epsode10~足りなかったパズルのピース~
「…無視……?」
「はい。姉様がどれだけ話しかけても返ってくるのは静寂です。私が物心ついた時から、どこへ行こうと何をしようと、両親は無視し続けていました。そのうち私も何を勘違いしたのか、【姉様には悪い態度を取っても許される】という思考に行き着いて、私も両親と同じような態度を取るようになり数年間姉様を苦しめました……」
俺は驚きを隠すことが出来なかった。
今では心から姉を心から慕っていて大好きだというオーラが漂っているテオが、かつては両親と同じように無視をしていたのか。
ざわつくものを静めるように、一呼吸する。
彼にとって不利になる情報を俺に渡すほど、決意は本物だということ。
そう考えると、俺の中のじゃじゃ馬は大人しくなった。ここで口を挟んではいけないと静かに悟る。
テオは俺の座る椅子の後ろで眠る彼女にほんの一瞬目をやり、大きく変化のない表情だったが、異変がないことに安堵する表情を見せて今一度目を合わせた。
「そんな、まだ私が姉様をぞんざいに扱っていたある日、私は魔力暴走を起こしてしまったのです…」
「…!」
「氷属性の魔力は魔力密度が濃く、扱うには危険が伴うから遊び半分で無闇矢鱈に使ってはいけないと姉様から言われていたにも関わらず、私は自分で作った綺麗な氷の景色が見たいという幼すぎた考えで、暴走を起こしてしまいました」
当時の情景を思い出したのかテオの顔色は良くない。きっとそれだけではないと思うが、ここで水を差すのは野暮だ。
テオは一拍置いて、震える声で言った。
「私の魔力暴走に1番初めに両親が気付いたのですが、あの2人は近づくことすらしませんでした。けれど姉様だけが私の側へ駆け寄ってくれて、姉様の魔力で私の魔力を中和してくれたのです。暴走が治ると、姉様は『貴方が無事で良かった』とだけ言って倒れました」
一つ一つの彼女の優しい行動を噛み締めるように、情景を膨らませながら彼は話した。
俺は、彼女の慈悲の深さとどこまでも包み込む温かさに敬意を抱いた。
「姉様は倒れてから1週間後に目を覚ましました。どうして私を助けたのかと聞けば弱々しい声で『私の弟だから』と、それだけでした。その時ようやく目が覚めました。姉様と私を差別し、助けることもしてくれず、あまつさえ姉様のことを無視をする両親と…両親と同じように無視し続けたにも関わらず、弟だからという理由だけで助けてくれた姉様のどちらを信じ大切にすべきなのか」
テオは瞳から溢れそうな何かを我慢するようほんの少し目を細め、目を覚ます前の自分を嘲るように嘲笑の笑みを浮かべた。
その表情がとても痛ましく、どこか今の自分を見ているようで胸の辺りが苦しくなった。
「それから私は両親に従順なふりをしました。そして聞きました。どうして姉様を無視するのかと。そうしたら、なんて言ったと思いますか…?」
「……分からない…」
これは事実だった。
__伯爵夫人の仕事は完璧にこなすし、社交界での会話も人の興味を惹ける話し方で表情も自然だ。先ほど聞いていて初めて知ったが魔法も使えるらしいな。どこに重きを置いても完璧ではないか……
「【女だから】」
「はっ………?」
信じがたい言葉を耳にしたように、その言葉を身体全身で拒否してしまう。
あまりにもふざけていると脳内がその言葉を受け付けない。テオはそんな俺を見て苦笑した。
「商家に女は必要ないからと、無視を決め込んだのだそうです。今まで理由も知らずに親がしているからと真似ていた私は【そんなことで?】と思いましたよ。だってあまりにも馬鹿げているではありませんか。性別が男でないだけで無視など、、母上だって女性ではないかと言ってやりたくなりましたね」
両親の話になればなるほど見えないはずのオーラは音を立てて湯気のように大きくゆらゆらと揺れているように見える気がする。
自分よりも怒り心頭な人を見ると自分は冷静になれるようだ。
今にも沸騰しそうなテオを宥めるように別の関連ある話に移行する。
「そういえば、彼女は魔法も扱えるのだな。どんな魔法を使うんだ?」
「姉様は両親のせいで魔法を使いたがらないのですが、貴殿にはお教えしておきます。姉様は私よりも遥かにすごい、無属性の言霊という魔法です。ですがまあ色々と制約はありきです。今回姉様が魔法を使わず自身を犠牲にしたのも制約があるからですよ」
普通の人間なら、無敵と呼べるような魔法を扱える彼女を放っておくことはしないだろう。
ある意味馬鹿みたいな考えを持つ親元に生まれて良かったと考えるべきか、そこは彼女の魔法を利用されなくて良かったと酷く安心する。
もちろん彼女の両親への怒りは未だ沸騰中だが。
「その制約と言うのは?」
