリヤ伍長による説明が入る。各塔の爆弾を外壁の外へと捨てる作業が始まった。第一中隊は東棟の爆弾を探し出す役割だった。

「たぶん、そことそこ、あと左側の柱らへんにあるだろう」

「さっすが爆薬のスペシャリスト、壊しやすいところがパッと分かるんだね」

「バケモノどもも爆薬に精通している者がいるようだ。だからこそ見つけやすいのだが」

「もう結構出したんじゃない?」

 約2時間作業をし、爆弾数十塊を外へと投げ捨てていた。

「爆弾探知機にも、もう引っかからないね」

 このあたりの爆弾を処理し終えた第一中隊は第4,5中隊の援護に回った。その日はバケモノが通信塔の奪還に来ることもなく、爆弾の処理で一日が終わった。そして、夕食を食べていると隊長が全員に通達した。内容は完全に爆弾が集められたことが確認されたからジャミングを切るとのことだ。

「ジャミングを切るぞ、耳をふさげ!」

 そういうと、塀の上に立っている兵に合図を出した。すると、敬礼してライトをチカチカと数回点滅させた。直後、爆発音があたりに響く。数百個の爆弾が同時に爆発したはずだ。だが、全く、まっったく、新兵器兵器の威力には届いていなかった。あの兵器は骨まで揺さぶられる音がする。その証拠に後で塀を確認したときには、かすり傷一つついていなかった。

 それから少しの通信テストを行い、当直を決め、休みの時間に入…るつもりだった。だが、一件の連絡がそれを許さなかった。

『来い、スーツの話がある。場所は外壁の上だ。 ディミトリ・スタノフ』

 外壁についている昇降機に乗る。それは春の兆しを感じさせる、冷たさとぬるさが同居する風が吹いていた。

「スタノフさん、用件は何でしょう?というか大丈夫ですか?それ」

 スタノフは右肩に痛々しそうな包帯を巻いていた。気持ち少し顔が青い気もする。

「いや、気にしないでくれ。べつに被弾したわけではないからな」

「じゃあ何があったんですか?」

「最初に新兵器を持った3人が壁に穴をあけただろう?そのうちの一人が私だったんだ。あれは途轍もない威力だが、当然反動がある。正面から受けたら、体が消し飛ぶほどのな。だからあの威力で撃つと、後ろ側の空へとぶっ飛ばされる仕様なんだ。だが、完全には反動を消せなくて、肩が外れた。まあ、その程度で済んだならいいほうだろう」

「なんなんですかそれ?安全性は皆無ですね」

「まあ、崩れてくる瓦礫をよけなきゃいけないし丁度いい」

「聞こうと思ってたんですけど、そうやって瓦礫の下敷きを回避していたんですね」

「と、いうわけで過去の話はここまでだ。これからの話をしよう」

 手をパンっと打ち鳴らし、真剣な表情をした。

「これにて我々はこのセリオン通信拠点を奪還することができたのだが、今だ三角州にいる友軍が危険な状態なのは変わりがない。そこで本部は、先遣隊として高機動独立小隊を向かわせることとしている。そして、それに伴って我々はとある申請を出し、それはもう受理されている」

「その申請とは?」

「カリム・ハッタド、レオン・マイヤー、ルチア・フェレイラ、そして優珂、4人を高機動独立小隊に編入させるという内容だ」

 それを聞いても驚きはなかった。先遣隊が必要なことは分かり切っていたし、それが4人では少ないということもわかっていただ。

「まあ、そんなところですよね」

「君は驚かないのだな。そもそも海軍のラインや、友軍が包囲されているのは伝えられていないはずなのだが」

「ええ。予測できる範疇ですから」

「まだもう一つある。優珂、君にスーツの五着目を与えよう。本来なら専用の訓練が必要だが、君なら必要ないだろう?」

「いえ、それはさすがにリスクが…」

「問題ないだろう?」

 有無を言わさない態度でスタノフに押し切られた。実際、伊田木先生がいる以上、問題ないだろうが、先生が存在を隠したがっている以上、いきなり使いこなすのはよくないのではないか?という考えが浮かんだ。

"いえ、問題ないです。活動履歴の消去及び偽装は問題ありません"

 ならいいか。てか伊田木先生ワクワクしてない?

