【第八話】コレカラ
中間テスト最終日。
最終科目の解答用紙が回収され、号令を終えた瞬間、教室全体の緊張感が一気に緩んで騒がしくなる。
「真緒くん!」
可愛い恋人が一目散にこちらへ駆け寄ってきて、問題用紙を見せてくる。
「これ!やっぱり出たでしょ!」
「ね、澪の予想的中でびっくりした」
「ふふ、この問題は絶対合ってる自信あるよっ」
澪が得意気に話していると、後ろから梓が近づいてきた。
「みーおくんっ!」
「わっ!梓くん」
「やっとテスト終わったね〜」
「長かったねぇ」
この二人が一緒にいると、マイナスイオンが漂うような癒し空間が出来上がる。
澪に抱きついても許せる唯一の人間、それが梓だ。
「おつかれ〜真緒」
ぽん、と肩に手を置かれて振り向くと、昨日より背が伸びた気がする郁人が立っていた。
「郁人、おつかれ。なんか今日、背高い?」
「はは、そんな日によって変わんねーよ。まあ、テストのストレスで猫背になってた可能性はあるが……それより!今から遊び行くの楽しみだな!」
郁人はニッコニコの笑顔で肩を組んでくる。
そんなに楽しそうにされると、照れで胸がむず痒くなる。
ダブルデートの提案をされたのは、一週間前。
たくさん助けてくれた郁人と梓に、二人揃って感謝を伝え、交際を始めたと報告したときのこと。
一生分のおめでとうをもらった後、郁人が「テスト終わりに四人で遊ぼう」と誘ってくれたのだ。
制服ダブルデートは梓の憧れでもあったらしく、その場で即決だった。
澪もこの一週間ずっと、それを楽しみに勉強を頑張っていた。
集中力が切れてくると、猫みたいに俺にすり寄ってうたた寝をしようとするから、その度に「終わったらデートだよ」と言って起こしたなぁ。
眠気に耐えられなくて寝ちゃったときもあったけど、そういうときは俺も諦めて、澪の可愛い寝顔を堪能することにしていた。
さて、普段は逆方向に帰る俺たちだけど、今日は四人で同じ電車に乗って、大きなショッピングモールにやって来た。
午前中でテストが終わったから、ちょうどお昼の時間なわけで……
「とりあえず、お昼ご飯だね!」
「何食べよう……」
「よし、フロアマップ見てみるか」
みんなで掲示板の前に立って、ああだこうだと話した結果、無難なファミレスに決定。
高校生のお財布に優しいチェーン店には、本当に感謝しなければならない。
平日の店内は比較的空いていて、特に待つこともなく、俺たちは広々としたテーブル席に案内してもらった。
奥に澪と梓、通路側に俺と郁人が座って、それぞれメニューと睨めっこする。
「おむらいす……からあげ……ぱふぇ……ぱんけーき……」
澪は多分、気になったものが無意識に声に出てる。
表情も分かりやすいし、ほんと、可愛い。
「どうしよう真緒くん、ご飯もデザートも色々食べたい」
「いいじゃん。食べ切れなかったら俺が食べるよ」
「んで、真緒も食べれなかったら俺たちが食べる!」
そういえば、向かいに座るのは大食いカップルだった。
逆に、普段のお昼休みは、なぜお弁当一つで足りるのだろうか……いや、思い返せば、毎回授業の合間に菓子パンを食べている気もする。
「注文、これで大丈夫?」
郁人がモバイルオーダーの画面を見せてくれる。
「うん、大丈夫。ありがとう」
やはり、郁人たちの注文リストは多かったが、それを感じさせない価格の安さに感心した。
いつか社会人になったとき、少し高いお店で集まって、今日のことを懐かしむ日が来るのだろうか……
そんなことを考えたら、胸が躍るような気分になる。
「いや〜それにしても、あのとき声かけてみて本当に良かったなぁ」
注文を終えた郁人が、しみじみと噛み締めるようにそんなことを言う。
「あのときって、グループ決めるとき?」
「ああ。こんなに仲良くなれるなんて思ってなかった」
「それは……俺も」
改めて今の状況を見つめ直してみると、本当に不思議だ。
一人で過ごすのが当たり前だった俺に、今や恋人がいて、さらには友達とダブルデートをする機会が訪れるなんて。
他人と関わることは面倒だと思っていたけど、心を許せる仲間ができて、初めてその考えは覆された。
自分以外の誰かを想うことは、時に俺を切なく苦しめるけれど、それでもその人のそばにいたいと思う。
「……三人とも、俺に話しかけてくれてありがとう。俺は常に受け身だったから、全部みんなのおかげだ」
友達や恋人ができたのは、俺の社交性やコミュニケーション能力が上がったからじゃない。
もし三人が俺を見つけてくれなかったら、きっと今も俺は一人で……
「真緒くんが、魅力的な人だからだよ」
「え?」
澪が微笑んでそう言うと、郁人も梓もうんうんと頷く。
「真緒くんが素敵な人だから、僕たちは話しかけたくなったんだよ」
「そうそう。真緒ってさ、剥がれてた掲示物を貼り直したり、日直が片方休んだときさりげなく仕事手伝ったり……結構何かと感心してた」
「それは、当たり前のことじゃないの……?」
自分が全く特別だと思っていなかった点で、いつのまにか尊敬されていて、少し変な気分だ。
「郁人だって、プリントが落ちてたら拾うだろ」
「そりゃ拾うよ。けど、そもそも落ちてることに気づけるかってこと。真緒は自分が思ってるより、視野が広くて気が利くんだよ」
「……そうなんだ……」
自分では思いつきもしない長所みたいなものを、周囲が見つけて教えてくれる。
