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異端者は魔女のお気に入り  作者: 織笠トリノ


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第2話 真理の焔

 愚かなことだ。

 幻聴が聞こえたとて、それはただの記憶の回想だろう。

 今までに何人燃やしてきた? それらの言葉を一つ一つ覚えているのか?


「覚えているわけない。俺の心は、あのとき焔の彼方に消えた」


 焼け落ちる二重十字の柱を見やるが、きちんと炭クズになった人があるだけだ。

 悲鳴や懇願、呪いの言葉などの蓄積。幻聴とはつまり、疲労の産物なのだ。


――こちらにいらして。


 戻ろうとした足が止まる。

 今、また。確かにこの耳に。


 赤、赫、紅。すべて、アカ。

 破邪の炎で清められて尚、異端者に吐ける言葉などない。

 だが妙に……惹かれる。

 うねり躍る業火に、近づきたくて仕方がない。


――真理を知りたいのでしょう?


 場にそぐわない澄み切った声だった。

 幻聴などではなく、現実に起こりえるのかと混乱する暇すら与えない問い。

 

 何よりも、俺は彼女が発した『真理』という言葉に魅了されている!


 気づけば手を炎に翳していた。

 焙る趣味はもっていないし、焼く必要性も無い。

 

 貴婦人の手を取り、相応しい場所へとエスコートするかのように。

 俺は自然と炎から伸びた、白くて可憐な腕を迎え入れた。


 少女。


 足首まで伸びる艶づやとした黒髪に、白い肌。

 オニキスのような深い神秘の瞳。

 装いこそ下層階級の民のものだが、纏っている気品は王族にも引けは取らないだろう。


 ころり、と彼女は微笑んだ。

 大きく切れ長の目をより細く。そして優美な唇をわずかに上げて。

 まるで鈴が転がるように、そっと。


「疑問持つ者、貴方をずっと探してたわ」

「……俺、を?」


 いや、事実そうなのだろう。

 彼女の含み笑いは、この場の誰にも聞こえていなかったに違いない。

 よしんば聞こえていたのなら、火勢はさらに強くなっていたことだろう。

 悪魔よ、退けと。


「抱っこ、してくださる?」

「あ、ああ……」


 躊躇いなく彼女は俺に身を預けてくる。

 この腕で抱き上げたのなら。彼女の重力を感じることができたなら、俺は……。


「じゃあ、失礼して」


 軽い。羽毛のようにではなく、人として軽すぎる。

 未だにこの少女が彼岸の者か此岸の者か判別がつかないままだ。


「ずっと後悔していたのでしょう? この町は貴方には寒すぎるわ。行きましょう」

「行くって……どちらへ? 何故俺が後悔していると――」


 そう語りかけたときであった。


「どういうことでしょうか、フェルゼン上級異端審問官殿。魔女狩りの任を持つヘクセンヤクトの英雄ともあろう方が、なぜ女を抱き上げているのですか」


 神官たちが己が任務を思い出し、俺を円陣にて囲む。

 手に手にメイスを持ち、白銀の光で俺を調伏しようとしているのだろう。


「フェルゼン様、大人しく縛につかれよ。今ならば《《まだ》》間に合います!」


 にじり寄る数、七名。抜け出すには少し厳しいか。

 この娘を放り出せば、全ては元通りになるかもしれない。

 氏素性の知れぬ少女だ。加えて縁もゆかりもない。手放せば、また――


 また、焼くのか。

 俺は、あと何人殺せばいい?

 

『戻れ』『まだ助かる』『何も考えるな』『忘れろ』


 顔が引きつるのがわかる。

 父なる神フェブールに仕える身、殉教や異端狩りは努めだ。

 神を信じ、神を畏れ、神に伏し、神の導きを得る。その何が間違いというのか。


『考えるな』『引き返せなくなるぞ』『お前はもう』


 異端者狩り、魔女狩りの特務機関・ヘクセンヤクト。

 俺は血のにじむような努力で、そこのエースに昇りつめた。

 俺を推挙してくれた神父様も大層喜んでおられたのだ。


 だから、今、俺がやるべきなのは、こいつを焼くことだ。

 それが合理的だ。それが理知的だ。それが信仰心だ。

 従え、と脳が命じている。


『そうだ』『炎に放り込め』『あのときの』


『妹のように』


 噛み締めた唇から生温かい物が流れ出すのが伝わる。

 俺は……もうこれ以上、手を汚したくはない……のか?

 否。

 俺が誤っていた。明確に。


「貴殿らに問う! そも異端とは聖書の何ページ目に記載されているや? 具体的な数を述べよ!」


 ざわり、と澱んでいた空気が惑いの気配を含む。

 ああ、困るよな。そんなことを聞かれたら。

 だってどこにも書いてないからな。聖書を丸暗記している俺ですら、その記述を見た覚えがない。


「異端とは何ぞや! 大いなる父フェブールは、いつ・どこで・誰が・何をしたら異端と仰せなのか! 神官たちに問う、異端を定義したのは人か! 神か!」


 薨去された四代前の教皇アレクシオス三世猊下の時に、異端審問と魔女についての見解が示された。

 つまりは人が決めた理であり、人の都合で合法的に危険因子を処罰するための仕組みであることは明白なのだ。


「ねえ、まだ続きそう?」

「大丈夫だ。もうすぐ終わる」


 神官たちは何も言えまい。 

 自問自答し、曲解し、疑念と猜疑、そして後悔を刻め!


「人の作りし定めに従い、俺も君たちも今まで何人焼いてきたのだ? 本当に、そこに異端はあったのか? 無辜の市民は一人とていなかったのか?」

「言うな! 言うな! この背教者め! 貴様は神を裏切った!!」

「果たして本当に裏切ったのは誰だ! 『汝、殺める莫れ』 聖書を持つ者であれば、誰もが認識している御言葉だろう? その戒律を破ったのは、破るように仕向けたのは誰だ!?」


 動揺が走っている。中には頭を抱えて叫び出す者もいる。

 目の前で人を焼いた後に、自分たちの罪に目を向けさせるのは辛かろう。

 心配するな、兄弟たち。俺も同じだけの血を流しているのだから。


 ぎゅうと痛む心臓が、俺の罪深さを記録している。

 決して忘却してはならない過ちと共に、俺は間違った路から脱却しなくてはならないのだ。


「目、つむっててくれ」

「ん」


 虎の子の煙幕丸を地面に叩きつけ、白煙で周囲を覆う。

 さてはさて、この子を連れていざというときの隠れ家に移動しようか。


 先ほどからしきりに俺の服を嗅いでいる、天の川のような髪の少女を連れて。

 

「大丈夫。貴方は真理を得られる。えうっ」

「担がれてる最中に喋ると、舌を噛むぞ」


 妙に超然としているところがあるかと思えば、挙動の一つ一つは幼い。

 だがこの子は俺になにがしかを啓蒙してくれるのだと思っている。

 理由はない。ただの直感だ。


 尤も、直感だけで突っ走るには、少々厄介なものを敵に回したという自負はあるのだが……。

お読みいただきありがとうございました!

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