 だが、それを悟らせないように不承不承といった様子を演じて返答した。

「はい…分かりました。ですが、一つだけ質問よろしいでしょうか?」

 スタノフは眉をひょいっと上げた。

「なぜリラは高機動独立小隊としては動けないのでしょうか?彼女なら能力は十分なはずですが」

 怪我をしていないほうの手で小銃を弄びながら、即答はせず少し考えた。そして、話始めた。

「彼女は、とても優秀な戦術家だ。それこそ、連れて行けば成果を必ず上げるだろう。だが、この小隊には私がいる。戦術家が複数同じ場所にいるのは無駄が大きい。それなら、独自の情報網としての役割も担ってもらい、残ってもらうほうが良いと判断をした。イリヤ伍長には反対されたが、説明したら一定の理解はもらえたからな」

優珂は外壁の手すりに腰かける。前線に近いこの場所に住むものなど当然いない。明るい通信塔の反対側には闇が広がっていた。

(恐らく、この人のはリラの影響で統率が乱れることを恐れているんだろうな)

 そう、優秀な戦術家は、偵察でチームを一つにすることはあり得ない。まず間違いなく細分化して探索範囲を広げるだろう。それなら優秀な戦術家は複数人いたほうがいいのだ。

"そうですね。これからもスタノフの指示は従ったほうが良いと思いますが、疑う事はやめないほうがよいでしょう"

うん。そうだよね。 あれ?そういえば、考えただけだけで伊田木先生答えてない?

"気のせいです"

 なわけないだろ。だが、伊田木先生のことは唯一、完全に信頼している。だから全く気にしていなかった。

「こんばんは、ディミトリ。この子が君の言っていた、5着目のスーツを着る子ですか?」

 優珂はくすっと笑った。振り返ったスタノフの目が、あまりにもわかりやすくめんどくさそうだったからだ。

 話しかけてきたのは少し年上の女性だった。茶色がかった黒色の目に、闇と溶けだしそうな髪を持っていた。そして、その人はリラの高機動独立小隊リストに載っていた一人だった。まとっている空気は落ち着いていて理性的。

「セルメイヤ・ヴァノさん、で間違いないですよね?」

「はい。私はセルメイヤで間違いないですよ。優珂さん」

 どうやら調べているのはお互い様らしい。にこにこと柔和な笑みをお互いに張り付けたまま見つめあった。はたから見るとほほえましい光景だが、空気は冷え切っていた。スタノフの様子をちらっと見ると、我関せずと無視を決め込んでいた。

「ふふっ、セルメイヤではなく、セルでいいですよ」

「それではセルさんと呼ばせていただきますね」

 セルメイヤ・ヴァノ、リラの調べた内容では、スタノフとは違った方面でとんでもない軍人だった。人物像は、どんな時でも冷静にリスクを見極め、安全を徹底する論理的な人と書かれていた。スタノフは常に、少しの犠牲を払えば、必ず120点の戦果を出すとするならば、セルメイヤ、改めセルは、犠牲を全く出さない代わりに、70点の戦果を取り続けるような人物だ。だから、危険を仲間に強要するスタノフとの折り合いが合わないのだろう。まあ、それで死んでいないのがイリヤ伍長なのだが。

