すれ違う気持ち
翌週、春の光が校舎の窓ガラスに反射して、きらきらと教室を照らしていた。
さくらが転校してきてから数日。
クラスではすっかり注目の存在になっていたが、誰かと深く話すことは少ないままだった。
ユウはというと、さくらが教室に入ってくるたび、自然と目で追ってしまう。
けれどその視線はいつも、ほんの少し届く前にさくらの「距離」に弾かれてしまう気がした。
「ユウ、また見てる」
ミナミが朝から容赦なく突いてくる。
「見てない」
「見てる。ガン見。恋してる人の目してる」
「してない」
そう言った瞬間、ユウの耳は熱くなる。
ミナミはそれを見逃さない。
「はい、図星〜」
からかっているようで、実はミナミは心配していた。
さくらは優しいけれど、どこか深く踏み込ませないようにしている。
その壁に、ユウがまた傷つくんじゃないかと。
そんな朝の雑談を終えた頃、神代先生が教室に入ってきた。
今日はクラス全員で校庭清掃らしい。
「ペアになって作業してくれ。自分で決められない人は近くの人と組むように」
ざわざわとクラスが動き始める中、ユウは無意識にさくらの方を見た。
誰に声をかけるでもなく、ただ静かに掃除道具を持って立っている。
ほんの数秒の迷いのあと、ユウは一歩前に進んだ。
「姫川さん、一緒にやる?」
さくらは驚いた顔をした。
けれどすぐに微笑み、軽く頷く。
「うん。ありがとう、ユウくん」
その瞬間だけは、ちゃんと近くに感じられた。
校庭に出ると、海からの風が少し冷たく頬を撫でていく。
ユウとさくらは花壇のあたりを任された。
二人きりになると、会話は自然とゆっくり静かになった。
「ここの学校、どう?」
ユウは少し気を使いながら尋ねた。
「うん。みんな優しい。先生も話しやすいし」
「そっか。よかった」
「……でも、まだ慣れなくて」
さくらは土を手でならしながら、小さく笑う。
「引っ越し続きで、いつも友達ができる前にまた転校して……気づいたら人と距離を置く癖ついちゃって。変だよね」
「変じゃないよ」
ユウは即答した。
さくらが驚いて顔を上げる。
「距離なんて、ゆっくり縮めればいいと思うし。無理に誰かと仲良くしなくてもいいし」
「……ユウくんは、優しいね」
そう言ったときのさくらは、少し頬を赤くしていた。
その横顔に、ユウの心はまた跳ねた。
けれどその直後。
「でもね、多分……わたし、誰かと仲良くなっちゃいけないんだ」
さくらは土の上に目を落として、小さく呟いた。
その声は風に乗って消えそうなくらい弱かった。
「どういう意味?」
「ごめん、忘れて。変なこと言った」
さくらは立ち上がり、ほうきを持ち直した。
さっきまでより少し距離のある立ち位置へ。
ユウはその距離に、言いようのないざわつきを感じる。
さくらはまた、自分の壁の向こうに戻ってしまった。
作業が終わったあと、ユウはさくらに近づこうとした。
でも、彼女はクラスメイトに軽く会釈しただけで、そのまま足早に校舎へ戻ってしまった。
追いかけようか迷った。
でも、無理に踏み込むのは違う気がして、結局足は動かなかった。
放課後。
昇降口でスニーカーに履き替えていたユウの背に声がかかる。
「ユウ。あの子、簡単じゃないよ?」
振り返ると、親友のコウがいた。
部活の帰りらしく汗の匂いがする。
「簡単じゃないって?」
「さくら。あれ、多分いろいろ抱えてるタイプだぞ。あの目……何か隠してる人の目だ」
「わかってる。でも、放っておけないっていうか」
「……それ、恋だろ」
即答され、ユウは言葉を失う。
「恋ってさ、近づけば近づくほど痛いこともあるぞ。覚悟してんのかよ」
覚悟。
その言葉が胸に重く沈む。
ユウは小さく息を吐いた。
「……してない。でも、したいと思ってる」
コウは一瞬驚いた後、ニッと笑った。
「ならいいじゃん。倒れても拾ってやるよ。友達だからな」
ユウは少しだけ笑い返した。
けれど心の奥の不安は、まだ消えない。
帰り道、海風が吹き抜ける。
校舎の窓を見上げると、誰もいないはずの2年2組の教室に、ひとつだけ光が灯っていた。
さくらだろうか。
それとも、ただの見間違いか。
ユウははっきりしないまま、胸をざわつかせながら家へ向かった。
――さくらの距離。
――ユウの気持ち。
この二つは、触れそうで触れないまま、すれ違い続けていた。




