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【第六話】ハツコイ

シャワーを終えても、澪の香りで満ちた部屋で寝るにはまだ心がざわめきすぎていて、俺は一旦外の自販機に水を買いに行くことにした。


「あ」


「!真緒くん、偶然だ」


先客としてそこにいたのは、まさかの梓だった。

正直、今はあまり見られたくなかった。


「……真緒くん、何かあった?」


ほら、やはり今の俺は、何かあったと思われるような顔をしているんだ。

気づかれてしまった以上、何もないなんて言うつもりはない。

むしろ……本当は、誰かに聞いてみたかったのかもしれない。


「……梓は、恋ってなんだと思う?」


「え……?」


「俺の澪への気持ちは、恋なのかな?」


あまりに唐突に直球な質問をしたものだから、梓は鳩が豆鉄砲を食ったような顔になってしまった。

でも、梓は、俺が澪に恋をしているかもしれないということに驚いたのではなく……ただ、俺が、自分の口からそれに関わる発言をしたことに驚いたのだろう。


梓は深く息を吸って、吐いて、自販機でもう一本水を買うと、それを俺に差し出した。

その顔は、もうすっかり穏やかなものに戻っている。


「……どうして、そんなことを聞くの?」


「……怖いんだ。欲を愛と見間違えるのが。澪を好きだと言いながら、いつのまにか澪の気持ちを利用して、自分の欲をぶつけるような人間になってしまうのが……怖い……」


本音を口にしながら、胸が息苦しくなるのが分かった。

欲に支配された怪物のようになってしまう自分の姿を、一秒でも想像してしまったから。

澪を絶対に傷つけたくない。

澪が、自分が傷ついていると自覚できずに、俺を受け入れてしまうのが怖い。


「真緒くん、深呼吸して」


「っ!」


梓の手が背中に触れて、自分が上手く呼吸できていなかったことに気づく。


「っ、ごめん、ありがとう……」


梓が優しく背中をさすってくれたおかげで、いくらか酸素を取り込みやすくなる。


「……ねぇ、真緒くん。真緒くんは、澪くんのこと、どう思ってるの。いつも、澪くんと一緒に過ごして、どんなことを考えているの」


「どんな……こと……」


いつも、思っていること。

この先もきっと、思い続けるであろうこと。


「……笑っていてほしい。澪に、笑顔でいてほしい。澪は可愛いから……笑顔がよく似合うから」


「ふふ、そっか」


梓はふんわりと微笑んで、ふぅ、と壁にもたれる。


「……真緒くん。それが愛じゃないって言うなら、何を愛だって言うの?」


「え……」


「真緒くんが今こうやって葛藤してるのも、澪くんのこと愛してる証拠だよ……ちゃんと恋してるし、愛してるじゃん。澪くんのこと」


「……!そう、なの、かな……」


「それにね。好きな人とキスしたい、繋がりたいって思うのは、自然なことだよ」


梓は頬を赤らめてそう語った。

今、梓の頭の中にはきっと、温かく笑う郁人がいるのだろう。


「昨日、言ったよね。真緒くんたちは、優しい空気に包まれてるって」


「あぁ、うん……それも、聞きたかったんだ」


「……つまりさ、真緒くんが澪くんを大切に想う気持ちが、はたから見ても分かるくらい、大きくて強いってことだよ」


「っ……!」


「真緒くんの気持ち、澪くんは絶対に笑顔で受け取ってくれるよ」


梓はニコッと明るく笑って、指ハートを作ってみせた。

そして、郁人の待つ部屋へ帰ろうとする。


「っ、梓!」


「?」


「ぁ、ありがとう!」


「ふふ、どういたしましてっ」


梓をあんな風に笑顔にさせているのは郁人で。

郁人を笑顔にさせているのもまた、梓なんだ。

お互いがお互いを笑わせて、その笑顔を守り続ける。


俺は、澪と……そんな関係になりたい。



バラバラに散らばっていた本を、一冊ずつ拾って本棚に並べていくように。

少しずつ少しずつ、生まれて初めての気持ちを整理して、その形を捉えていく。



部屋に戻ると、やはり澪の香りが満ちていた。

ベッドですやすやと眠る澪の隣に、静かに横になる。

頭を撫でると、澪は気持ち良さそうに寝返りを打って、俺の胸にすり、と顔を埋めた。


可愛らしい額にキスをして、俺もそっと目を閉じた。





「ん……まおくん、おはよう……」


「澪、おはよう」


むにゃむにゃと目をこすりながら起き上がる澪が、首を傾げながら手首をじいっと見つめる。


「あれ……これ、なぁに、きれい……ぶれすれっと……?」


「そう。澪にあげる」


「へ?あげる……?」


「昨日買ったんだ。澪に似合いそうだったから、つい……もらってくれる?」


眠そうだった澪の瞳が、次第にぱあっと見開かれ、きゅるきゅると輝いた。

