決断の朝
卒業式を一週間後に控えた朝、海辺の町には澄んだ空気が広がっていた。
教室の窓から見える水平線はいつもより遠く、まるでこれから先の道の長さを告げているみたいだった。
さくらは学校に来る途中、足を止めて空を見上げた。
手の中には、ユウからもらった小さな手紙と、自分で書いた大学の願書の控え。
胸の中には言葉にしきれない思いが渦巻いていた。
「自分の気持ちをどうすればいいのか」──
それを知るために、さくらは昨夜、母のアズサと長く話をした。
言えないことがあると言っていたアズサは、はじめは硬く、愛情を見せないように振る舞っていたけれど、夜が深くなると少しずつ本音を零した。
「あなたが転校を繰り返したのは、私のせいだ」
アズサがそう言ったとき、さくらの胸がぎゅっと締めつけられた。
仕事の都合で動き続けた結果、母親としての弱さを見せたくなくて、強く言ってしまったこと。
でも、本当は娘の未来を守りたいだけだったこと。
そして、今回の転勤は事務的に「決定」していたけれど、どうにか調整する余地がある可能性があることを匂わせた。
「私は仕事で守るべきものがある。けれどあなたの未来は、それ以上に大事よ」
そう言って、アズサはさくらの手を強く握った。
具体的な話はまだ完全に詰まってはいなかったが、話し合いの余地がゼロではない──それだけで、さくらの心は少し軽くなった。
その朝、ユウは校門の前でさくらを待っていた。
いつもより少しだけ早く来て、手には小さな紙袋を持っている。中身はさくらの好きなパン屋の差し入れ。緊張で手が震えていたのを、さくらは指先で見逃さなかった。
「行こうか」
ユウの声はいつもより静かで、どこか決意がこもっていた。
二人は校庭のあの丘へ歩いた。
風が砂の匂いを運び、季節は少しずつ春へ移ろうとしている。
「昨日、話したんだ。母さんと」
さくらが口を開くと、ユウは黙って頷いた。
「結果はまだ分からない。けど、可能性があるって言われた。完全な答えはまだ。でも——私は、もう逃げないで向き合うって決めた。あなたにも言わなきゃ、って思って」
ユウの胸の中で何かが弾けるように温かくなった。
「俺も、逃げない。どんな結果になっても、一緒に考える」
さくらは目を細め、いくつも言葉を飲み込んだあと、静かに言った。
「もし母さんが調整できなかったとしても——私はあなたを忘れない。だけど、私は自分の道も見たい。離れても、一緒にいられる方法を探したい」
「一緒に探すよ」
ユウは真っ直ぐに答えた。
その言葉に嘘はなく、誓いにも似た力があった。
二人はそのまま手をつなぎ、丘から海を見下ろした。
波はいつも通り穏やかに寄せては返していた。それを見ていると、ふと「時間は流れる。でも君がそこにいるなら、それでいい」という気持ちが胸に満ちてきた。
11章は終わると同時に、二人の内側で小さな決定が固まっていった。
どんな未来が来ても、まずは向き合う。
それは恋の甘さだけではない、選択の重さでもある。




