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異端者は魔女のお気に入り  作者: 織笠トリノ


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第1話 プロローグ 骨を食む

「あいつは魔女だと思います。だって変な草や虫を混ぜて、鍋で煮てブツブツ何か言ってたんだよ」


 当時の俺は感情を整理できぬままに、礼拝堂で神父に密告をした。

 対象は七歳になる妹だった。


『だって、妹の方がお母さんに構われるから』

『お父さんは妹にいっぱいお土産を買ってくるから』

『村の人も妹の頭ばっかり撫でるから』


 幼い砌による、嫉妬故の発言だった。

 きっと神父様が父母を叱ってくれて、自分のことも愛してくれるようになるはず。

 まだ九歳だった自分にとって、これは細やかな仕返しのつもりだったのだ。


「詳しく……聞かせてくれるかな?」

「はい、神父様! えっとね、妹——ミリアはいっつも変なものを集めてくるんだ。それでそれで……」


 終始笑顔でいる神父様が、何かを憐れんでいるように口を引き結んでいたのを覚えている。それは次に起きるであろう『救済』に対して、自らの覚悟を問うていたかのように。


 途中経過の記憶は曖昧だ。極めて一般的な平民の日常だったと思う。

 

 俺の意識が人格を取り戻したのは、自らの頬を焙るかのような熱気によってだ。

 燃え落ちる皮膚がじゅうじゅうと油を垂れ流し、鼻奥を苛むような臭気を放っていた。

 バチリと木が爆ぜる。つんざくような悲鳴は広場に集った人々に、更なる熱狂の薪をくべていく。


「――!! アガ……アアァ……!!」


 獣のような絶叫を上げる先に、俺の視線が重なった。

 

「ミリ……ア……」

 

 業火に焼かれている小さい人影は、俺のよく知る人物だった。

 首から下は黒と赤に彩られ、腰からは腸がはみ出ている。


「ああ……な、なんだよこれ! こんなの、こんなこと俺は……」


 不意に肩を優しく叩かれた。


「神父様……あの、これは……」

「よく教えてくれましたね。御覧なさい。君の妹さんは真の教えによって救われたのです。不浄の魂は炎によって清められました」


 清められた、のだろうか。

 ならば妹は元気な姿で戻ってくると言うのか。


「神父様、ミリアはいつ帰って来れますよね? 清められたのであれば、また元通りに家族で過ごせますよね?」


 教会の教えによれば、人は善行を積むと天国に行けるという。

 愛する人は蘇り、再び巡り合うことができる


「……聖書の教えをお忘れのようですね。そもそも背教者が戻って来れる道理などあるわけないでしょう」

「そんな……」

「リーンハルト君、貴方はまさか異端の教えの影響を受けてはいませんよねぇ?」


 神父様が右手を上げると、俺の周囲を黒ずくめの教会関係者が囲んだ。


「まさか、まさかね。リーンハルト君、これは君にとって重要な質問ですからね。心して答えてください」

「は、はい……」

「貴方は、異端の教えを受けた覚えがありますかぁ?」


 激しく首を横に振る。

 もう恐ろしくて言葉が出ない。だから必死に左右へ。


「なるほどぉ。ではその証明をしてもらいましょうかねぇ」

「ひっ、ど、や、って……」

「ここに松明があります。これを《《妹さんに向かって投げなさい》》」


 そんなこと、できる、わけ……。


「まぁさぁかぁ! できますよねぇぇぇええええ?」


 神父様の顔が俺の耳元にへばりついたかのように、すぐ間近に来ている。

 

 いやだ。それだけは、駄目だ。

 許してください、本当に妹が少し羨ましかっただけなんです。

 こんなことになるなんて、思わなかったんです。


「できますよねぇ?」

「は……はい」


 尻尾を巻くことしかできなかった。


 進み出て来た教会関係者が、俺に一本の松明を手渡す。

 煌々と燃えさかるそれは、妹にとって最大の裏切りとなるだろう。


「さぁぁぁああああ、さぁさぁさぁ!!」

「う……ひぐっ……」


 涙はあふれた先から乾いていくのがわかる。

 獣ののような絶叫を上げる妹が、俺の一挙手一投足を見ている気がした。

 溶け落ちた眼窩と、俺の視線が交錯する。



 投げ入れた松明は、妹の足に当たった。

 途端に崩れ出す炭化した身体。

 

 もう聞こえなくなっていた妹の声が、不意に耳に刻まれる。


『裏切者』


 燃え落ちる妹の姿を、火が消え、煙がなくなるまでずっと見ていた。

 そこに魂はなく、人の思いも希望もない。

 