逆に、俺の良くないところを教えてくれるのもまた、この三人なのだろう。
やっぱり……ありがとうっていくら伝えても足りなそうだ。
まもなく注文した料理が運ばれてきて、みんなで手を合わせていただきますをして。
こうして食事をしていると、修学旅行の自由時間を思い出す。
今日の澪が食べているのは、ゴーヤチャンプルでも沖縄そばでもなく、デミグラスソースがたっぷりかかったオムライスだけど。
「おいひい、まおくん」
「良かったね」
いつでも、どこでも、澪が美味しくご飯を食べて、笑顔でいられるように……俺は、澪を一生守りたい。
唐揚げ定食のお味噌汁を一口飲みながら、そんなことを思った。
◇
◇
◇
昼食の後に向かったのは、五階にある大きなゲームセンター。
ゲームの種類が豊富で、一日いても飽きないという人もいるとか。
俺は小学生のときに家族と二、三回行ったことがあるくらいだから、ほぼ初見だったけど……
「ま、真緒すげーな!」
「「フルコンボ⁉︎」」
どうやらリズムゲームの才能があったらしく、高難度のステージをフルコンボでクリアしてしまった。
まあ、DTMが趣味だから、そのあたりで自然とリズム感が鍛えられているのかもしれない。
「よし、次は俺がいいとこ見せる番!」
そう意気込む郁人が小銭を入れたのは、いかにも難しそうなフィギュアのクレーンゲーム。
梓が好きなアニメのキャラクターだそうだ。
「お!これいけるんじゃね⁉︎」
郁人が操作したクレーンは、絶妙なバランスで箱を持ち上げる。
そして、取り出し口に続く隙間に……
ガコン
「「おー!」」
「郁人すごい」
見事、一発で景品をゲット。
俺のリズムゲームよりよっぽどすごいんじゃないのかな。
「すごい!郁人くんかっこいいねぇ」
澪も興奮して俺に同意を求めてきたが、わざと視線で不満を表現してみた。
「っ、ちがうよ、ねぇまおくん」
「ふふ、ごめん、ちょっと意地悪した」
「うぅ……」
あわあわして腕に抱きついてくる澪は可愛いけど、すぐに瞳をうるうるさせるから、こういうのはやりすぎないようにしなきゃ、と反省した。
◇
◇
◇
ゲームセンターでたっぷり遊んだ後は、四人でお揃いのモーテルキーホルダーを買った。
俺と澪はネイビー、郁人と梓はワインレッド。
表面には白文字でおしゃれな英語のデザインが施してある。
買ってすぐ、その場で一緒にバッグにつけた。
これからこのキーホルダーと共に学校生活を送れるのかと思うと、なんとも言えない安心感が胸を満たした。
ショッピングモールから出る頃には、もう空が夜の色に近づいていた。
すっかり日が短くなってしまったな、と実感する。
「あっという間だったね〜」
「ね〜」
前を歩く澪と梓は、腕を組んで名残惜しそうにしている。
片手には、帰りに買った期間限定のフラッペがあるが、もう半分くらいなくなっている。
美味しかったのなら良かった。
「なぁなぁ」
郁人が小声で話しかけてきたので、そっと耳を寄せてみる。
「真緒、あれ、ギリ見えるよ」
「?あれって何?」
「……頸のとこ。気持ちは分かるけど」
郁人に言われて澪の頸を見ると……
昨日の勉強後、キスがヒートアップして思わずつけてしまった赤い痕が、ちらりと制服から覗いていた。
……しまった。
「……気をつける、ありがと」
「ま、ラブラブなのはいいことだな」
ラブラブ、か。
否定はしないけど、実はまだ最後までしてない。
付き合ったのがテスト週間の初めだったから、勉強も忙しいし我慢していたんだ。
「じゃあ、また明日……じゃなくて来週か!」
「だね!澪くん真緒くん、今日はありがとう!またね!」
「こちらこそ、ありがと」
「またねぇ〜」
反対側のホームに向かう二人に手を振って、俺たちも階段を降りてゆく。
澪と電車の方向が同じで良かった。
……まだ、離れたくないから。
「真緒くん、リズムゲームすごかったね」
電車に乗り、肩にもたれかかる澪が可愛らしく微笑む。
「ふふ、ありがと」
「……趣味で作ってる曲、いつになったら聴かせてくれるの?初めて聴きたいって話したの、一学期のときだよ?」
「あー……うん。少し前から、部分的に新しく作り直してるから、まだかかるかも」
「えーなんでー早く聴きたい」
至近距離で、ぷくっと頬を膨らませる澪の頭を撫でた。
「澪のこと好きだって気づいてから、作り直してるの。ちゃんとラブソングにしようって決めたから」
「っ……」
さっきまでぷんぷんしていたのに、途端に顔を赤くして静かになった。
あまりにも可愛いから、危うくここが電車内だと忘れてキスをするところだった。
澪はしばらく静かなままだった。
けれど、寝ているわけでもなさそうだった。
次に口を開いたのは、澪の最寄駅にまもなく到着するというときだった。
「……まおくん」
「ん?」
「……まだ、いっしょに、いたい……」
「……!」
「……あと二時間くらいは、親、帰ってこないから……」
電車が止まり、扉が開いた。
艶っぽい熱を纏う澪の手を引いて、ホームとの段差を跨ぐ。
この時期の風は、頬を冷ますにはまだぬるすぎる……そう感じた。
翌週、俺は郁人から二度目の忠告を受けた。
最後まで読んでくださりありがとうございました!
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