epsode4~知らない一面とおかしな展開~
「行くぞ」
「はい!」
今日は皇帝からの絶対に参加しろと言う命令の元、男爵から公爵まで広く集まる夜会へと参加する。
これは半年に一度行われる交流会のようなものだ。
今までは絶対参加ではなかったため領地経営と商売の方に力を入れていた。そんな俺を見兼ねてか、『今回は妻を連れて社交界に参加しろ、君の妻が可哀想だ』と言われてしまった。
この経緯を彼女にそのまま説明すると、『私は旦那様とご一緒出来るのであればどこへでも!』と、また本心なのか嘘なのか分からない言葉で返された。
結局行くことになったのだが、如何せん社交の場に2人で行くのは初めてである。
会場に着き皇帝への挨拶を済ませた俺たちはしばらくの間別行動になった。というのも、別行動を提案したのはいつも楽しそうに俺に話を聞かせて食事をする彼女の方からだった。
「あの、旦那様」
「なんだ?」
「ここからは別行動にしては如何でしょう?皇帝陛下のお言葉を聞いている限りでは、旦那様はお久しぶりの社交の場。挨拶をしておいた方が良い貴族の方々や懇意にしておきたい方々もいらっしゃるでしょう。どうぞ挨拶をしてきてください。私はここで待っていますので。あ、もし不安であれば、見張りをつけてくださって構いませんから!」
俺は彼女の提案に目を丸くした。
大体の令嬢は俺と離れようとはせず、隣をくっついて伯爵家のあまり話さない方が良いような余計な情報を意図せず我先にと渡しに向かうのに。
彼女はそのようなことはせず、別行動を取ろうとする。他の令嬢であれば何か企んでいるのかと疑うが、彼女からそんな気配は微塵も感じなかった。
それどころか、今まで社交界に出なかった彼女は周りの視線もあるだろう。しかし、俺も俺で彼女の言う通り話しておきたい貴族は何人かいた。
「…分かった。すぐ戻る」
「はい、お待ちしておりますね」
家での話すような溌剌とした声で聞き取りやすい彼女の元気な話し方はどこへいってしまったのか、今は誰よりも上品であり、場を弁えた完璧なご令嬢にしか見えなかった。
時折り後ろを振り向きながら彼女の様子を伺っているうちに周りに人が集まってしまい、ついには彼女の姿が見えなくなってしまった。
この時に彼女のことをよく見ておかなかったのが仇となってしまうとは思わず、交流を深めるべき相手、懇意にしておいた方が良い貴族との挨拶と会話の方に集中した。
かれこれしているうちに、気が付けば早くも1時間が経過しようとしていた。
予定よりも長い間話していたせいで、彼女を話している間ずっと1人にしてしまった。
罪悪感と申し訳なさとが混ざり合った状態で彼女が待つと言っていた場所まで戻った。
ところが彼女の姿は見当たらず辺りを見回す。
だがどこを見てもいない状況に不安を覚えた。
情報を漏らされるかもしれないという不安ではなく、純粋な、心からの心配だった。
歩き回ってようやく見つけ、声を掛けようとした時、あり得ない行動が目に入った。
彼女がグラスに入っていた飲み物を他の令嬢に頭からかけられているのだ。
俺が覚えたことのない感情を抱いている一方で、彼女は毅然としている。
その様子が気に入らないであろう飲み物をかけた令嬢は言葉巧みに彼女を見下す。
「どうしてあなたなんかが伯爵様と結婚を…!どうせ愛されていないに決まっていますわ!ぞんざいな扱いを受けているに違いありません!図星ですか?何か言ってみたらどうですの?ウォートリー子爵令嬢」
令嬢の言う言葉に、俺は確かに【怒り】を覚えた。 だが、それを露わにすることは俺には出来なかった。
愛していないのも、俺がぞんざいに扱っているのも事実だったから。これが事実では体裁を守るどころではないなと自分自身を嘲笑する。
このままいけば、今回のことがトラウマとなって離縁を切り出されるだろうか。
彼女と離縁した後は、また別の女性に言い寄られるのだろうなといううんざりした思いと、彼女が離縁した後は大丈夫なのだろうかという今までの俺からは想像もつかない心配をしていた。ところが…
「そんなこと、あなたに関係ありまして?」
「はい?」
彼女が社交界で他人に見せる姿と、俺に見せる姿は全く異なる。
どちらが本物なのか分からないほどに、どちらも彼女の魅力を引き立たせていた。
今は手に持っていた扇をバサっと開いて口元を隠し、妖艶な笑みを浮かべる。
彼女と令嬢のやり取りを傍観していた男の貴族たちからは生唾を飲む音が聞こえた。
「仮に伯爵様が私を愛していないとして、存外に扱っていたとして、それがあなたに関係があるのかと聞いているのです。伯爵様が結婚相手に選んだのは私です。ならばあなたも、潔く認めるべきでしょう。そして身を引くべきです」
