それでも、好きでいること
さくらが去った翌日、教室には静かな空気が流れていた。
昨日と同じ景色のはずなのに、ユウにはすべてが色あせて見える。
席に座るさくらの姿だけが、ぽっかりと抜け落ちていた。
相原ミナミが横から覗き込む。
「……告白したんでしょ?」
言い返せないユウを見て、ミナミは少しだけ口を尖らせた。
「顔に書いてあるもん。で? どうだったの?」
ユウは答えを探すみたいに、机の木目を見つめる。
「……好きだって言ってくれた。でも……離れなきゃいけないって」
「そっか……」
ミナミの表情が、ほんの一瞬だけ曇った。
でもすぐに明るく笑ってみせる。
「なら、追っかけなよ。
逃げるって決めたのがさくらちゃんでも、追いかけるかどうかはユウの自由でしょ?」
ユウは弱く笑った。
「簡単に言うなよ。さくらは『大人の事情』って言ってたんだよ?
俺がどうにかできることじゃないかもしれない」
「うん。でもさ──」
ミナミは指でユウの額を軽く突いた。
「どうにかしたいって思ったんでしょ?
その時点で、もう止まる気ないんじゃん」
言葉に詰まるユウ。
その沈黙は、肯定そのものだった。
そこに、三嶋コウが教室の後ろから手を振って歩いてくる。
「お前ら、朝から恋バナか? いいなぁ青春してて」
「黙れコウ。真面目なんだよ」
ミナミが肘で突くと、コウは笑いながら近寄った。
「ユウ、昨日の顔で気づいた。
……覚悟、決めたんだろ?」
「覚悟って……そんな大げさな──」
「大げさじゃねぇよ。
好きな子がいなくなるって言ったんだろ?
そこで何もできないまま終わるかどうかなんて……でかい決断だろ」
ユウは反論できなかった。
そんな彼らの様子を、教室の入り口で神代先生が静かに見ていた。
数秒してから近づき、ぽつりと言う。
「王子寺。放課後、少し話がしたい。時間ある?」
ユウは驚く。
「……先生、知ってるんですか? さくらのこと」
「全部じゃない。けれど、彼女が何かを抱えているのは分かる。
そして君が……無理をするつもりなのも、だいたい察しがついてしまう」
先生は優しく笑うが、その奥にどこか鋭さがあった。
「放課後、職員室で待っているよ。話せる範囲で教えてほしい」
ユウは小さくうなずいた。
放課後、職員室の隅。
神代先生は書類を閉じ、ユウの目を見た。
「……王子寺。
誰かを好きになると、人は強くなる。
でも同時に、とても弱くもなるんだ。
君が今どちらなのか、心配でね」
ユウは静かに息を吸う。
「弱くてもいいです。
でも……何もしないで終わる方がずっと嫌です。
できることをしたいんです。さくらのために」
先生はゆっくりと頷いた。
「なら、まずは事実を知らないといけないね。
彼女がどうして転校を繰り返しているのか──そこからだ」
「……知る方法、ありますか?」
先生は少し考えたあと、言った。
「一つだけ、思いあたる場所がある。
姫川の母親――アズサさんが、学校に資料を預けている可能性がある」
ユウの心が強く跳ねた。
「俺……確かめたいです」
「分かった。勝手に見るわけにはいかないから、
明日、私がアズサさんに確認してみるよ」
希望が、ほんの少しだけ灯った。
遠くに感じていた道が、かすかに開き始めたように思えた。
帰り道、ユウは空を見上げる。
雲は薄く、夕焼けは優しく広がっている。
「さくら……」
どんな理由があろうと、
想いを諦めないという選択だけは、もう曲げられなかった。




