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epsode13~ある日の2人~<最終話>


「エヴァリーナ、少し休憩しないか?」

「はい…!私も旦那様にお休みしてほしかったところですので喜んで!」


 また人のことばかり気にしているエヴァリーナに『自分のことを第一に考えるんだ』と伝えようとしたが、天使のような柔和な笑みを見せられては何も言えないではないか。と心の中で密かに唸る。


 執務室にあるソファに2人で座り、侍従に飲み物と茶菓子を用意させる。

 未だに彼女の身体を心配してしまうのは彼女が全くと言っていいほど自分の身体に配慮しないからだ。


 先だって、彼女は仕事に集中していて休憩する様子なんてものは微塵も感じなかった。なのにリーは俺に適度なちょうど良い時間に休憩を挟んでくれる。


 俺の仕事リーのためだからいくらでも頑張れると言うのに。彼女はそれを許さない。

 体調が回復したリーは伯爵夫人としての仕事や、新しく見事子爵の位を勝ち取ったテオとよく笑顔で話すようになっていた。


 少し嫉妬を覚えそうになったが、流石に彼女の実の弟に嫉妬するのは心が狭すぎるなと何も言わない。それよりも常に心配なのは彼女の身体だった。


「どこも辛くはないか?」

「ふふっ、どれだけ経ったとお思いですか?もう大丈夫ですよ」

「それでも心配だ。そういえば、リーは出会った時からずっと俺のことを分かっていたんだよな」

「はい。顔立ちに小さい頃の面影がありましたし、偽名ではないことも旦那様のお父上から旦那様と同じ名前を聞いていたのですぐに分かりました」

 

 迷いのない返答に、ほんの少し照れ臭くなる。

 以前の自分ならばあり得なかったであろう気持ちに心がふわふわするが、申し訳ない気持ちがそれを上回る。


 決して責め立てるわけではないことを分かってもらうため、出来るだけ表情を柔らかくしてからずっと気になっていたことを質問した。


「どうして…、言わなかったんだ…?」

「……『覚えていない』と言われるのが怖かったのです…、それに、もし私だけが覚えていたとしたら、私は勝手に幼少の頃の約束を果たすために好きなことをしていただけですし、旦那様に幼少の頃の約束に囚われて欲しくはありませんでしたから。あ、もちろん私が囚われていた訳ではありませんよ…、?私はずっと、旦那様には自由に生きてもらいたかったのです。なのに結局、私が長い間眠っていたせいで、旦那様を引き留めてしまって、本当に申し訳ありません……」


 彼女が悪くないことでも悪いことだと思い込んで謝ってしまうのは、これから一緒に直すとしてだ。


 俺は俯きがちに話す彼女の頬に手を当て、前へ向かせた。少し不安そうにする子犬のようなエヴァリーナはとても可愛かった。

 だがずっと子犬のような顔をさせるわけにもいかない。彼女に1番似合うのは、やはり陽光が差し掛かった笑顔だと思う。


「俺はリーのおかげで心から笑えるようになったんだ。愛し愛されることがどれだけの幸福に包まれるのかも知れた。だから謝らないでくれ。むしろ謝るのは俺の方だ」

「旦那様……」


 目で訴えかけてくる彼女が何を伝えたいかすぐに分かったので、俺は話題を少し変えることにした。


「…それと、もう一つあるんだ。どうしてリーはずっと俺を好いてくれている?過去の俺は今の自分から見ても、最低な人間だった。なのにリーは、ずっと俺を好きでいてくれて、優しい愛を与えてくれた。嬉しかったし温かかった…だが、理由が分からないんだ…」


 彼女の愛を疑っているわけではない。

 いつだって、今だって気を遣ってくれている彼女の純粋で無垢な愛を疑うはずがない。

 これはただの俺の我儘だった。理由の分からないものほど不安なものはない。結局のところ、自身の独りよがりな考えだった。


 何かを感じ取ったのだろう彼女は目を背けることなく優しい目付きで自分の手を俺の頬に添えた。

 親指で目元をなぞるようにそっとスライドさせて彼女の親指は定位置に着いた。


「…申し訳ありません…泣いているように見えたのでつい。…私が旦那様をお慕いしている理由は、私が創った空間に旦那様が入ってきてくださったからです」

「えっ……いや、あの空間は、リーの憩いの場だったのだろう?俺はそこに土足で踏み込んだのに……?」


 知らなかったとはいえ、勝手に入ってきてしまったことに変わりはない。しかも、本来なら絶対入れるような場所ではない所へ来てしまったのだから尚更だ。


 すると、彼女はくすくすと小鳥のように笑いながら俺の頬から手を離し、今度は肩に頭を預けた。

 その姿は妙に愛らしく、寄り添ってくれているような、寄り添って欲しいと訴えかけているようなどちらか分からない不思議さを感じる。


 同時に、理性も研ぎ澄まさないといけないので大変ではある。が、愛おしい彼女の甘えてくる姿を見られるのならばこれくらい耐えて見せようと勝手に意気込んでいる自分もいた。


