恋をしては行けない理由
夕暮れの河川敷。
ユウはさくらを連れ出し、遠回りでもいいから話したいと、静かな場所を選んだ。
風が少し冷たくて、草の匂いだけが柔らかく漂う。
さくらはいつものように微笑むけれど、その笑顔はどこか薄い。
どれだけ近くにいても、どこか遠い。
ユウが感じ続けてきた距離感が、今日だけは胸に刺さる。
「さくら、俺……本気で好きだよ」
真正面から、逃げずに言う。
季節が変わるみたいに、言葉が世界を変える瞬間だった。
さくらは一瞬だけ驚いた顔をしたあと、小さく俯いた。
そして、かすれるような声を落とす。
「ユウくんは、優しすぎるよ。
私みたいなの、好きにならなくていいのに」
「なんで? 好きになっちゃいけない理由なんてないよ」
「あるよ……あるんだよ」
さくらの声は、涙と一緒に揺れた。
「私ね、また転校しなきゃいけないの。
来月には、この町にいられなくなるの」
ユウの心臓が、痛いほど跳ねた。
「そんな……聞いてない」
「言ったら、困らせると思ったから。
だから距離を置いてた。誰とも深く関わらないようにしてた。
なのに……ユウくんといると、嬉しくて、楽しくて……
止められなくなっちゃった」
頬を伝う涙を、さくらは隠そうともしなかった。
ユウは息を吸い、迷いを飲み込み、踏み出した。
「それでも、俺は離れたくない。
会えなくなっても、好きな気持ちが消えるわけじゃない」
「そんなの……余計つらいよ」
「つらくてもいい。
さくらのこと、好きなままでいたい」
静かな河川敷に、二人の呼吸だけが残る。
さくらは震える肩を抱えながら、それでも絞り出すように言った。
「恋をしちゃいけないの。
私、いつも途中でいなくなるのに、
誰かを好きになったら……その人を傷つけちゃうから」
ユウは、ゆっくりと首を振った。
「傷つくのは……置いていかれるからじゃないよ。
何も言ってくれない方が痛い。
逃げる理由を隠される方がつらい」
さくらが顔を上げる。
涙に濡れた瞳が、夕焼けを映して揺れている。
「……ほんとに、それでもいいの?」
「うん。俺はさくらを好きでいたい」
その言葉に、さくらの表情が崩れた。
泣きながら笑って、涙をふきながら、それでも小さな声で言う。
「……ごめんね。
私も、好きになってた。
ユウくんのこと、すごく」
夕暮れの風が、少し温かく吹き抜けた。
だけど次の瞬間、さくらは一歩だけ後ずさる。
「でも……離れなきゃいけないの。
好きでも、ここにはいられないの」
恋が始まった瞬間に、別れが決まっている。
その残酷さを前に、ユウは拳を握りしめた。
「……だったら俺が、どうにかする」
「無理だよ。これは、大人の事情だから」
「それでも、どうにかする。
さくらのこと、諦めない」
さくらは答えなかった。
ただ、もう一度だけ泣きそうな笑顔を見せて、夕暮れの道をゆっくりと戻っていった。
ユウはその場に立ち尽くして、暗くなる空を見上げた。
たとえ届かない恋でも、
終わるって決められていた恋でも、
胸の奥で確かに灯ったこの気持ちは――消せなかった。