その表情が愛おしくて抱きしめようとしたら、澪の方が先に、勢いよく抱きついてきた。


「ふふ、真緒くん、嬉しい、ありがとう」


「うん……」


澪が幸せそうな顔のまま、キスをしようと近づいてきたから、今度は俺が先に頭を引き寄せて唇を重ねた。





三日目の今日は、琉球ガラスを扱う施設を見学後、空港に向かい帰ることになっている。

施設に着いて、前半は決まったグループで工場や展示を見学することになったが、後半は昨日の自由グループで、施設内を好きにまわって良いことになった。


「どうする?ワークショップも色々あるみたいだけど」


「何か希望あるか?」


四人で集まると、郁人と梓にそう尋ねられる。

俺は特に強い希望はなかったけれど、澪は違ったようで。


「あ、あの、これ、ガラスアクセサリー作り、やってみたい……!」


澪がパンフレットを見せると、郁人たちも楽しそうだと賛成してくれる。

もちろん、俺も大賛成。


澪は嬉しそうに笑い、体験場所へ行く途中には、こそっと俺に耳打ちをしてきた。


「僕、真緒くんにあげるの作るから、楽しみにしててねっ」


今朝あげたブレスレットのお返しをしようとしてくれているのだろうか。

じゃあ、俺はさらにそのお返しを作ろう。



澪を想ってアクセサリーを作るのは、想像以上に心が満たされる体験だった。

技術的な部分では昨日の既製品に劣るけど、自覚したばかりの澪への愛はしっかり伝わるように、丁寧に。


「……できた……」


昨日買ったブレスレットと似た、淡いピンクのガラスをトップとしたネックレス。

澪の白い肌とマッチして映えると思う。


「できた……!」


横で作業をしていた澪も、どうやら完成したらしい。


「真緒くん、手、出して」


「うん……」


言われた通り差し出した手のひらの上に、そっと置かれたブレスレット。


「……綺麗」


「ふふ、真緒くんはね、やさしい星空の色が似合うと思ったんだ」


深く透き通った青のガラスが、静かに光を反射する。

澪の瞳に映る俺は、こんなに美しいのだろうか……

それは澪のみぞ知るけれど、この美しさに近づけるような努力をしたいと思う。


「ありがとう、澪」


星空を腕に通してみせると、澪は満足気に微笑んだ。


「じゃあ、次は俺の番ね」


「!ネックレス……!」


「つけてもいい?」


コクリと頷いた澪の首に手を回し、頸の後ろで留め具をチェーンに通す。


「……うん、やっぱり可愛い」


「ぁ、ありがとう……」


「その色は……なんだろうね、桜の色かな」


「ふふ、桜の色、いいね。真緒くんのお誕生日があって、僕が真緒くんに一目惚れした季節の色」


「っ……」


もし、今、二人きりだったのなら。

俺は衝動的に口づけをしてしまっただろう。

それほど、澪のはにかむ姿は愛らしかった。


「え!梓、すっげー上手!」


「ふふん。でしょ?」


向かいに座る郁人が大きな声を出したので、そちらへ視線を移すと、梓が贈ったブレスレットをキラキラした笑顔で見つめていた。


「梓くんすごいね!手先が器用なんだね」


梓の作ったブレスレットを見て、澪は分かりやすく感動していた。

確かに売ってあっても違和感がないような完成度だけれど、澪だって十分上手だよ。

心の中でそう呟きながら、澪の横顔を眺めていた。





「澪、次、降りる駅だよ」


「ん……まおくん……起こしてくれてありがと……」


沖縄から本州へ、無事に帰ってきた俺たち。

学校で解散して、いつもの帰り道を歩き、いつもの電車に乗って……

澪の最寄駅にまもなく到着する。


「まおくん、また来週ね」


肩に寄りかかったまま、とろんとした目で笑う澪の頭を優しく撫でた。


「うん。また来週」


いよいよ電車が停まり、澪が手を振って降りてゆく。


今思えば、このとき、勢いで俺も電車を降りてしまえば良かった。

澪が長旅で疲れているから、俺の言葉がまだまとまっていないから……そんな理由を並べずに、言ってしまえば良かった。


「好きだ」って。


当たり前のことなどないと分かっていたはずなのに。

来週の月曜からも、澪は俺の隣にいるものだと、どこかで思ってしまっていた。





告白しようとしていたんだ。

今日の帰り道で、澪に想いを伝えようって、思っていた。


俺の進路面談が放課後にあったから、澪は「教室で待ってるね」と可愛い笑顔で言ってくれた。

だから、面談を終えて教室の扉を開けたら、澪が笑って俺に駆け寄ってきてくれる―――そう思ってた。



「……澪?」



現実は、俺の予想を完全に裏切った。

澪は、俺の知らない男と、キスをしていた。

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