epsode2~彼女の純情~
「私が君を愛することはない。君はただ、生涯私のお飾りの妻として徹してくれたらそれで良い」
「…そうですか。では、私のお飾りの妻として許容してくださる範囲を教えて頂きたいです!」
「…………は?」
__意味が分からん…。俺は今、伝えたよな?彼女にお飾りの妻だと…。いや、うん、伝えたはずだ
そう。伝えたのにも関わらず、彼女は伝える前と変わらない、何も聞いていなかった時と同じ笑顔で元気に溌剌と答えている。
「お飾りの妻とはいえ、しなければいけないこともあると思うのです。それを教えて頂ければと!」
ああなんだ、そういうことかと、すぐに頭が働いた。
要は、閨事がしたいということだろう。初夜をきちんと迎えれば、彼女は赤子を授かることが出来るかもしれないから。
そうすれば、俺に惚れてもらえるとでも思っているのだろうか?誰もかれもが欲に塗れていて馬鹿馬鹿しいなと、改めて世の中の滑稽さを感じる。
「閨事などせんぞ」
「?…、いえ、そうではなくて、伯爵夫人としての、しなければいけないことや、してはいけないことを教えて欲しいのです!」
「え?あ、ああ。そっちか…。それなら心配しなくて良い。君のすることはない。たまに社交界に同席してもらうことになるが、それだけだ。してはいけないことは伯爵家の体裁を壊すこと。それ以外は求めない。金も常識の範囲内でなら使ってくれて良い」
彼女の心からの戸惑った表情に、疑問を浮かべざるを得なかった。
子供を授かれば、少なくとも離婚はせずにここで好きなように過ごせるというのに。
彼女は初夜を迎えたかったわけではないのか。その事実に、俺は密かに安堵した。
ならば金が目的で、俺のところに嫁いできたのだろう。そうだ、そうに決まっている。
ウォートリー子爵も、娘が欲しいなら金を用意しろと傲慢だった。
事前に子爵家の経済状況は把握していたため言われることを予想するのは容易だった。
『私の家の借金を全て返済してくだされば、娘をお渡ししましょう』と言ってきたのだ。
子爵は本来そんなことを頼める立場はないのだが、如何せん彼女以外に全ての条件が当てはまる人が中々いない。それを子爵も分かっていたのだろう。
故に、俺も俺で引き下がれなかった。
『子爵の条件を認めよう。金は結婚後に送る。結婚式は行わないがこれはあくまでも契約だ。これくらいは譲歩してもらうぞ』
『心得ました。もう娘はあなたのものです。お好きなようになさってください』
自分の娘を物のように扱う発言に少し違和感を覚えたが、その時の俺は【違和感】で終わってしまったのだ。
彼女にとってもお金を好きなように使って良いというのはかなりのアドバンテージとなるはずだが、当の本人は首を小さく横に振った。
「いえ、それでは割にあいません。私は衣食住全てを提供してもらってるのに、出来ることがあまりにも少なすぎます。どうか、私に仕事を与えてください。掃除洗濯料理、領地経営の方でも、指示出しや書類の確認、経費の確認など、なんでも良いのです」
__今、なんと言った…?掃除洗濯料理は、それぞれメイド、執事、料理人がすることだ。しかも、領地経営は当主がするのが基本であり、その補佐として側近が手伝うのが普通だ。それを、令嬢が手伝っていたのか…?箱入りの娘が…?
「悪いが、君のことは信用出来ない。君の言うことを鵜呑みにして情報を盗まれでもしたら大変だからな。君は体裁を守ること、最低限の社交界に参加することさえしてくれたら後は好きにしてくれていい」
「かしこまりました…では、旦那様をお慕い、お仕事のサポートをすることはお許し頂けますか?」
「…なに?」
彼女の思考回路が、俺には心底理解出来なかった。 少なくとも、自分が女性に対して酷いことを言っている自覚はある。
だから令嬢が怒り狂うのも嫌うのも憎むのも、想定の範囲内であった。
だが、慕われるのは聞いてない。
「旦那様はお優しいです。全てを与えても尚、私に何かを要求するどころか、好きに過ごして良いと、そう仰ってくださいました。そんな旦那様の人となりが、私、とても好きなんです。どうか、旦那様をお慕いする許可を頂けませんか?」
__人となりが好き…?俺の?お飾りの妻だと言った男の、愛さないといった男のどこを好きになれるんだ…。慕っているなどという言葉、嘘に決まっている…。俺に取り入ろうとする奴らは皆【愛してる】言う…というか、人を慕うのに許可などいらんだろ…。
あまりに率直に好意を伝えてくるせいで、彼女の言っていることが本心だと錯覚してしまいそうになる。 どうせ彼女も、俺を落とそうと、気に入られようと必死なだけだ。大方、爵位か金か権力にでも目が入ってるんだろう。
「……好きにしろ。もう一度言うが、君はお飾りの妻であり、私は誰かを愛するつもりはない。その事を踏まえて生活してくれ」
「かしこまりました!ありがとうございます、旦那様!精一杯お飾りの妻を務めさせて頂きます!」
こうして、彼女との奇妙な結婚生活が幕を開けた。
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