「それよりディミトリ、そんな体たらくで明日からの特殊作戦ができるとお思いですか?」

「いや、この包帯は見た目よりは悪くない。もう痛みも全くないしな」

「そうですか。それなら良いですが、もし少しでも問題がありそうなら貴方を容赦なく送り返しますから、ご覚悟を」

「相変わらず君はほんとに私が嫌いなのだな。だが、今は新人の目の前だ。あまり不安にさせないほうがいいだろう」

「まあ、それも一理ありますね。ですが、私はあなたの危険性を警…」

「はい、はい。喧嘩はそこまで。僕はイリヤ君じゃないから円満に収めることはできないけど、かわいい後輩を置いてけぼりにするのは感心しないよ」

 引き締まった体をしている人がほとんどな中で、ふくよかな体なことに少し驚いた。

「こんばんは、優珂くん。私はエンリケ・モラレスだよ。知っていると思うけど、高機動独立小隊に今は所属しているよ」

「こんばんは、モラレスさん。よろしくお願いします」

「今夜は挨拶だけだから、もう休んでもいいよ。明日、また会おうね。おやすみなさい」

「はい。おやすみなさい」

 そう言い、3人に敬礼し、背を向ける。優珂は昇降機に乗り込んだ。

 下に降りると、軍事補助エクステントの人たちが到着しているのが見えた。明日からはもう少しおいしいご飯が食べられるだろう。

 床に就くと、すぐに睡魔が襲い掛かってきた。心地よい。温かな気持ちのまま意識は暗転した。


 重要

報告書 セリオン通信拠点奪還作戦 

作成者 第三大隊副隊長マティアス・ルンド 押印 第三大隊大隊長ディエゴ・アルバラート

・死者 2人

・重症及び戦線離脱者 4人

・戦果

奪還作戦は完遂。負傷者も想定の半分ほどで済んだ。

各大隊の第一小隊は精強な部隊だ。だが、第三大隊,第一中隊,第一小隊(以下シケーダ01)は、想定をはるかに超える部隊である。負傷者ゼロで三個の中隊を殲滅した。比にすると、一人当たり6体のバケモノを殺している計算になり、これは驚異的なことだ。

それに加え、シケーダ01副小隊長リラ・アサドと、高機動独立小隊隊長ディミトリ・スタノフの進言により、通信塔自体をジャミングするという、類まれな発想で通信塔の爆破を未然に防ぐことができた。ただ、通信塔の復旧には約4日かかる模様。

詳細は補足説明書、1,2,3,4,5を参照

・追記

高機動独立小隊隊長ディミトリ・スタノフの進言により、シケーダから4人を引き抜き、同小隊へ異動させることとした。それに付属して、ディミトリ・スタノフの進言から、シケーダ01一等兵優珂・白峰に新型モビリティスーツを支給することとした。


「あれが君の言っていた、"仮説"なのね」

「仮説はほとんど証明されたようなものだ」

「どこが証明されているのやら」

「一つ気になったんだけど、仮に、仮説が真だったとするよ。その場合、"仮説"に力を与えておくのは矛盾するのでは?」

「それに対しては対策を講じてあるから問題はない」

「対策?」

「内容を話すつもりはないな」

「ろくでもない事は理解したわ」

「でも、僕は"仮説"はとんでもない内容だけど、否定する要素は全く存在していない事は留意する必要があると思うな」

「だけど、これが真だったら…」

 沈黙が走る。そう。これが実証されたとき、広がっているのはあまりにも大きな虚無だけなのだ。

「これほど証明が怖い問題は初めてだね」

「ああ、私が言い始めたことではあるが、真であってほしくはないな」

「嘘でできた虚無の中、人は幸せだと言うことができるのかな?」

「随分と哲学的で詩的な言い回しじゃない?」

「そりゃどうも」

「だが、本質ではあるな」

 ぬるい風が体を撫ぜる。考えても仕方がないこと。だが、一笑に付すこともできない内容に心は沈み切っていた。

「まあ、今これ以上考えても仕方ない。今日はお開きにしよう」

「賛成。また明日」

「うん、あとで」

 2人はどこかへ行った。最後に残された男はゆっくりと、大きく呼吸をし、揺らぎかけた決意をしっかりと掴みなおした。

(私は、決して恐れない。虚無で結構。覗き込み、塗りつぶしてやろうじゃないか)


 いよいよ幕が上がる。救いのない、救いの物語。

次回は暗くなった空気を吹き飛ばす間章をお届けしたいと思っています。

投稿は29日月曜日です。

お楽しみに

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