さくらの秘密
週が明けても、さくらはどこか影のある笑顔のままだった。
授業では静かにノートを取り、休み時間は小さく本を開く。
クラスに馴染んでいないわけじゃない。
ただ、誰かと深く関わろうとしていないだけだった。
ユウはそれが気になって仕方なかった。
ほんの少しだけ手を伸ばせば届きそうなのに、触れた瞬間に消えてしまう光みたいで。
その日の放課後、ユウが廊下でさくらを見つけると、彼女は先生に何か言われていた。
神代先生が静かに優しく話している。
「一人で抱えないこと。無理をすると、あとできつくなるからな。わかってるね?」
さくらは、うつむき加減に頷く。
「……はい。大丈夫です」
その声は、耳を澄ませなければ聞こえないくらい弱かった。
先生が職員室へ戻ったあと、ユウは声をかけようか迷った。
けれど、悩んでいる間にさくらは歩きだしてしまう。
追うように歩幅を合わせる。
「さくら……じゃなくて、姫川さん。大丈夫?」
さくらは驚いたように振り返り、一瞬だけ笑った。
「大丈夫。心配してくれてありがとう」
笑っている。
でも、目が笑っていなかった。
「授業、難しいところあるなら一緒にやろうか?」
「……ううん。ほんとに大丈夫だよ」
言い方が柔らかすぎて、それ以上踏み込ませないようにしているのがわかった。
ユウは息を飲む。
「無理してない?」
その一言に、さくらは一瞬だけ動きを止めた。
風が長い髪を揺らし、夕方の光がその横顔を照らす。
「……ユウくんは、優しいね」
またその言葉。
少しだけ悲しそうな、距離を置くような声。
「でも……わたし、誰かに優しくされちゃいけないの」
胸が痛くなるほど、まっすぐな拒絶だった。
「どうして?」
「理由は……ごめん。言えない」
そう言って、さくらは階段を降りようとした。
けれど一段目でふらりとよろけ、手すりに掴まった。
「姫川さんっ!」
ユウは慌てて支えた。
腕越しに伝わる、軽すぎる体温。
さくらは困ったように眉を寄せる。
「ちょっと目まいしただけ。大丈夫……だから」
立ってはいるけれど、足は震えていた。
大丈夫じゃないのは明らかだ。
「保健室まで行こう。歩ける?」
「……ユウくんに迷惑かけたくないの」
「迷惑なんかじゃないよ。放っておけないって言ってるんだよ」
言ったあと、自分でも驚くくらい真剣な声が出ていた。
さくらは目を見開き、それからゆっくりと俯いた。
「……ごめん。じゃあ、少しだけ」
二人で保健室へ向かう間、さくらはずっと黙っていた。
けれど、ユウの袖を小さくつまんで歩いているのを見て、彼女の不安の深さが伝わってきた。
保健室のベッドに横になったさくらは、天井を見つめたままぽつりと言った。
「引っ越しばかりしてたの。小さい頃からずっと」
ユウは黙って聞いた。
「仲良くなれる人がいても、すぐに離れなきゃいけなくなるから……もう、誰とも深く関わらないようにしてたの」
「……それでも、つらいでしょ」
「うん。でも、仕方ないの」
声が震えていた。
その震えに、ユウは胸の奥が痛んだ。
「さくら。俺は、離れたりしないよ」
思わず出た言葉。
さくらはゆっくり顔を横に向け、ユウを見た。
「……だめだよ。そんなこと言っちゃ」
「どうして? 理由を教えて」
「言えないの。言ったら……もっと、ユウくんを困らせるから」
困らせる?
どういうことだろう。
理由を聞きたかった。
でも今はそれ以上踏み込んではいけない気がした。
さくらはそのまま目を閉じ、静かに息を整えながら言った。
「わたしに優しくしないほうがいいよ。ユウくんまで巻き込んじゃう」
その言葉は震えて、壊れそうで。
まるで助けを求めているみたいだった。
ユウは拳を握った。
――逃げない。
――絶対に逃げない。
理由がわからないままでも、さくらの孤独には触れたいと思った。
触れて、守りたいと思った。
その夜、帰り道の海風はやけに冷たく感じた。
けれどユウの胸の熱は消えなかった。
さくらの秘密が何であれ、もう目をそらせなかった。




