プロローグ 背景 10年前の僕らへ
中核市くらいの市に拠点を置く大学が舞台の恋愛小説です。
「久しぶりね。チャットの連絡はちょくちょくしていたけど、実際に会うのは数年ぶりかしら?」
彼女はそう言うと手提げ鞄を持ってない方の手を軽く振った。
その薬指に指輪が光っているのを見て、僕の中で色々な感情と疑問が渦巻く。
「ほぼ2年ぶりじゃないかな?キミが2年前に日本から出る直前に1回会ったっけ。」
僕もそういいながら軽く手を上げる。視界の端の自分の薬指にはもちろん何もはまっていない。それをちらりと確認しながら、先ほどの感情は親友に先を越されたことによるくやしさらしいと結論付けた。
大学最寄り駅のカフェで待ち合わせ、ということになっていた。
大学時代は主に値段の関係からついぞ入ったことのなかった駅前のカフェを待ち合わせ場所に使えるようになったことから、嫌がおうにも人生のステップが上がったことを再確認する。
このカフェは学生街にありながら、学生をターゲットと考えていない値段が昔から有名だった。
学生御用達の大盛ラーメン店の最安値とこのカフェテリアの通常サイズパフェの値段が同じということもあり、学生時代は絶対に行くことはなかった場所である。このカフェ名のタグを付けてSNSに件のラーメン店のラーメンの写真を上げる遊びは僕らが学生の頃から良くあった。
そのせいでSNSの位置情報タグがずれ、このカフェにSNS由来のMap機能だけで行こうとした哀れな人達が大盛ラーメン店に案内されるという被害が何件かあったらしい。
それでも、いまだに潰れていないことを考えるとこのタイプのこじゃれた店の需要は常にあるらしい。
チャットの連絡で僕も彼女も、普通とはほど遠い人生を送ってきたことは把握しているが、学生時代は遠い思い出となり社会人になりきってしまったことに妙な感慨を覚えた。
学生と社会人の違いは毎年、何かしらの形で感じていたが、今、こうして特に感慨を受ける理由は容易に想像がつく。
僕の学生時代において彼女と関わっていた1年が非常に印象の強い期間であったのだ。
水族館のようなガラス張りの壁沿いの2人向けボックス席をとると、僕はメニューを開いた。
二人で横にならぶ場合ならメニュー1つで回転させずに済むので助かるのだが、生憎と向かい合う形なのでお互いが90度の角度でメニューを覗き込む。
ほどなくして「季節のタルト」と「コーヒーゼリーパフェ」が猫型ロボットで運ばれてきた。
「で、最近はどう?」彼女に尋ねられる。日本出身ではないが東洋系の中でも特に日本人よりの顔だちと10年近く日本在住によるネイティブ並みの日本語がそれを全く感じさせない。
「仕事はまぁまぁ。辛いこともあるけど、それだけのやりがいも報酬もあるし。」
[今はハードウェアよりのシステムエンジニアだっけ?昔はあんなにハードウェアは嫌いっていったのに。もう、やりたくないって。]
からからと笑いながら彼女が言う。
僕の近況だけでなく、昔の言葉まで覚えていたことを少しうれしく感じる。そして、うれしく感じてしまった自分を残念にも感じる。
[良く覚えているね。]
[覚えているわよ。あなたがいつだったか言った言葉じゃないけど、あの1年は”本当に色々なことがあった”から。]
彼女の方でもあの年は印象深い一年だったらしいことを確認する。
[それに何より、あなたに出会った年だしね。]
はにかむような笑顔で続けられてドキリとする。
[冗談でも口説くのは辞めてくれ。]
そう言いながら自分の声が思ったより上ずっていないこと、先ほどのドキリがそこまで深いものではないことを心の中で確認し、不覚にも安堵する。
[で、君の今は大学の非常勤講師だっけ?面白い生徒とかいる?]
自分の中で思い出話が心のどこかを着火しないように話題を多少強引に今へ向ける。
[ええ、生徒に教えるのは楽しいわ。最近は研究もそこそこ進んでいるし。]
そこでタルトのイチゴを口に放りこむと、彼女は続けた。
[けれど、今になって先生の大変さがわかるわ。申請書とか研究費集めとか本当に大変。研究自体も人手が常に足りてないし。]
そう言って、僕の表情がゆがんだのを見て取ったらしい。
[生徒をこき使ったりはしてないわ。]
口をとがらせ、さらに何かを説明しようとしたらしいのを僕が遮る。
[君はそんなことしないだろうさ。自分がやられて嫌だったことを行なって平気な人間じゃないだろう?]
まさにそういう反論をしようとしていたらしく、彼女が曖昧に笑う。
「その通りよ。それにまだ、正式に学生を教えることのできる立場ではないし、他の先生の学生にどこまで教えてよいか迷うし。」
季節のタルトの苺をつつきながら彼女が言う。
[そんなもんか]
僕は自分に運ばれてきたコーヒゼリーを崩しながら答えた。そのまま彼女に尋ねる。
[で、学生に教えたり、研究をしたりはまぁまぁうまく行っているようだけど、他に何かあるのかい?] 僕の記憶では”非常勤講師”はあくまで”非常勤”だ。前回,2年前にあったときに2年か3年の任期があると言っていたような気がする。
[2つほど連絡があるのよ。]
彼女の表情から真面目な話モードになったことを察する。けれど、僕は良い話が来るのか悪い話が来るのかまでは読み取れない。
僕はコーヒーゼリーの塊を飲み込んだ。
[一つは,私が所属している研究室が分離するの。片方の研究室で常勤の先生になれるって。]
着地点を決めきれていないのでボロボロになるかもしれません。
ゆるゆるとした頻度でアップできたらな。と思います。
社会人になってから大学周辺に戻ると同じ景色なのに違う景色が見えて驚きます。