「これが異端の末路です。いいですかぁリーンハルト君。君はきちんと信者としての義務を果たしたのですよぉ? もぉっと誇りなさぁぁぁい!」

「……そう、ですね」

「神の教えを守るため、血を分けた家族の不正義を見逃さない。これは中々できることではありません。素晴らしい! 実にすばらっすぃ!!」

「……はい」


 そうだ。俺は……売ったんだ。

 みじめでちっぽけな自尊心のために、取り返しのつかないことをした。


「その信仰と正義、そして物事を冷酷に判断する合理性を私は高く評価いたします。君には是非、神学を学んでもらいたい」

「俺が……神学を……」

「はい。そして世に潜む異端者共に、正義の鉄槌を下す職業についてもらいたぁい」


 誰が否と言えようか。

 この問いは第二の審判だ。

 

 小さく頷き、見上げた神父様は酷く嬉しそうに微笑んでいた。


 俺は妹の灰を一つかみし、空へと撒く。

 手のひらに小さな塊を隠しながら。

 確か、そんな記憶があった。



「手枷を確認せよ。薪に油を撒く班は速やかに退避」

「ハッ! 皆の者、審問官のお言葉に従え」


 つい先刻、廃屋に潜んで乱交していた十人の男女を捕縛した。

 聖書の教えによれば、生殖目的以外での行為は大罪である。

 

 ついでに言えば、近くにあった手斧で俺に斬りかかってきた。

 いくら神官であるとはいえ、特殊な任務を任されている。一般市民に後れを取るはずがない。

 メイスで斧を手事叩き壊し、足刀を腹に叩きこんで制圧した。

 これで聖職者への害意という罪も追加になるだろう。


「上級異端審問官リーンハルト・フェルゼン殿。教会より火計許可の認可状が届きました」

「ご苦労。それではこれより異端者に対する刑を執行する!」


 驟雨のように湧きたつ怒号と歓声。そして猜疑と忌避の瞳。

 

 もう慣れた。

 こうして『無実』の人間を燃やすことも。

 人々から畏怖と蔑みの視線を向けられることも。

 敬虔な信者であろうと偽る自分にも、だ。


「着火せよ」

「許可が出たぞ! 異端者を燃やせ!」


 薪の爆ぜる音が木霊し、油と脂の鼻が曲がるような臭いが蔓延する。

 杭に吊るされた『通称罪人』の絶叫もいつもと同じ。

 最後には鉄の手枷で覆われた手首しか残らないのに、もがき続けるのは憐れなことだ。


「審問官殿、何をなされているのです?」

「爪を噛む癖が抜けなくてな。子供のころからの手習いだ」


 そっと口に含んだのは、妹ミリアの骨だ。

 人を燃やす間、己が罪人であることを忘れぬようにと始めたことである。


 カリ、コロ、カリ。


 そうして俺は最後に松明を投げる。

 人々をこの手で殺す。これは一つの印象的なアクションだ。

 上級異端審問官に対して、面と向かって異を唱える者などほとんどいない。

 だから俺が俺自身を赦してはいけないのだ。


「終わりだな。俺は教会本部に戻る。貴殿らは火刑の最期を見届け、周囲を清掃せよ」

「命令受領いたしました」


 フフ……フフフフフ……。


 不意に耳に女性の声が囁かれた。

 

「まだ生き残りがいるのか? 火勢は十分か?」

「ご安心を。もし息がある者がいても、我らが逃亡を許しませぬ」

「いや……まぁいい。頼んだぞ」

「万事お任せくださいませ」


 クスクス、クスクス。


 ただの幻聴か。それとも呪いの類か。

 こんな阿漕な業務をしているのだ。悪霊の十人やそこらはとり憑いていてもおかしくはないだろう。


 俺は口から妹の骨を取り出し、首から架けている二重十字の細工蓋を開け、そっとしまった。

 ここならば検められることもない。ましてや上級異端審問官のロザリオを調べる勇気など、一介の聖職者にはありはしないのだから。


「神の前にて秘するものは全て明らかになる……か」


 いつからだろうか。

 聖書のすべてが空虚に感じられはじめたのは。

 きっとあの日、あの時……。


 クスクス、フフフフ。


 誰だか知らないが、俺の何を笑っているんだ。

 いや、嗤うに足る生き様だから仕方がないか。


 コッチニ、オイデ……。


 いいだろう。

 俺はゆっくりと踵を返した。

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