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助手はご入用でしょうか?

「教授、助手はご入用でしょうか?」


 この雲の上の孤城・灰冠城(アッシュクラウン)で、衣食住以上に価値があるーーとノニエが思っているーーもの、それはダンケ・シェルンの考古学研究。


 シェルン教授は、アズイン王国随一の考古学者であったが、その著書や発表された論文などを見ると、いずれも単著が多く、グループでの遺跡探索が多い考古学会では異質な存在だった。本人以外の証人もなく、淡々と発表され続ける論文の数々に、一時は「根拠に欠けた、虚偽の成果ではないか」「学会としてこれを認めていいのか」と議論が紛糾したこともあったが、全てのケースにおいて、数年後に別探索チームが「シェルン教授の詳述通り」の遺跡を発見したことで、鎮火した。


 批判と鎮静が繰り返されること数十年、気づけばダンケ・シェルンは孤高の天才として学会で神格視されるに至っていたのだ。晩年は王立ミシェラ大学にて教鞭を執っているというが、彼の研究会に入るには複数の試験並びに面接を通過しなければならないそうで、名高い研究者でも容赦無く門前払いを食らうそうだ。


 考古学に興味もない人間にとっては、目の前の老紳士はただの「おじさん」だろうが、ノニエにとっては「伝説の人」。叶うならば、家事雑用係、ではなく、研究活動もサポートする助手として研究活動を手伝いたいと、そう思っていた。


「読み書きは問題なくできますし、神学も多少かじってはいます。....あと体力もあるので、荷物持ちもできます...!ので!助手として、いえ、何なら弟子でもいいし、屋敷妖精でも何でもいいので、私も遺跡探索に連れて行ってはくださらないでしょうか!」


「却下だ」


「え」予想はしていたとはいえ、あまりの即答にノニエは思わず怯む。


「弟子はとらない主義だ。だが屋敷妖精は喜んで受け入れよう」

 シェルンは出会ってから初めての笑顔を携えて、続ける。


「紅茶を頼めるかな、アールグレイで頼むよ。屋敷妖精君」



✴︎



 コポポポポ。

 真鍮のポットの注ぎ口から、沸騰した水の気泡がコポコポと吹き出している。その様子を見ながら、ノニエはここ数日の一連の出来事を反芻していた。


 閉塞した毎日の中で、縋るように飛ばした紙鳥。その手紙が本当に教授のもとへと届いて、返事が来た。それがきっかけでアマリウスの逆鱗に触れ、危機一髪のところで、紙風呂敷に乗って、教授の隠れ屋敷まで来てしまった。

 自分の人生が変わる瞬間というのは、こうやって、思いもかけないタイミングで、矢継ぎ早にやってくるのかもしれない。


 火を止めると、ティーポットに茶葉を入れて、お湯を注ぐ。すると、ティーポットの中のお湯が茶葉の色を写し取るように、マホガニーのような落ち着いた枯葉色に染められていった。


(まずは、ここでの生活に慣れよう)

 尽きるかもしれなかった命が、今もこうして鼓動を続けている。その事実に感謝をしようと、胸の前で、そっと手を握った。


 ティーセットをトレイに載せて、再び書斎を訪れると、シェルンは椅子に腰掛けて本を開いていた。

 邪魔をしないように、静かに机上に紅茶を置くと、シェルンの方から声をかけられた。


「音を立てないとなると、ますます屋敷妖精らしいな」

「うるさい妖精をお望みでしたら、そうしますよ」

「いや、結構だ」そう言うと、シェルンはティーカップに手を伸ばし、紅茶を一口啜る。

「悪くない、ありがとう」

「恐れ入ります」

(やっぱり、無愛想だけどお行儀がいい人だな。育ちの良さがよくわかる)

 無意識にアマリウスとシェルンを比べてしまう。年齢の違いは大きいとはいえ、同じ貴族でも、こうも礼儀作法に差が出るものだろうか。


「あの......」

「なんだ。研究助手はいらないぞ」

「いえ、巻き尺と方眼紙、それと筆記用具を譲っていただけないかなと思いまして。あ、あとコンパスとディバイダーも」

「......ここに遺跡はないぞ」

「私の頭の中にあります」

 ノニエの言葉に反応したのか、ティーカップを置いて彼女を見つめる。


「小さい頃から、ずっと、あなたの本を読んでいました。教授の著書58冊に加えて、77本の論文。もちろん、学会の他の研究者が書いた調査記録、書籍と論文合わせて約200点、すべて記憶しています」

「ものによっては、遺跡内の見取り図が記されていないものもある。何より本を見ずとも、再現できると?」

「はい」

 シェルンはデスクの引き出しを開けると、ノニエの要求通り、巻き尺と方眼紙、筆記用具そしてコンパスとディバイダーを取り出した。

「やってみろ」

「では、シシラ砂漠の砂屑遺跡群から」


 薄黄色の方眼紙に、迷いなく線を引きながら、ノニエは過去の記憶を思い浮かべる。

「教授がシシラ砂漠にて巨大遺跡を見つけたのは、アズイン暦1677年、初緑月のことだったと。王都では華やかなチェラの花が咲く季節に、シシラ砂漠は、一面が黄褐色の重い空間だったそうですね。そんな、どこまで行っても平坦な砂の世界で、遺跡なんてどこにもないと諦めかけた時、地面に小さな穴を見つけた。穴は砂蠍の住処で、下に下に続く小さな穴を見ているうちに、同じに見えていた砂でも、場所によって硬度に違いがあることに気づいたーー」


 なだらかな線を5、6本重ね、高度を表すマークや斜線を記入する。それぞれの空間の位置関係がわかるように丁寧に多角形を書き込んでいく。

「何日もかけて砂の上を踏んだり、叩いたりし続け、ようやく大きな空洞を見つけたあなたは、その遺跡が「蠍の巣」のように地下に広がっていることを突き止めた」


「それがシシラ砂漠の砂屑遺跡群です」彼女は書き上げた断面図を、シェルンが見やすいように持ち替え、差し出す。


「...あの遺跡の地下空間には、いくつもの祭壇や寝室があり、複数の一族が集合して都市を形成していた。王家だけでなく、そういった他貴族や従者たちの居住区の違いも、理解しているようだな」


「教授がそう、書き記しておいででしたので」

「なぜだ」

 なぜ、と聞かれて、一瞬意味がわからなかった。ノニエにとって、書いてあったものを覚えていること、それは普通のことだった。


「なぜ......と言われましても......。想像することが、私の生き甲斐だったので」

 本当だ。本を読むことは、遠い国に旅をすることと同じだった。モノクロのテキストから、色とりどりの情景が形作られる。その不思議。どんな景色も、私にとっては忘れられないものだった。


「Nonie NovenーーNO NO か。見習いには向かない名前だな」

 美しいアッシュ・ブロンドの老紳士は、苦労と経験が刻み込まれた手を差し伸ばす。


「返事はYesしか認めない。わかったか」


「ーーーはい!」


 太陽に一番近い場所で、ノニエの新生活が始まりを告げた。


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