epsode6~勘違いとその正体~
父が来て暫くが経った。
後継は考えなくていいから今したいことをすれば良いと、先とは打って変わったような言葉を発する父にどうして急にそんなことをと問うてみると、『エヴァリーナはお前を守り幸せにしてくれるからだ』と言われた。
今日も平民街へと顔を出す彼女にこっそり護衛をつけていつものように活動を影に報告させていると、ここ最近男とよくいるという報告を受けた。
相手は平民の格好をしていておそらく独身とのこと。とても楽しそうな雰囲気だということ。
平民の格好をしている割にはそこそこ値段の張るお店へとよく顔を出していること。
その報告を受けて、俺は落胆した。
期待していなければ落ち込まないものを、いつのまにか俺はどこかで彼女は裏切らないと決めつけていたらしい。
結局、彼女も同じだった。父の言う通りだった。
それが分かると、彼女への関心も興味も感謝も、一瞬にして灰となり、全て消え去ってしまった。
だが彼女はあからさまに避ける俺の態度にも気が付かないほど忙しそうに行動していた。
影は男の特徴を事細かに伝えた。
彼女と同じスノーホワイトの髪に、翡翠色の瞳を持つ顔の整った男だということ。
表しきれない気持ちを抱えたまま、また1ヶ月が過ぎた。
相変わらず男といるという報告を受ける俺はうんざりしながらも、彼女がどうしても夕食を一緒に食べたいのだと言うので、仕事を早めに終わらせて同席する。
毒でも仕込んでいるのかと勘繰りながら、重たく感じるダイニングへ繋がっている扉を開ける。
すると、パンっという音と共に、紙吹雪のようなものがサイドから舞った。そして
「「お誕生日おめでとうございます!旦那様!」」
彼女と、ここで働く侍従がまさか誕生日を祝うなど思っていなかった俺は大きく目を見開いた。
彼女は俺にしか見せない太陽のような笑みを見せる。嬉しいような、苛立つような、俺の心は混沌としていた。
「旦那様、お誕生日おめでとうございます!毎年密かに祝ってきたのですが今年はサプライズでお祝いしてみましたが如何でしょう?それと、これをどうぞ!旦那様に何をあげたら良いのか分からず迷っていたのですが、今の季節が冬なので、それに見合ったものをプレゼントにしてみました!お料理も是非お召し上がりください!」
そう言って彼女は俺に手渡しで袋に詰められたプレゼントを渡してきた。
その笑顔を見て、俺の心の糸がハサミで切られた音がした。
許しがたかった。
間男と遊んでいた人間が、私は忠実だという態度を取る。その嘘が微塵も悪いことではないと言うような笑みで。
「…はっ、サプライズ?プレゼント?何を自分が全て用意したように言っている?サプライズの飾り付けや料理などの用意は全て侍従がやったのだろう。プレゼントは最近よくいる間男と選んだのか?なんとも滑稽だな。間男にまで祝われるとは何とも馬鹿馬鹿しい」
「間男…?ですか?えっと、誰のことです??」
彼女は焦っていた。やはり図星ではないかと落胆と、苛立ちと、途端に戻ってきた女性への苦手意識。 それらが全て重なって、俺は声をこれでもかと言うほどに荒げた。
彼女の様子を、顔を見る余裕など、俺にはなかった。
「ふざけるな!平民街で男と会ってたのを俺が知らないとでも思っているのか?これも!間男と選んだものだろう!そんなものを俺が喜ぶと思っているのか?何とも舐められたものだな。間男と選んだものなどいるわけがないだろう」
プレゼントが詰められた袋を投げつけるように下へ落とすと、バリン!と、何かが割れる音がした。
途端に袋の中から水が漏れ、ガラスの破片がチリチリと見えた。
すぐに「奥様!」と駆け寄る侍女たち。
浮気者を庇う必要などないだろうと言いたくなったが、そういえば侍従は彼女の信者なのだったと思い出し口をつぐんでダイニングから出た。
彼女の顔を見ることは出来なかった。
もう彼女と会話を交わすこともないだろうと思った。
自分の母と同じような行動を取る人とはまともに話したくないと嫌悪感を抱いていたからだ。
ところが誕生日の翌日、その間男がやってきた。
特徴は事前に聞いていたためすぐに分かった。
どうしてこうも嫌な日々が続くのかと目を虚にしていると、間男は衝撃的なことを言った。
「何のようだ。まさか、ずうずうしくも俺の屋敷まで彼女に会いにきたのか?」