「なっ…調子にならないで…!」
彼女は、令嬢との距離をゆっくり、ゆっくりと縮めていく。流石に萎縮した令嬢は数歩後ずさるが、その距離をまた縮めようと、彼女は歩を進める。
そうして、ついに彼女とご令嬢の距離が1メートルもないくらいまで近づいて扇を畳み、彼女は言った。
「あなたはお美しいですわ」
「はっ?」
「はい?」
__それが、飲み物をかけられた相手に言うことなのか…?
思わず口に出た小さな『はっ?』と言う言葉は、それよりも大きな声で発せられた令嬢の『はい?』によって消されたようだ。
この言葉は令嬢も予想外だったようだ。それはそうだろう。俺もそうだ。
「今回の行動はきっと、焦りから来るものなのでしょう?狙っていた殿方を横から奪ってしまったことには、意図したことでなくともあなたを傷つけてしまいました。申し訳ありません。ですが、それとこれとは別に、あなたは先も言った通り女の私から見ても本当に綺麗なのです。きっとすぐにでもあなたを見てくださると殿方が見つかると思いますわ」
「……エヴァ、リーナ様……」
__おい、おいおい。展開がおかしい気がするぞ
先までウォートリー子爵令嬢と呼んでいた令嬢は彼女を下の名前で、様をつけてはっきりと呼んでいる。 今この瞬間、彼女に惚れたやつらは男女含めどれだけいることだろうか。これでは男の面目丸潰れである。
「あ、それと、関係ないと言うのは、私の本心です。だって、私は彼を愛していますもの。その愛が恋なのか、はたまた家族愛なのかは定かではありませんが、私は確かに彼を大切に思っていますわ。そしてここにいる皆様、今日のことはここにいらっしゃる方々限定の演劇として見てくださいませ。どうか本日のことはご令嬢のために口外しないで頂けると幸いですわ」
「…!どうしてそこまで…!」
令嬢が疑問を口にすると、彼女はまた扇を開いて妖艶な笑みを浮かべて言った。
俺の顔はほのかに熱を帯びていたような気がした。
「先程も言いましたよ。あなたがお美しいからです。たったこれっぽっちのことで、あなたの評判が下がるのは、私としても嫌なので。今回のことであなたの人生が崩れるなんて勿体無いですもの」
「エヴァリーナ様…!本当に、申し訳ありませんでした…。お詫びと言ってはなんですが、替えのドレスのご用意と、入浴の準備をさせますので…!」
気が付けば、現場に居合わせた時に俺を取られたことによって見えた彼女への嫉妬心は消え失せ、代わりに敬愛の目を向けていた。
それは彼女の目の前にいる令嬢だけではなく、他の見ていた令嬢や貴族にも向けられていた。
__気に入らないな…
「エヴァリーナ」
「…!まあ、ノア様。どうなさいましたか?」
仲が良いように見せるためいきなり下の名前で呼んだが、一切動じることなく彼女は合わせた。
社交界用の、貼り付けた妖艶な笑み。いつも見ている、穏やかな森に日の光が差しているのようなものとは全く違うものだった。
「今日はもう疲れているだろう。早く邸宅に帰って二人でゆっくり過ごそう」
「ノア様がそう仰るのであれば。すみません、マリア様、私はここで失礼致しますね」
「私の名前を知って…」
「もちろんですわ。マリア様が私を名前で呼んでくださったので、私も名前で呼んだまでです。では、またお会いしましょう」
最後まで、彼女は完璧な姿勢を崩さずにいた。
会場の前で待っていた馬車に乗って、俺たちは帰路を辿っていた。
そこでも、彼女が姿勢を崩すことはなかった。
「…助けに入ってやれず、すまなかった…」
「いいえ、旦那様の謝るところではありません。私は大丈夫ですから、お気になさらないでください!」
車輪が地面に擦れ、ガラガラと音を立てていた。
窓から目線を上にやると無数の星が色を成していた。
目の前には、触れるとすぐに壊れてしまいそうな彼女がそこにいる。
気品に溢れる今の彼女は、俺では到底及ばないような遠くにいる気がしてならない。
「ならば俺が気にならないよう羽織っておけ」
上着を脱いで彼女に渡すと、それまで崩れなかった彼女の表情は途端に変化した。
パーティーの時の美しい人形のような笑みではなく、中に水晶でも入ってるのかと聞きたくなるほどに目を丸くさせ成熟した苺のように頬を赤らめた。
初めて会った令嬢に飲み物をかけられても瞼一つ動かなかった彼女は今、俺が上着を脱いで渡しただけでここまで表情の変化を見せた。
すると、先までの気に入らないと言った気持ちは、どこかへ飛ばされていった。
代わりに、顔の両端が少し熱くなった気がした。
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