「…旦那様、弟から私は(『笑顔になれる場所が欲しい』と言っていた)…こう聞いてますよね」

「ああ…」

「…あれは、嘘なんです…。私が本当に願ったことを言ったら、弟は余計に気を病んでしまう気がして…」


 えへへと、どこか困ったように微笑む彼女は寂しいそうな、少しでも風が吹けばその風に乗ってどこまでも飛んでいってしまいそうな不安を覚える様子だった。


 けれどきっと、その不安に反して彼女は側にいてくれる。優しく自己犠牲すらも問わないような子なのだ。その自己犠牲が、時には誰かの凶器やトドメになることをまだ彼女は知らない。それが悲しくもある。


 俺はソファに置いていた手を彼女の頭上に乗せて撫でながら話を続けることにした。

 一瞬どきっとしていた彼女も心地よさそうに手のひらに頭を擦り寄せて雪溶けの笑顔を見せてくれた。


「…リーは優しいな、ならば、本当のリーの願いを教えてくれるか…、?」

「……私は当時、【私がいることを許される場所が欲しい】と言ったのです」


 リーが言ったその一言は、俺の頭を鈍器で殴ったような強い衝撃を与えた。彼女は何でもないように言う。 だから彼女は強い。だが、子供が願うものとは思えないものだった。

 まだ10歳にも満たない子供が、普通そのようなことを願うだろうか…、いや、…願わないだろう。


__【無視】と言うのは、その人の存在を否定するのと同じことだ。リーの両親も、テオも、…俺自身も、ずっとリーにとって嫌な【いることを許されない場所】となってしまっていたのか……


「リー…」

「っふふ、そんなに悲しそうな声をしないでください。旦那様、…旦那様はその、【いることを許される場所】に入ってきてくださったのですよ」

「えっ…」

「もともと、人を入れるつもりなどなかったのです。だって、面識のない人に【いることを許してくれる人】なんていないですから。だからあそこは、ずっと1人でいる場所だと思っていたのです。でもある日、旦那様は突然あの空間に入って来てくださいました」


 だんだんとまた、優しい朗らかな声色に変わっていく。その思い出を慈しむように彼女は宝物が入っている秘密の箱の蓋を開けるみたいに話す。


「会ったこともない、しかも私と同じか少し年が上の男の子が【いることを許してくれる】。そんな奇跡、偶然だと分かっていても、とても嬉しかったのですよ。この世界に私が【いてもいい場所】はあったんだと、旦那様が教えてくれたのです。たまたまだとしても、偶然だとしても、私にとってはそれが全てだったのです。だから私は旦那様をずっとお慕いしているのです。これで分かりましたか…?」


 俺は頷く代わりに、壊れそうなものを潰さぬように優しく優しく抱きしめた。

 そんなことで好きになってしまうほどに、彼女は弱っていたのだ。

 その心に漬け込み、冷たい態度を取り、引き離し、今度はまた離さぬようにと俺の檻の中に閉じ込めようとしている。


「…リー、世界は広い。俺よりいい男なんてやつは探せばいくらでもいる……それでも、本当に…俺で良いのか…?」


 俺は最後に彼女が羽ばたきたいと思っているならと思い質問した。だが、彼女は違うふうに受け取ったようだ。


「…旦那様は、私がお嫌いですか?」

「…なっ_!そんなわけない!この世で1番愛してる…。大好きだ。あなたの仕草や慈悲ある行動、優しい笑顔も何もかも、あなた以上に愛おしい人など、きっと見つからない…!」


 俺はより強く抱きしめる。

 思いに比例するかのように、本当は羽ばたかせるべきだと分かっている翼を広げてしまわないように。


 それでも、自分の気持ちなんかよりもずっと彼女の無視されてきた気持ちを尊重したいという思いの方が遥かに強いから、だから俺の言い分など聞いてはいけないと言うのに。

 またいつだって、彼女は俺の話を絶対聞いてしまう。


「なら、良いではないですか…。偶然であれど、私を1番初めに見つけてくださったのは旦那様です。私を地獄から救い出してくれてありがとうございます、旦那様。私も心から愛しております」

「…っ、なあ、リー。お願いがある」

「?、何でしょう?」

「名前で呼んでくれないか…?前のようにノアと、そう呼んで欲しい」


 抱きしめたまま言うのは、自分の赤面を見られたくがないため。

 しかし、それは彼女も同じようだ。彼女が抱きしめ返してくれている、裾を掴んでいる小さな手に少し力が入った。


 少しの沈黙の後、彼女は意を決したように小さな声で俺の胸の中で言った。


「…………ノア、様……」

「ああ、リー。愛してる。本当は敬称を無くしてノアと呼んで欲しいが、それは後々だな」

「…意地悪です。…………ノア様」

「ん?」


 抱きしめるのをやめて再び目を合わせると、先の優しい微笑みとはまた違う陽光を思わせる笑顔で彼女は言うのだ。


「愛しております。大好きです。私を見つけてくれてありがとう」


 この愛おしい彼女を守る権利を与えてくれた神様と弟と何より愛おしい彼女に感謝して、俺も返す。


「こちらこそだ。俺を救ってくれてありがとう。愛おしいエヴァリーナ」と。


 そうして、いつかは頬で終わっていたものは、次は唇へと優しく触れた。





end








最後まで読んで頂きありがとうございました!!!

これで全話終了となります!


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