「?、はい。姉様が貴殿のためにと熟考して選んだプレゼントですので、姉様の嬉しそうな様子を見に行くのは何も悪いことではないはずですが?もしかして何かご都合がおありでしたか?」
「……姉様…?弟、なのか?だが、両家顔合わせの時にはいなかったはずだ」
「ええ、領地の視察へと言っていましたので、顔合わせの時は行くことが出来ませんでした。ご無礼をお許しください。ただ、姉様と両親の仲が良くなく頻繁に会える状況ではなかったためこれまで会わなかったのですが、貴殿のプレゼントに何を用意すれば良いか分からないから1ヶ月ほど選ぶのに付き合ってほしいと言われまして。姉様の願い事など滅多に聞かないので、今回こうして来たというわけですが、その様子ですと、何かあったみたいですね?」
とても流暢に話すその姿は、いつかの夜会での彼女と重なった。姉弟なのだと、嫌でも分かってしまう。
俺が彼女に放った言葉は、槍や短剣に似たようなものだ。それを真正面から受け止めていた彼女の顔を、俺は見なかった。…見ることが出来なかった。
それに、もう一つの引っ掛かりを覚える。
「……家族仲が良くないと言うのは、一体どう言うことだ?」
「あれ?それも話してなかったのですか。であれば、私の口からは申し上げられません。姉様に直接お聞きください。ですがその前に、貴殿と姉様の間に何があったかお話いただいても?」
実の弟である彼に隠し事など出来るはずもなく、ただ素直に事の顛末を吐露した。
すると、彼女の弟、テオはみるみるうちに俺を軽蔑の目で見た。
「それ、正気ですか?姉様に直接聞くこともせず、聞いただけの情報を鵜呑みにして貰ったプレゼントを床に叩きつけながら暴言を吐いたと?」
「……事実だ…」
「よくもそんなに冷淡でいられますね。血相も変えることなく今こうしてここにいるのですから。貴殿であれば契約とはいえ姉様を大事に扱ってくださると考えていたのですが私の勘は外れたようです。貴殿は姉様の傷を抉るのがお好きなようですね」
「…!そんなわけ…!」
「言い訳は結構です。とにかく、今は姉様に誠心誠意謝るのが先ではないのですか?今日のところは一先ず帰ります。次会えるのはいつになるか分かりませんが」
最後に言われた言葉で、彼女と両親の仲が悪かったことを再度思い出す。彼女の両親が会う暇を与えないほど弟と仲違いをさせたいように思えるのは気のせいだろうか。そもそも、このことを愛さないと言った男に話してくれることなどないに等しいだろう。
「…分かった。貴方とエヴァリーナ嬢の仲を疑って悪かった…。貴方が来た時はいつでも門を開けるようにと下の者に伝えておく」
「謝罪は私ではなく姉様に。見送りは結構です。それでは」
彼女の弟、テオは、彼女に似ていて他所行きの顔は全くと言って良いほど感情を顔に出すようなことはしなかった。
ただ、何を考えているのか分からない曇天のような目線を向けられているのは分かった。
そして、俺に好意的ではないことも。それは当たり前のことだった。彼女の心に咲く花を枯らしてしまったのだから。
テオが去った後、俺は真っ直ぐに彼女が過ごしている部屋へと向かった。
そ自分から彼女の方へ向かうのは初めてだからなのか、それとも謝罪をするというのがあまりにも少なかったから緊張しているのか、心臓は妙なリズムを刻んでいる。
彼女の部屋までもが曖昧な記憶の中どうにか辿り着いた彼女の部屋をノックする。
返ってきた声はいつもの溌剌とした様子は全くなく、萎れたものだった。
「…どなたですか」
「俺だ。…入っても良いだろうか…話が、したい…」
朝から彼女に会うことは出来ていない。
今までは毎日のように顔を合わせていた朝食にも体調が優れないからやめておくと侍従に伝えたそうだ。
彼女の機嫌を伺うように質問すると、彼女は少し間を置いて言った。ほんの数秒の時間が長く感じる。
雨が直接降り注いでくるかのように俺の心の臓は冷え切っていた。
「…申し訳ありません…、今はお顔を合わせられるほど綺麗な状態ではありません…また明日になったら、いつもの私になってますから」
__何故謝る…、勝手な勘違いで怒鳴って、傷つけたのは俺の方なのに…、全て、俺の落ち度だったと言うのに、貴方はなぜ…
唇を強く噛みながら先日の無数の言葉の刃を放ってしまったことを後悔した。
最後まで閲覧して頂きありがとうございましたm(_ _)m
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