スタート会
僕が自分の英語のできなさを呪いつつ、最低限、ラボの全員とカタコトの英語で話せるようになったころ、ニシ先生が[スタート会をやろう]と言った。
要するに決起集会兼顔見せ会らしい。
場所は大学近くの定食屋だ。大学から歩きで移動するのが良いらしく、土曜日の昼にラボに集合ということになった。
[よろしくお願いします。]
土曜日に僕が11時40分ごろにラボに着くとそこにはすでにほぼ全員が揃っていた。
[お、きたね。じゃあ残りは後一人だ。]
どうやら、僕は最後から2番目らしかった。
程なくしてインドから来たというポスドクの人が加わり、全員集合するとニシ先生の先導の元、みんなで定食屋に足先を向けた。
ニシ先生のラボは研究棟の3階にあるため、1階まで降りてから大学裏門から出て定食屋に向かう。
土曜日の昼下がりの裏道なので車どうりはほぼゼロである。それでも僕らはなんとなく2~から3列のような団子のような統制のとれていない列を作って定食屋に向かって行った。
先導しているのはニシ先生でポスドクの人と研究内容を話している。頑張って聞き取ろうとしてみたが、僕の英語力ではニシ先生の流暢な英語とインド人ポスドクの抑揚の強い英語からは何も聞き取れず、マウス、ラット、セル、マイクロスコープなどのこれまで聞き馴染みのある単語が聞き取れただけだった。その後ろでは3列を作り出した大学院生2人とポスドクの人がこれまた研究の話と住所の家賃問題について話していた。
[この定食屋は昔とは場所が変わっててね。私が院生の頃にはAキャンパス付近にあったんだよ]定食屋が見えてくるとニシ先生はそう説明した。
僕の通う大学はキャンパスが2つに分かれている。とはいえ、2つのキャンパスそれぞれはそう離れているわけではない。[在来線で一駅なので行き来は楽です]が大学広報部の主張だが、大学キャンパスは在来線に沿ってというより斜角45度で存在するため、[どちらのキャンパスも同等程度に駅前ではない]というのが学生たちの評価だった。結局のところ、大学生たちは自転車を使ってキャンパス間移動を行うのだった。
[それではニシ研のスタートアップということで乾杯。それぞれ自己紹介をお願いしようかな]
僕らは奥まったところのテーブル席に案内されるとニシ先生の音頭でそれぞれグラスを掲げ、乾杯を行い流れで自己紹介となった。ラボ内では顔は合わせているのだが、お互いのバックグラウンドなどまでは詳しく知らない。
[それでは実は顔合わせが初の人もいるし、自己紹介と行こうか?まずは自分から。ニシです。この大学の卒業生で博士課程まではここだけど基礎科学研究所で研究員をしてからアメリカの国立生物学研究所に行ってその後1年前から弊大学に戻ってきました。よろしく]
そしてニシ先生はそのまま英語に切り替えて同じ内容を話した。僕は対訳があるとこんなにも英語はわかりやすいのかと妙なことに感心しながら聞いていた。
その次にインドから来たというポスドクの男性やニシ先生とともに教授の研究室から来た大学院生の女性が自己紹介を続けた。
[Hello. Nice to meet you. This is Kumar. From India]
[ハセガワです。ニシ先生とは2年くらいの付き合いです。現在、博士課程にいます。]
皆が思い思いに自己紹介をする中で,そろそろ僕の番だなと思って頭の中で準備している際に後ろから声をかけられた。
[すみません。お食事をお持ちしてもよろしいでしょうか?]
定食屋のアルバイトらしい学生(ということはほぼ僕と同世代だ)が恐る恐るといった感じで声をかけてきた。
[あ、はい。えーっと。] ニシ先生とちょうど自己紹介中だった台湾出身の学生の方(ワンさんという男性で博士課程らしい。)に目配せをする。
[あ、じゃぁ、もう持ってきちゃってもらって。紹介は来てからでも良いよ。]ニシ先生がそう言ったため、
自己紹介も終わると思い思いに飲み食いしながらの雑談タイムになだれ込んだ。
案内されたテーブル席は元々,1つが4人がけのテーブル席であったものを2つつけた形で一番奥側にニシ先生やクマーラさん(インド人のポスドクだ)や大学院生のハセガワさんが座り、僕は逆の端に座っていた。向かい側は留学生の彼女だ。
隣ではワンさんが他の院生と家賃や出身地の話について話していたが、各国からきている彼らに比べると僕は格段に話せる話がない。
何か話題に食われる話はないかと考えていると向かい席に座っている彼女の側から話しかけてきた。
[キミはいつカラここにいるの? ]
[えーっと、いや、このラボはできたばかりだから、この間からだよ。同じタイミングで配属されなかったっけ?]
僕の頓珍漢な答えに隣の話題で盛り上がっていた大学院生が軽く吹き出し[この土地にって意味だよ。]とこづいて教えてくれた。
[ああ、そういう意味か。大学入学時にこっちにきたから3年前からだね。出身はもっと別の場所。ところでキミはいつ日本に来たの?日本語上手いけど。]
[上手いって言ってクレてありがとう。かなり勉強したの。日本には1年前に日本語を勉強しに来ました。そこから日本にイます]
そこに台湾からの大学院生のワンさんが加わった。
「語学学校か。懐かしいです。日本に留学するには日本語できないとですから。」
日本に来るなら日本語ができないといけないのは当たり前だろうと考えてから、外国出身と言っていたポスドクの人たちはほぼ日本語ができないということに思い当たる。
ワンさんが説明してくれたところによると日本に来るための留学用のビザというのは国によってはまちまちで国/大学によっては[日本語能力試験何級]と言った要求をするらしい。
弊大学は厳しめの基準を置いており弊大学の留学生は日本での生活は困らない程度には日本語ができるらしい。ここでいう[困らない程度]とは[一人で病院に行くことができる]というくらいで,これはかなり日本語を話せないとできないことのはずだ。
逆にいうとそのレベルを突破してきているワンさんや彼女はかなり優秀であるということになる。
僕はニシ先生の日英対訳スピーチを思い出し,次映画を観る時は日本語字幕、英語音声で見てみようと思いながら帰路に着いた。
大学近くの定食屋は何十年と存在して歴史も記憶も受け継がれているけど、歴史の中で場所が変わっていたりしますよね。




