離れていく日々
さくらと本音を交わした翌日。
教室で見かけたさくらは、昨日より表情が穏やかだった。
ほんの少しだけ、心の壁が薄くなったように見える。
ユウは朝の挨拶をしようと近づこうとする。
だが、さくらは一瞬だけ笑って──
そっと目をそらしてしまった。
「……避けられてる?」
小さくつぶやいた声は、自分でも驚くほど弱かった。
ミナミが後ろから覗き込む。
「ユウ、さくらちゃん……距離また取ってるっぽいよ?」
「……なんでだろう。昨日はあんなに……」
「きっと、逆に怖くなっちゃったんだよ。
本音言って、好きって言い合って、
離れるのがもっとつらくなるのが分かったから……」
ミナミの言葉は優しいが、胸に痛いほど刺さった。
コウも横から言う。
「今のさくらちゃん、葛藤真っ最中だろ。
離れたいわけじゃなくて、離れなきゃダメだから苦しんでんだよ」
ユウは深く息を吐いた。
「……会って話すよ。ちゃんと」
そう言っても、心はざわついて止まらない。
*
昼休み、ユウは屋上へ向かった。
さくらが時々ひとりで来ていた場所。
扉を開けると、案の定──
フェンスのそばにさくらが立っていた。
彼女は海の方を見ていて、風が髪を揺らしている。
静かで、だけど寂しさが滲む後ろ姿。
「さくら」
振り返った彼女の目には、驚きと……ほんの少しの迷いがあった。
「ユウくん……どうしたの?」
「避けてるよね。俺のこと」
さくらは言葉を詰まらせた。
「ごめん……。
でもね、ユウくんと話すと……苦しくなるの。
離れたくないって思っちゃうから……」
ユウは一歩近づき、柵にもたれた。
「思っていいよ。
思っちゃいけないなんて、自分に言わなくていい」
「でも……来月には、私はここにいないんだよ……?
なのに好きになったら……もっとつらいよ……」
「つらくても、好きなんでしょ?」
さくらは小さく震えながら、こくんと頷いた。
その瞬間、ユウの胸が熱くなる。
「だったら、つらいままでいいよ。
会える時間が少ないからって、気持ちまで無くさなくていい」
さくらは唇を噛む。
「ユウくんは……ずっと言ってくれるよね……。
私のこと好きだって……」
「当たり前だよ」
「聞くとね……嬉しくて……もっと一緒にいたくなるの……。
でも、それが……一番怖いの……!」
声が震えて、涙がこぼれた。
ユウはそっと近づき、彼女の肩に手を置こうとした。
だが──さくらは後ずさった。
「ユウくん……もう……抱きしめられたら……
たぶん、私……“行きたくない”って言っちゃう……!」
その言葉は、思っていたよりずっと重かった。
ユウは拳を握りしめる。
「行きたくないなら、言っていいのに……」
「言えないよ!
ママは仕事で動かなきゃいけなくて、
私だけ『残りたい』なんて言ったら……迷惑をかけるの!
私がワガママ言ったら、負担になるの!
そんなの……できないよ……!」
涙があふれて、さくらの肩が震える。
ユウはそっと息を吸った。
「……さくら。
優しさだけで、自分を傷つけるのは……優しくないよ」
さくらは顔をくしゃっとさせて泣いた。
「どうすればいいの……?
どっちを選んでもつらいよ……!」
ユウも胸が痛くてたまらなかった。
「俺には……全部は救えないかもしれない。
でも、さくらの気持ちを一人きりにしたくない」
ゆっくりと近づき、今度こそ離れないように、
そっと手を伸ばす。
さくらは涙で濡れた目でユウを見て──
ほんの一瞬だけ迷って、
ようやく、ユウの胸元に顔をうずめた。
「……ユウくん……少しだけ……こうしてていい……?」
「もちろんだよ」
夕陽に染まる屋上で、二人はそっと寄り添った。
離れる予定の恋なのに、
今だけは離れられなかった。




