アンネリーン
それから数日して、カレルがいつものように工房で下働きに忙しくしていると「お前に客だ」と声が掛かった。裏口に出てみると、町娘姿のエルジンガがいた。
彼女の姿が目に飛び込んでくるなり、胸がいっぱいになって喜びに苦しい程だった。
最後に見た姿からは、ずいぶん回復したのだと見て取れた。
やせ細っていた体はすこしふっくらとして、顔色も良い、なにより以前の凛とした眼差しが戻っていた。
「お仕事中にお訪ねして申し訳ありません。けれど、どうしてもお礼がいいたくて……」
「姉さん、お礼ではなくてお返事でしょう」
彼女の後ろから元気な声がした。エルジンガが妹だと紹介してくれた。
二人の年頃の美しい娘が訪ねてきたとあって、工房の職人やら、雑用係の婦人やらが何人も出てきて、工房の裏庭が騒がしくなった。
カレルの恋人かと皆が聞くので、「違います、以前命を助けてもらった恩人です」と慌てて言った。
「それで、コレイン様……」
「いえ、様はもういりません。わたしは平民になりましたので、もうカレルと呼んでください」
その言葉に、エルジンガは困ったように口ごもってしまった。
「カレルさん。姉さんはあなたから贈られたカップをそれは喜んで、毎日眺めています。さあ、姉さん、勇気をお出しになって」
エルジンガが、赤くなりながらカレルの前に来て、バッグからカップをとりだした。
「カ……カレルさん、カップのメッセージをありがとうございました」
それを聞いた途端。カレルは「うっ」と小さく声を上げると、片腕で顔を隠した。
カレルの顔がみるみる真っ赤になる。
「気づいたのですか。私はその……気づかれないと思って……だから……その……ああどうしたらいいんだ」
エルジンガもカレルの赤い顔をみて、同じように顔を赤く染める。
「それで、お返事をしたくて……あの……あの……私も同じ気持ちです!」
最後は決心したように、大きなこえで彼女は返事をくれた。
彼女の両手が震えるので、手の中にあるカップも一緒に震えた。
「エルジンガ」
「どうかアンネリーンとお呼びください」
カレルは喜びのあまり、周りが見えなくなり、ただ目の前の愛しい人を見つめて名を呼んだ。
「アンネリーン」
二人が感極まって見つめ合っていると、大きな声がした。
「おい、おまえら仕事を放りだして何をしている!」
「親方、いま良い所なんですから、邪魔しないでくださいよ!」
工房の者達が一斉に声をあげたので、カレルはハッと我にかえった。
「すみません、親方。すぐに仕事にもどります。アンネリーンすまない、またあなたを訪ねていきます」
職人たちが「親方野暮なことはするなよ」と文句を言っていると、エルジンガの妹が親方に話しかけた。
「初めまして、エルジンガと申します。こちらの工房の親方さんですか? 私はこちらのカップの花のお手紙がとても気に入りました。私も意中の方に送りたいので、是非注文させてください」
親方が「何の話だ?」 と不思議そうな顔をして聞いた。
「だから、メッセージカップのことですよ」
そう言って彼女はアンネリーンの手の中のカップを指さした。
カレルは非常にまずいと思い、「妹さん、その話はちょっと待って!」と叫んだ。