「他人に干渉することは出来ません。例えば、人に命令したり、心に反することは出来ません。出来るのはまず、全属性の魔法を扱えます。そして他人に害を及ぼさない範囲であれば、自分のしたいことを叶えることが出来ます」
そこまで誰も敵わないような魔法を使えるのに、彼女が使っているのを俺は見たことがない。
神様はきっと、彼女だからこそ与えた特別な魔法なのだろう。
優しすぎるがあまりに自分を守ろうとしない彼女のために与えた畏怖の魔法。
だがそれすらも彼女はきっと、人のために使ってしまうのだ。
俺とテオは顔を見合わせて苦笑した。考えていることは同じのようだ。
「…姉様は、怒る人がいないので、よく外に出ていたようなのですが、そこでだけは自分のために魔法を使っていたようなのです。小さい時に姉様が話してくださいました」
彼の目が優しいものへと変わった。
大事なものを慈しみ、割れたものを愛でるような目だ。少しの間左上を向いて、彼女の声を思い出す様子を見せながら優しげに語った。
「ある程度離れた街まで向かい、人気の少ない場所で、『笑顔になれる場所が欲しい』と言霊を使ったそうです。そうして出来た場所は、白い花が一面に咲き乱れ、真ん中に大きな楠を生やした場所だったようで、姉様はよく家を抜け出してその場所へ行くようになりました」
なんだか自分まで見覚えのある景色だと思うのは感情移入のしすぎだからだろうか。
また何故か、変な胸騒ぎがする。
「そんなある日、突然自分だけが来られると思っていた場所に男の子が入ってきたそうです」
「……っ、………」
__ああ、やめてくれ…
「男の子も辛そうでこの場所を貸してあげようとしたそうなのですが、話を聞いているうちに【この子は愛されている】と分かったそうで、すぐに元の場所へと送ったと言っていました」
「…その後、何か言っていたか……?」
「いえ、名前を聞いても何も教えてくれませんでした。ただ、ぽつりと、この魔法をあの子に渡せたら良かったのになと呟いていました」
心臓が煩いほどに音を立てる。
鼓動が大きすぎて少し痛みを感じるほどだった。
瞳の色は違ったし、名前もリーではない。
__だが、俺の予想があっていれば…
「…魔法を使った後、何か副作用は、あるか……?」
「そうですね…、副作用というほどではないですが、体内の魔力量が減ると、全体の色素が薄まります。主に髪や目の色ですね」
「……テオ」
彼が覚悟を決めて家のことを話してくれたのだから、俺も話さないといけないだろう。
震える声で彼の名前を呼び、歯を食いしばって話した。
「その時の子供は、俺だ…俺が言ったんだ…『こんなに綺麗な魔法を使えるのは、少し羨ましいな』と」
今になって、全ての辻褄が合った。
一つ二つと足りなかったパズルのピースが、音を立ててハマっていく。
『羨ましい』と言って女の子が悲しそうな顔をしたのは、どれだけ魔法を使えたとしても彼女にとって意味がなかったからだ。
そして目の色以外が似ていたのも、名前がリーだったのにも納得がいった。
目の色は魔法を使って魔力が薄くなったからだろう。リーなのは名前にエヴァ【リー】ナ・ウォート【リー】だからだ。
「…なんとしてでも彼女を救う。俺はまだ、何も彼女に伝えられていない。何も彼女にしてあげられていない。彼女はずっと俺に尽くしてくれていたのに…」
__あのたった一度の出会いでした約束ですらも、守ってくれていたというのに…俺は…
あの白い花が一面に広がる中に立つ大きな楠の前で言ってくれた。
『隣にいる』こと、そして『心から笑顔になれるようにする』ことの二つ。
__リーはずっと側にいてくれたのに、俺が手を離してしまったんだ…………笑顔だって、最近の俺の雰囲気は柔らかくなったと側近も言っていた…間違いなく、リーのおかげだ…なのに俺はっ……!
歯を食いしばって、震える息遣いをなんとか抑えて、溢れ出るものを無理やり押し殺して、そうしているのは俺だけではなかった。
「…私だって、姉様を救うためにはなんでもするつもりです…。姉様が私を救ってくださったあの日から、私はまだ何も出来ていないのですから」
自分と同じように、自分自身に向けるドス黒い感情をなんとか抑えようとする必死な表情。
考えることは同じで、俺たちは揃って彼女の顔色を見に行く。
呼吸は変わらず浅いままで、眠っていても傷が痛いのか、首筋に冷や汗をかいて目元から水が垂れていた。
その姿を見て、俺たちは揃って唇を噛んだ。
もう二度と、彼女に悲しい思いなどさせてたまるかと、俺は心の中で誓いを立てた。
だがそんな考えですら甘かったのだと、身をもって知ることとなった。
◇◇◇
最後まで閲覧して頂きありがとうございましたm(_ _)m
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