新しい季節へ
その年の秋、大学生活が始まり、日常は忙しく動き出した。
さくらは学内での講義とサークル活動に打ち込み、ユウは昼は地元の仕事を手伝いながら、夜間に開講される講座に通う。会える時間は減ったけれど、会うたびに密度が濃くなった。
遠距離の寂しさを埋めるのは、工夫と約束だった。毎週末の短い時間を「二人の時間」にし、月に一度は必ず特別な小旅行を計画する。忙しい時期でも、互いのスケジュールを見て、必ず「顔を合わせる瞬間」を作るのだ。
ある冬の夕方、二人はいつもの丘に戻ってきた。海風が冷たく、空は薄い鉛色だったけれど、二人の顔は穏やかだった。さくらは大学のゼミで忙しく、ユウは働きながら単位を取る日々。それでも、二人は同じ方向を見ていた。
「これから先も、たぶん不安は尽きないよ」
ユウがぽつりと言う。
「でも、今は不安より楽しみが多い」
さくらが微笑む。彼女の目は、以前よりずっと強く光っている。
小さな手紙や写真、時に言葉に詰まる電話、そして二人が交わした数えきれないほどの約束。どれもが、彼らの関係を育てる石ころみたいに積み重なっていた。
「ねえ」
さくらが少し顔を近づける。
「うん?」
「遠距離でも、一緒に老けていける?」
ユウはさくらの手を握り、顔をくしゃっとさせて笑った。
「もちろん。君となら、どんな坂道でも登っていける」
波音が穏やかに満ちる丘で、二人はまた手をつないだ。
未来の形は結局、二人で作るしかない。約束やタイミングや運が揃ってくれればそれに越したことはないけれど、なによりも二人の選択と努力がそれを支える。
そして数年後——
エピローグのような柔らかな日常が訪れる。大学を卒業したさくらは、地元の仕事に就くかたちで町に戻ってきた。アズサは娘の隣に座り、少し口数は減ったけれど穏やかな笑顔を見せる。ユウは相変わらず海辺の町で働きつつ、夜に資格を取りながら、二人の暮らしを少しずつ形作っていた。
その日の午後、二人は子どものように無邪気に笑い合いながら、丘の上を歩いた。手をつなぎ、波の音を聞き、時に言葉少なに寄り添う。王子ちゃんとお姫様の物語は、ドラマチックな結末を迎えるわけではない。大きな花火のようなフィナーレはないかもしれない。でも、小さな日常を積み重ねることで、それは確かに「幸せ」と呼べるものになっていった。
「これからも一緒にいようね」
さくらが言う。
「うん、ずっと」
ユウが答える。
二人の手は離れず、海風がやさしく吹き抜けた。
それが、この物語の終わりであり、同時に新しい始まりでもあった。




