出会いの季節
海沿いの風が少しだけ冷たい春のはじまり。
始業式のざわめきが続く教室で、王子寺ユウは窓際に座りながら、ぼんやりと海を眺めていた。
「ユウ、今年も窓際なの運命だよね」
前の席のミナミが笑いながら振り返る。
「たまたまじゃない?」
ユウは苦笑しながら返す。
窓の外では光が反射して、きらきらと海が揺れていた。
そんな日常の空気が、担任の神代先生の声で切り替わる。
「今日からこのクラスに転校生が来る。姫川さん、入ってきて」
その瞬間、教室のざわめきがほんの少しだけ沈んだ。
戸の向こうからゆっくり姿を現した少女は、白いカーディガンに淡い桜色のリボン。
季節の色をまとったような、静かな雰囲気の女の子だった。
「姫川さくらです。よろしくお願いします」
落ち着いた声。
深呼吸したみたいに柔らかな仕草。
それでも目元には少しだけ疲れたような影が見えた。
その影に気づいたのは、クラスでただ一人、ユウだけだった。
「姫川さん、空いているあそこの席へ」
神代先生が指差した方向は、ユウの斜め前。
さくらが歩いてくる。
すれ違う瞬間、ふわりと甘い花のような香りがした。
ユウの心臓が、不意に跳ねる。
……なんだ、この感じ。
さくらは席につき、小さく座礼をして教科書を胸に抱えた。
その横顔に、ユウの視線は自然と吸い寄せられる。
けれど、さくらはどこか、誰も寄せつけない雰囲気を纏っていた。
休み時間。
ミナミがユウの机に肘をつけてニヤニヤしてくる。
「ねえ、見た? さくらちゃん、可愛いねぇ。ユウ、好きになった?」
「いや、別に……まだ何も知らないし」
「まだって何? ほら、気になってるでしょ」
図星を刺されて、ユウは答えに詰まった。
ミナミはすかさず立ち上がり、さくらの方へ歩き出す。
「ちょ、ミナミ?」
「紹介してあげる〜! こういうのは勢いだよ!」
困りながらも付いていくユウ。
さくらは席で静かに教科書を読んでいたが、ミナミが声をかけると顔を上げた。
「姫川さん、ねぇねぇ。これ、ユウ。なんか困ったらこいつに聞くといいよ。王子ちゃんって呼ばれてるから!」
「ミナミ……」
「王子ちゃん?」
さくらは小さく笑った。
その笑顔が光みたいに柔らかくて、ユウは一瞬言葉を失った。
「あの……王子ちゃんって呼ばなくていいから。ただのユウで」
「じゃあ、ユウくん」
ユウくん。
耳に落ちてきたその呼び方が、なぜか胸の奥を熱くした。
でも、そのあとさくらはすぐに視線をそらし、そっと笑顔を引っ込めた。
「ありがとう。でも……迷惑かけないようにするね」
その言い方は、まるで「誰も近づかなくていい」と言っているみたいで。
ユウの心に、ひっかかりだけが残った。
放課後、教室に残っていたのはユウとさくらだけだった。
夕日が差し込み、机の影が長く伸びる。
さくらは鞄の中を整理しながら、小さなため息を漏らした。
それに気づいたユウは声をかける。
「……大丈夫?」
さくらは驚いたように顔を上げて、ほんの一瞬だけ迷ったあと、小さく頷いた。
「うん。ちょっと考えごと」
「困ってるなら、言ってほしいけど」
「……優しいんだね、ユウくんは」
その声は、なぜか少しだけ悲しそうだった。
「でも、優しさって受け取る側を困らせることもあるよ」
意味がわからず、ユウは息を呑む。
さくらは微笑んだ。でもその笑顔は、まるで透明な壁を一枚隔てたみたいに遠かった。
「ごめんね。今日は帰るね」
そう言って、さくらは夕日を背にして歩き出す。
その細い背中を見ながら、ユウは胸の奥のざわめきを止められなかった。
――王子ちゃんは、お姫様に恋をした。
けれどその恋は、もうすでに少しだけ痛かった。




